shin-1さんの日記

投稿者: | 2005年10月26日

○校長会で顔が紅潮し心が高潮しましたが好調に話しました

 日本語は難しいとしみじみ思います。漫才のねたではありませんが、《こうちょう》というひらがなをパソコンに打ち込むと校長・紅潮・高潮・好調などが出てきます。うっかりすると自分の考えた漢字とは違った漢字に変換され感じ悪い結果となります。

 私の友達はそのことを逆に取って「言葉遊び」なるジャンルを開発し楽しんでいます。例えば《観光から歓交へ」などと屁理屈をつけ、観光の持つ意味を現代風に分かりやすくアレンジしていくのです。慣れていない人や生真面目な人は、それは邪道だなどと文句を言うのですが、それが正論だけに反論の言葉もありません。要は楽しめばいいのです。その意味でいうと今日のshin1-さんの日記のタイトルは言葉遊びなる学問(学問といえるかどうか)からいうとまさに名言と、自画自賛しています。

 今日は旧知の校長先生の口添えで地域の中学校で開かれた校長会に招かれ一席ぶちました。話を仕事とするプロ集団に喧嘩を売ることは自殺行為に等しく、出席するまでは気が重かったのですが、壇上(実際はワンフロアーでした)に立つと、知人友人顔見知りばかりなので肩の力が抜けて、顔を紅潮させながら、心も高潮し、絶好調といかないまでも楽しい話をさせてもらいました。

 今日は午前中その話をしてから、松山のホテルで愛媛県ガス協会の記念講演会をこなし、夜は大学の講義とダブルヘッターならぬ三回転ジャンプをやり、帰宅は9時過ぎ、腹は減るしさすがに少し疲れたものの充実した一日でした。

 しかし驚いたことに私を口添えしてくれた校長先生は、私のブログを読んでこっそり人間牧場の見学を試みていました。さすが素早い行動力に感服し、私の会話がスムーズに進みました。校長先生とは2年間でしたが、様々な教育談義をしたものです。校長と教育長という垣根を越えた議論は、お互いの仕事に大いに役立ったことは言うまでもありません。本当は今もそんな議論をしたいのですが、教育長という職を辞した只の男に議論をふっかけても一文の得にもならんと言わんばかりにみんな私を避けているようです。今日もある校長先生が「早く若松さんに近づきたい」と言いましたが「私はあなたが近づく頃には進化してもっと先へ行っている」と啖呵を切ってしまいました。

 学校は校長先生の良し悪しで大きく変わります。いや大きく変わって欲しいのです。校長いや「長」の付く人は「金出す」「口出さない」「責任とる」の三つが必要です。その気持ちがあれば部下は一生懸命働くのですから・・・・・・・。

 

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