人間牧場

〇いやはや便利な世の中です
 私は住んでいる殆どの人が「不便」だと言ってる田舎に住んでいます。「ガソリンスタンドもない、銀行のATMもない、いわゆる「難民」ですが、病院や薬局は歩いて5分以内の所にあるし、空港へは1時間以内で行けるし、JRも通っているのでさほど不便を意識したことはありません。

 幸い車の運転も出来るし、パソコンが使えるので、コロナが蔓延した期間もオンラインでzoom会議にも参加できました。今日は家から10㎞ほど離れた、まるでポツンと一軒家のような人間牧場へ草刈りに作業に出かけました。しばらく草を刈っていると、ポケットに偲ばせていたスマホがなりました。

 市役所から講演依頼の電話でした。こんなこともあろうかと予定表を持参していたので、即決で講演の日時が決まりました。いやはや便利な世の中です。昔は家に固定されていた電話が、今は人間について歩く時代へと変わりました。どんどん進化する情報化社会の中で、人工知能が人間に代わって考えてくれる時代がやって来たようです。

「山の上 草刈りしながら あれこれと 打ち合わせする 便利世の中」

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人間牧場

〇今日の夕日は綺麗だ!!
 今日は菜園でかなり長い時間農作業をして、少し汗をかき土で汚れたので、自分で風呂の湯を張り、一番風呂に入りました。疲れた体には風呂が一番です。

 朝新聞を見ると今日から大相撲夏場所が始まるようなので、早めに切り上げテレビで相撲放送を見ようと決めていたのに、すっかりそのことを忘れ、気がつけば時計は6時半を回っていて、「あ~あ~」でした。

今日の夕日は自宅から見ました

 風呂から上がって汗を拭き一段落していると、外で中2の孫奏心が、「おじいちゃん、夕日が綺麗よ!!」と少し大きな声で知らせてくれました。その声に吊られ午後6時57分外に出て西の空を見ると、綺麗な太陽が海に残照を照らしていました。

 タブレットで撮ってみましたが、柿の木が邪魔で上手く撮れませんでした。陽足が長くなりこれから9月いっぱいは自宅から夕日が見える予定です、私の楽しみを孫奏心は知っていて、ありがたいことに今日も知らせてくれました。

「『おじいちゃん 今日の夕日は 奇麗だよ!!』 孫の大声
                                                                                     聞こえて外へ」
「家の外 出で見りゃ夕日 真っ赤っか 早速急いで
タブレット持ち」

「時計見りゃ 6時57分 しまったな 相撲見忘れ まあいいか」
「夕日狂? 私のことを 孫知って 大声知らせ 家から見れた」 

 

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人間牧場

〇土地の広さ
 わが家は田舎ゆえ、隣接した家と宅地を合わせると660坪もあって、広過ぎるのです。別に測った訳でもありませんが、年齢を重ねると旺盛な雑草の勢力に押されて、私たち夫婦の手には負えず悪戦苦闘しています。

 最近は息子がその土地の一角を占拠して、ブドウやブルーベリーの苗を植えつつありますが、これらも植えれば育つと勘違いして、それらの世話も結局は私がフォローしなければ、私たちが楽しんで食べれるまでにはなるにはかなりの時間と労力が必要です。

 1畝1aは10m×10m=100㎡で30坪、1反10aは10m×100m=1000㎡で300坪と換算計算ができますが、田舎の土地は単価が安いゆえ、資産価値はゼロに等しく、生産で収入を上げることはできず、ただ健康のため、安心安全な体に良いものを自分で納得しながら作って食べれることに意味や価値を見出し、これからも大事に使いたいと思っています。

「広過ぎる わが家の敷地 手間暇が かかって老いの身 負担になりぬ」
「あれこれと やってはいるが らちあかぬ 安心安全 唯一野菜」
「わが息子 理想は高いが らちあかぬ 結局私 尻を拭って」

