shin-1さんの日記

投稿者: | 2005年10月31日

○開かれなくなった辞典の数々

 私のような無知な人間は、問題にぶつかると必ず辞書を引きました。そう「引きました」は過去形なのです。私の書棚は壁側に大小4つのありますが、本屋に立ち寄る度に、あるいは旅の度に一冊また一冊と本が増えて行き、その本が床下や机に山積みされていますが、その本の谷間に窮屈そうに居場所を構えているのが辞書類です。かつて書棚を作った頃辞書は重要な位置に君臨していました。辞海という漢和辞典などは金田一京助編纂の幅10センチもある大物で、大阪梅田の古本屋で当時の小遣い銭をはたいて買い求め、重いのにわざわざ手に提げて帰るほどの、私にとってはお宝物でした。しかしこの辞書を夢中で開け読んだのは30代、もう25年も開かずの本になっています。

 その他、英和、和英、国語辞典、漢和辞典、故事ことわざ辞典、例解辞典、イミダス、広辞苑などなど実に多彩な辞典類があります。が、お気に入りでめくる辞書は段々減って、今では国語辞典と英和辞典、それに広辞苑くらいなもので、「アー、私も物知りになった」というより「アー、私も退化しつつある」と落胆の色ありありです。

 辞書の一番の欠点は字が小さいことです。顔は悪いが目はよいと自認していた目も、少しずつ見えにくくなり、辞書の字は中々読みづらく、特に数字の9・8・6・0などは虫眼鏡を当てないと読み間違いするようになりました。それでもまだ一度もメガネのご厄介になることなく本や新聞が読めるのですから、よい目だと思うのですが、それでもそれでもです。

 最近はインターネットなる文明の利器が我が部屋の机を独占し、我が物顔で調べもののお手伝いをしてくれます。つまり辞書からパソコンに時代の流れが変わったのです。字を書くことを知らなくても読めて判断力さえあれば、文字さえもかいてくれるのですからこれほど重宝な辞書はありません。しかし結果的には文字を忘れつつあり、パソコンのない所で手紙など書くと漢字が中々出てこないことがしばしばあり困ります。

私の辞書検索脳は完全にさび付いてしまっているようです。

 辞書はこの際2・3冊を残して処分したいと思うのですが、長年お世話になったことを思うと中々捨てきれな

いのも正直な胸のうちです。役場の図書館にも在職中多くの本を寄付しましたが、司書ののいない図書館は辞書なんて無用の長物、精するのに大変とブーイングが起こりそうです。結局は紙ごみの悲しい運命をたどるのでしょう。

 「古い辞書紙ごみ置き場にそっと出す心痛んで振り返りつつ」

 「再生の名前刷り込む封筒が届いて思わず過去透かし見る」

 

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