shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年5月26日

○みかんの花の香る頃

 昨日同級生の奥さんがすい臓ガンで亡くなった葬儀がありました。私は所用で1時からの葬儀にどうしても出席できないので、朝7時過ぎに喪服に着替えて同級生宅に弔問に行きました。あいにく同級生は留守で家の人も昼夜の疲れか、それとも最愛の人を失った悲しみか、まるでセミの抜け殻のような姿でお話をしました。死に顔は穏やかでしたが58歳の短い人生を一生懸命生きてきたであろう苦労の跡は痩せこけた顔立ちにありありでした。顔の白い布を開け線香を手向け合唱して綿棒で唇に水を含ませ、再び白い布を被せましたが、同級生の顔が浮かび思わず絶句しました。腰が痛い症状が出始め整体や整形に通ったそうですが一向に回復せず、総合病院へ回され精密検査ですい臓がんが見つかりましたが時既に遅しの状態だったとか、人間牧場のある集落で人間牧場からも同級生の家が見える位置にあることから、当分は人間牧場に登る度に思い出されることでしょう。

 そんな寂しい田舎の風情の中にも季節は確実に巡りて、みかん所のわが町では今、みかんの花が芳しい匂いをいっぱい漂わせて今が盛りと咲いています。この香りを嗅ぐ度に子どもの頃に習った「みかんの花の咲く丘」という歌を思い出すのです。この歌は静岡県が舞台と伺っていますが、川田正子さんが歌って一躍有名になりました。夕方大工仕事の片付けもあるので人間牧場へ行って何処からともなしに匂ってくるみかんの花の香りに誘われてハーモニカで吹いてみました。さわやかな風に乗ってメロディーが優しく流れ、たまたまお墓掃除に来ていた顔見知りのおばさんが「まあ懐かしい。進ちゃんハーモニカが上手だね」と拍手までしてくれました。

 「♪みかんの花が咲いている 思い出の道・・・・・・」と歌う歌を思い出す度に80歳で逝った母のことを思うのです。もう亡くなって六年も経ったというのに母は私の思い出の中に生きていて、いつも笑顔で私に語りかけてくるのです。船で漁に出たりその合間を縫ってこの人間牧場まで背負子を背負って何度も何度も登って下りながらみかんの花の匂いを嗅いだことでしょう。歌の結びに「♪優しかった母さん思い出す」がありますが、これからも母のことをしっかりと思い出したいものです。

 

 これが昨日わが畑の隅に一本だけ枯れずに残った母植えしみかんの咲きし花です。巻きついたカズラを取ったため樹勢が回復し沢山の花をつけました。今年は肥料でもやって大切に育てたいものです。

 ツリーハウスも板戸がついて、鎧張りの外壁工事に取り掛かりました。大工さんが手を抜かないため作業は順調ながら遅れ気味ですが、明日も仕事に来るそうなので「あんたが来ると雨が降るぞ」と大笑いをしました。

  「友の妻 逝きし寂しさ 紛らわせ みかんの花は 今年も香りて」

  「この香り 母の匂いと 勘違い 吹くハーモニカ 山にこだまし」

  「まあ上手 思わず藪から おばさんが 拍手しながら 薮蚊の如く」

  「蜂飛んで みかんの花の 蜜を吸う 俺もみかんの 蜜付けパン食」  

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