shin-1さんの日記

投稿者: | 2005年10月28日

○酒の席

 自宅の敷地内にある私設公民館「煙会所」は4畳半の畳敷きの真ん中に囲炉裏が切ってあります。私が一番酒を多く飲んでいた30代後半のころ、その部屋の周りにビールの空瓶を並べていってグルリと結んだことがありました。今考えると酒を楽しむというよりは無茶飲みといった感じでした。多分そのツケが回ったのでしょがか胆嚢を患い、今ではまったく酒が飲めません。のめないというよりは飲まないのかもしれませんが、禁酒の誓いを自分と約束してもう5年が過ぎました。今は酒が側にあっても何とも感じないのだから不思議なものです。

 一番困るのは酒席の多いことです。現役の時代から比べたら相当数減りましたが、それでも1週間に一度はあるものですから、ウーロン茶一辺倒で対応しているのですが、酒席2時間はさすに長くしんどいなあと思いつつ過ごしています。しかし2時間の酒席で人はどのように変化するのか観察してみるとこれが病みつきになって結構面白い人間模様が発見できるのです。酔うほどに楽しい人、怒る人、喧嘩を吹っかける人、泣く人など様々です。酒が怖いと思う人も酒が心の扉を開いてくれる人もいるから、やはり酒の飲み方はしっかりと考え、飲んだら運転しないなどのマナーも必要かもしれません。

 私は酒好きだったものですから、飲んだら必ず妻の運転する車で移動したものです。仲間からは「進ちゃんの10円タクシー」などと呼ばれていました。つまり公衆電話10円で妻が迎えに来る手はずのことです。当時は携帯電話もない頃ですから、連絡の不一致で随分待ったり待たされたりのイライラで妻と喧嘩もしました。時には10円タクシーを呼んでおきながら自分はタクシーで自宅へ帰ってしまい、そのことが原因で2日間も口を利いてくれない妻の反抗にもあって、随分反省をしたものです。今は酒を飲まないため10円タクシーは弊店休業に追い込まれていますが、午前2時ごろでも平気で妻に電話して、10円タクシーを要請したことを懐かしく思うと同時に、済まない気持ちでいっぱいです。

 昨夜は久しぶりに仲間と松山で酒席を張りました。酒の席でしか出ない話に花が咲き、人間牧場の色々を聞かれ、近いうちに人間牧場水平線の家で飲む約束をさせられました。今朝その仲間から電話がかかってきました「夕べはどうも。夕べ話した人間牧場行き、楽しみにしています」ですって。酒を飲まない私がすっかり忘れてい手、酒を浴びるほど飲んだ仲間が覚えている。世の中はやはり酒飲み社会の理論で動いているのでしょうかねえ。

 熱燗恋しい秋の頃、ちょっぴり酒が恋しくなりました。「野菊見つ夢を肴に酌み交わす」、夢でした。

 

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