 

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人間牧場

〇いい所で暮らしています
 昨日東京から来た人が、私の「暮らしている所」と「暮らし方」を見て、「いい所に住んで、いい生き方をしていますね」「羨ましい」と褒めてくれました。恐らくその方は美辞麗句のつもりで言ったのでしょうが、「何が?」と切り返して尋ねると、「家の周りに草木が生え空気が綺麗」、「鳥がいて鳴き声が聴こえたり虫がいる」「花が咲き四季折々の季節が楽しめる」などと例を挙げて話してくれました。

 こんな所に住んでいると、普段は草木が生えていることすら、「雑草が生えて大変」とか「共存鳥獣に農作物を食べられる」とか、「寒いとか暑いとか雨がよく降る」とか、いつも勝手に自然に対し文句を言い放題で暮らしている自分たちの姿がありました。世の中はネガティブやポジティブな見方によって随分違うものだと「ハッ」としました。

「生き方」だって、家に人の集まる一戸建ての私設公民館煙会所を持ち、自分の好きな様々な物を展示する海の資料館海舟館を持ち、夕日の見える夕観所や、人間牧場、家庭菜園などきりがないほどの施設を有し、あれこれ毎日やることがあるのです。

 加えて多くのコミュニティの中で多くの人と活動をしているのですからこの上ない喜びです。しかもその裏付けとなる資金も、貧乏ながら食うに困るほどではなく、それなりに健康に生きています。これ以上の幸せがあろうかです。抑圧された社会的状況の中でも希望を持って生きているいい暮らし方をしているようです。「そうだもう一度自分の場所と自分を見直そう」と思いました。

 

 

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人間牧場

〇エンドウとそら豆
 昨日伊予市の稲荷さんが遠い所を、自家菜園で作ったという皮付きのそら豆を持って来てくれました。同居の若嫁にも半分をお裾分けして昨日の夕食に美味しくいただきました。

お裾分けにいただいたそら豆とエンドウ

 今日の夕方その昔役場に勤めていた知人が、今度はそら豆とエンドウを持って来てくれたので、テレビを見ながらさやを外して実を取り出しました。毎年この時期になると届く豆類大好きな私には嬉しい贈り物でした。

 私はエンドウ豆の入った豆ご飯が大好きなので、明日は妻に頼んでこの豆でご飯を炊いてもらおうと頼んで了承してもらったので、今から明日の夕食がとても楽しみです。

 そら豆は毎年同じ時期に同じ人から届くため、恥ずかしながら「もうそろそろ」何てワクワクして待っていますが、差し上げたり貰ったりのお裾分け文化は田舎ゆえ今も残っていて、嬉しい限りです。

「昨日今日 相次ぎそら豆 お裾分け 旬のものゆえ 格別美味しい」
「そら豆は さやをねじると  緑色 淡い実はじけ 面白おかしく」
「エンドウ豆 入れて炊きたる 豆ご飯 明日は炊いてと 予約を入れる」

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人間牧場

〇グッドチャンスのそら豆と夕日
 今日は朝から忙しく、午後10時になってやっと仕事が一段落しました。風呂に入って食事を終え、さあ寝る準備をしようと思って、パソコンのスイッチを切ろうとすると、日課である、facebookの3本目の記事を書き忘れていることに気がつきました。

わが家から見えた今日の夕日

 はてさて何を書こうか思案した結果、「そうだ、今夕家から見えた夕日と伊予市街の稲荷さんが届けてくれたそら豆のことを書こう」と思いました。夕日の沈むころ、伊予市の稲荷さんがそら豆を持って来てくれました。下灘のおじさんがこちらの方言で「おみあい」という魚をくれたので、「おみあい」の背びれと腹びれが毒針のため、刺されたら大変と剪定ばさみで切っている最中でした。

