shin-1さんの日記

投稿者: | 2005年10月27日

○食事の門限

 健康に気を使う年齢になると、美味いものより体にいいものを食べるようになりました。特にみのもんたのおもっきりテレビなどを見た日は、妻の作る食事に変わりはないのですが、何故か食べるときに能書きや知ったかぶりの薀蓄をやたらと聞かされ、「これはお父さんの体を思って作ったのだから食べてください」とまるで監視付きです。

 今日は秋刀魚の刺身が出ました。多分テレビで青魚に多く含まれるDHAの話を聞いたのでしょう。妻が「この魚は・・・・」と言い始めたので、「分かった分かったDHAが大分含まれていて、成人病予防は老化防止に役に立つのだろう」と先手を打つと、何で知っているのとキョトンとしてあっけに取られていました。

 それにしても今年は秋刀魚が安いです。脂の乗った旬の秋刀魚は私たち庶民にとっては有難い豊漁なのですが、漁師さんにとってはこのところの原油価格の高騰がもろに響き、廃業寸前に追い込まれている人もいると聞きました。金子みすずの浜は大漁、海の中ではいわしの弔いといった逆の現象が起こっているようです。

 このところ忙しい日々が続いてまともな食事をとっていません。昼飯は平気で抜くわ、夜は遅いわで食事が健康の元と分かっていても、現役の時のような不規則な状態が続いています。大病を患ってからは食事に門限を作っていました。私の食事の門限は9時、それ以降は極力食べないように努力してきたのですが、先日も悪いこととは知りつつあえなく門限を破ってしまいました。案の定体に変化が起こり体の調子が今一になってしまいました。やはり食事の門限は守るべきと心に誓いました。

 それにしても、長男が結婚して別居し、末っ子も半年合宿の学校に入校し、我が家は只今次男と私たち夫婦の核家族になってしまいました。勿論隠居に父が暮らしていますが、夕食のみの対応なので、一ヶ月前と今とではご飯、おかず、牛乳、パン全てに随分作ったものが残るようになりました。もったいないの精神を自称する私としては妻に度々注意をするのですが、なかなか美味くいかず、結果的にはゴミとして処分してしまいます。物のない時代に育った私としては心が痛みます。妻と相談して何とかこの悩みを解消したいものです。

 先日デパ地下に行きましたが、地下の食品売り場はすっかり様変わりしていました。つまり惣菜屋がこれでもかと言わんばかりに軒を連ねていました。その惣菜屋にはお袋の味といわれるような調理した食べものが何でも売っていて、お客は先を争うように少量多品目を買い求めていました。家で作れば手間とゴミとができます。少々のお金で暮らしに彩が添えられるとしたら、多少の出費は我慢するのが現代の暮らしです。

でも妻の手作りの食べ物の方が美味いに決まっていると心に言い聞かせて、味見をしながら通りすがり増した。飽食日本、物余り日本、贅沢日本、本当に困った世の中です。

 私は買えないのではありません。買わないのです。

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