shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年5月19日

○まるでがん細胞のようだ

 職場にいた頃は仕事柄のメール利用が多かったので、仕事の忙しさにかまけてメールは何処となく煩わしささえ感じておりました。したがってこんな煩わしいものを家の中まで持ち込むまいと、かたくなに家ではメールを拒み続けていました。しかし自由人になったのを機にというよりは、情報伝達手段の一つとして必要に迫られメールを開始したのです。

 ところが私の元へは知人友人から沢山のメールが届くようになって、私もそれに応える形で送っているとまあ凄い、昨日まで東京へ講演に行っていましたので、帰ってメールを開けてびっくりしました。僅か一日だけ家を空けていただけなのに、何と50通もメールか着ているのです。驚きと言うよりはさすがに落胆で、この処理に昨日は半日かかってしまいました。これはもう尋常ではありません。そうかといって対応しなければどんどん増えてまるでがん細胞のように、私のリンパ腺まで越えそうな雰囲気なのです。ひょっとしたら私のパソコンはメール型がん細胞に犯され始めているのではないかと思うほどになっています。

 私のパソコン技術では残念ながらその整理方法がまだ確立されておらず、古くなったり要らなくなったりしたものはゴミ箱へ処分する程度しか出来ないのです。でも古くても取っておきたいメールも沢山あって次第にその量も増えています。プリントアウトしたり別の項目を作って処理しているのですがこれも中々です。

 私のメールには、沢山の不特定多数の人からのが多いのです。例えば「あなたの講演を聞きました。感想は、本の注文は、そちらへ夕日を見に行きたい」などと心温まるものが多く、嬉しいのですが残念ながらメールと顔が一致しないのです。時にはメールの文面からするとてっきり男性かな?と思って送ると女性だったりもします。また長くメールのやり取りをしてすっかりメル友になっているのに未だ顔さえ知らない人もいるのです。

 私のようにブログに醜い顔写真を載せるとかえってイメージを損ねることがあるかも知れませんが、せめて顔ぐらいは思い出しながらメールのやり取りをしたいものです。今朝も男性と女性と間違えてイメージしてメールを送っていた事に気付いて、バーチャルの世界の難しさを改めて思い知らされました。

 最近メールで講演依頼というのも増えてきました。私が留守をすることが多いため、電話してもつながらないし、家族に携帯を聞いて電話してもあいにく講演中だったりで出れなく、掛けた電話が市役所の代表だったりすると「そちらから電話のメッセージが入っておりますが、そちらはどちら様でしょうか」などとトンチンカンな質問をせざるを得ないのです。でもメールだと用件が的確に伝わり大変助かります。昨日も2件メールで講演の依頼がありましたが事なきを得ました。

 まあメール時代を楽しく生きるためには、がん細胞のような重荷にメールを感じないことでしょう。

  「何時の間に 俺のパソコン がん細胞 侵されるよな 錯覚覚え」

  「顔知らず メール届いて 想像す みんな美人で いい顔してる」

  「講演を 聞いたとメール 届く朝 嬉し手応え 直ぐに返信」

  「メール処理 五十も来ると 半日も パソコン相手で 肩がコリコリ」

[ この記事をシェアする ]