shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年5月22日

○えっこんな時期に掘りコタツ

 昨日の朝、水平線の家を作ってくれた大工さんが隠居へやって来ました。「何事ですか?、確か工事のお金は払ったはずですが」と質問すると、「親父さんから掘りコタツの工事を頼まれまして」と言うのです。寒い時期なら分りますがあと十日もすれば衣替えなのになんでこんな時期に掘りコタツなのか理解に苦しみました。親父もついにボケたかと思いきや、親父はいたって平気なのです。思い立ったら吉日が親父のいいところだし悪い癖、「来年までわしはよう生きとらん」などと弱音をはく口の下、「今年の冬は寒そうだから」と早くも来年まで生きるつもりの算段をしているのです。

 親父はとにかく手先が器用で、何でも自分で作ってしまいます。額縁だろうがベッドだろうが、鋸と金槌とノミを持たせればたいがいなものは作れるのです。でも最近は目と腕の衰えを感じるのか、こうした大きな仕事は大工さんに頼むようになりました。

 これまで親父の居間はテーブルに椅子でした。何を思ったのか掘りコタツです。親父はスネは何ともありませんが腰はコルセットを四六時中しています。腰のことを考えるとテーブルがいいと思うのですが・・・。

 人間牧場から帰ってみると、堀コタツはもう立派に出来上がっていました。わが孫(長男)に電話して板張りの居間には半畳の畳を手配し、既に敷かれていました。何という手配の早さでしょう。88歳の老人のすることではないと、ほとほと感心した次第です。この工事代金は年金の中からの出費なのでしょうが、それも計算に入れているようで、「これで今年の冬は大丈夫」と言いながら、私にも「コタツの中へ足を突っ込め」と誘い、「どうだええ具合だろが」と同調させるのです。この様子に呆れ顔は妻、「じいちゃんは、何を考えているのだろう」と相当な呆れ顔でした。

 人の忠告など聞かぬ親父ですが、この隠居はやがて私たちが住むかも知れないと思って見ると、そこここに、老いの住処の工夫が感じられます。ベットの高さも、手摺の位置も、トイレの高さも、いつの間にか全て自分サイズに加工しており、凄いものです。寝ていてもスイッチは切ったり入れたり出来るし、電話だって薬だって手が動けば取れる算段になっているようです。

 私たち元気な大人は、少々不便でも我慢して暮らします。親父は自分の暮らしに物を合わせてしまうのです。ですから部屋の物はいつも「ちょっと動かせてくれ」とか「やっぱり元へ戻してくれ」とか、しょっちゅう私を使うのです。でも88歳のこの年齢まで自分のことは自分で出来るのですから文句は言いますまい。でも「何でこの時期に堀コタツなのだろう」と今でも首をかしげます。

 今朝親父の隠居へ行き堀コタツを一枚写真に収めました。

  「ひょっとして 親父ボケたか この時期に 堀コタツとは どう考えても」

  「俺サイズ 何でも自分を 中心に 偉いぞ親父 真似などできぬ」

  「老い先が 短い口癖 言う癖に 早冬のこと 考え行動」

  「メートルを 尺に直せと 言う親父 直さなくても ・・・・・・・」

 

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