shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年5月22日

○人間牧場不思議発見その①

 子どもというのは目ざといものです。先日芋植えにやって来た小学生が、「進ちゃん、あのスピーカーは何をするん」。またある小学生は「進ちゃん、あの屋根はどして竹なん」と質問するのです。そりゃあそうでしょう。水平線の家の魚梁瀬杉のテーブルは150年も山に立っていた」と私が話すと、本当に数えだすのですから、滅多なことは言えません。この写真に子どもが発見した不思議が2つ隠されています。

 最初の不思議発見は屋根です。この建物はご存知五右衛門風呂なのですが、屋根が竹で出来ています。この屋根を葺いてくれた左官さんによると「わしも長い間左官をしているが、竹で屋根を葺いたのは初めてじゃあ」と言うのですから珍しいことだと思います。この屋根は建築士の息子がこだわった部分の一つです。真竹を半分に割って節を取り除き、下は割った中の部分を上にして、上は中の部分を下にしながら互い違いに組んでゆくのです。竹の調達は最初親戚で貰う予定でしたが、これだけの竹を用意し真半分に割ることは相当難しいらしく、結局は竹屋さんで調達しましたが、一本千円もする貴重なもので竹だけで6万円もかかってしまいました。最初は竹の寿命のことも考え私としては反対しましたが、息子の企画力に押されて葺きました。結果的には素朴さが受けてその道の人が絶賛してくれ、息子は悦にいっています。これが半永久ならいいのにとしみじみ思っています。

 さて次の不思議発見は五右衛門風呂の横にあるスピーカーです。人間牧場の放送設備かと思いきや、これは池久保という人間牧場のある集落の有線放送のスピーカーなのです。双海町には防災行政無線放送が各戸に配置されていますが、田舎は畑で野良作業をすることが多く、室内用は朝・昼・晩しか用を成しません。したがって放送は集落にだけ聞こえる専用の有線放送の方が効果があるのです。人間牧場の整備に当って地元からは私の土地なので移転可能と言われましたが、これもまた不思議なものとして活用しているのです。ですから人間牧場で畑仕事をしていると、地元の人がやれジャガイモの種の注文だの、集会の案内だのと放送するので、まるでローカルラジオを聞いているような感じがしています。

 私たちはいつの間にか日常生活に馴れて、ただ何となく日々を暮らしていますが、このように探してみれば身の回りにはいくらでも不思議はあるものです。ひと頃漫才で「何でだろう」という言葉が流行りましたが、「何でだろう」は孫の占有物ではないのです。

 ことのついでにもう一つ不思議を発見しましたので紹介しておきましょう。昔といっても私が子どもの頃は、今のように誰も彼もが腕時計を持つような時代ではありませんでした。勿論今のように有線放送で時を知らせることもありませんでしたので、地元の人は沖を通る別府航路の船を見て「ああもう11時30分だ」などと腹時計を合わせていました。また沖合いに浮かぶ青島は私たちが子どもの頃は自家発電で夜10時になると電気が消えていました。それを見て「ああ青島の灯が消えたのでもう10時か」などと時を考えたものです。今も関西汽船の定期航路の船の位置は毎日ほとんど変わらないそうですから大したものです。

  「何でだろう 子どもはいつも 考える だから知恵付く 俺の孫さえ」

  「よく見ると 時計なくても 時告げる 船の位置にて そろそろ飯だ」

  「ジャガイモの 種芋放送 聞いたから 作付けできた 芋はできずに」

  「香港で 見た竹類の  使い方 里山荒れて 竹余るというに」  

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