 稲荷さんのお父さんは双海剣道会の生みの親であり、親父が双海剣道会後援会長をしていた頃頻繁に親しく付き合っていた人で、高齢ながら今も元気で稲荷さんの車に同乗してわが家へ見えられたのです。手袋をはめたままの汚れた手でしたが、手袋を脱いで求めに応じ力強い握手を交わすことが出来ました。

 丁度その時沈む綺麗な夕日がわが家から塀越しに見えました。稲荷さん親子の車を見送った後、チョイ撮りしましたが、印象に残る写真となりました。今日の夕食は稲荷さんがわざわざ持って来てくれたそら豆を家族全員が「旨い美味い」と言って食べました。

「忙しく 今日は一日 過ごしたが facebookを 書き忘れてしまう」
「夕方に そら豆届けに 来てくれた 親子と面談 嬉しい出会い」
「塀越しに 奇麗な夕日が 見えました チョイ撮り写真 一枚追加」
「ああ今日も かくてありなん 明日もまた かくてありなん 忙し一日」

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人間牧場

〇みかんの花が咲いている
 今日は放射冷却現象の影響で、朝は肌寒いほど気温が下がりましたが、日中は気温も平年に戻り、温かくなりました。天気が良いので今日は畑に出て色々な作業をしましたが、果樹園の甘夏蜜柑の花が咲き始め、蜜を求めて蜂たちも動き回っているようでした。

 みかんの花が咲く度に、81歳で亡くなった母ちゃんのことを思い出します。わが家は半農半漁で、父ちゃん母ちゃんは漁師でしたが、母ちゃんは漁が休みの時は少し遠い山の上のみかん畑へ行き、みかんの世話をしていました。

 母ちゃんに連れられて畑仕事をよく手伝わされましたが、みかんの花の咲く時期に、取り残した甘夏蜜柑をちぎり、母ちゃんと畦に並んで座り、母ちゃんが剝いてくれた甘夏蜜柑をよく食べました。少々酸っぱいものの、おやつとてなかった少年時代は、美味しいと思って食べました。

 みかんの花の香りは、私にとっては母ちゃんの香りなのです。今頃はあの世で父ちゃんと母ちゃんはどうしているでしょう。あの世の母ちゃんのために今日は甘夏蜜柑の花の下で、ハーモニカで「みかんの花咲く丘」を吹きました。天国へ届けとばかりに・・・。

「畑仕事 ふと見上げると 甘夏の 花が満開 蜜蜂飛び交い」
「母ちゃんに 連れられ山へ 畑仕事 畦道座り 甘夏食べた」
「母ちゃんが 鼻歌交じりに 口ずさむ みかんの花が 咲~いている歌」
「天国の 母ちゃん届けと ハーモニカ 年甲斐もなく センチメンタル」

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人間牧場

〇この魚偏の漢字何と読む?
 昨日の灘町ウォーキング大会のお弁当は、鮨割烹双楽さんのちらし寿司でした。振る舞われた弁当の包み紙は、読み方のルビを打った魚偏の漢字がずらり並んでいました。

美味しく食べた弁当
勉強になった弁当の包み紙

 無造作に包み紙を読むでもなく外した人が殆どでしたが、興味があった私は祖の包み紙を読みながら、楽しく弁当を食べました。帰宅する時4つ折りにして持って行った愛用の手提げ袋に入れて持ち帰りました。

 帰宅すると早速パソコンでスキャンし、もう一度読み返し、ルビがなくても読める漢字や、知っていたり食べたことのある魚に〇をつけて遊びました。水産高校出身の私ゆえ、また役場で水産行政を担ったことのある私ゆえ、あるあるあるでした。

 魚偏のつく漢字には「当て字」と思われる感じも幾つかあって、真偽のほどは分かりませんが、双海町になじみの深い魚には鰆(さわら)、鱧(はも)、鯛(たい)、鱚(きす)、鰒(ふぐ)、鰯(いわし)、鰤(ぶり)、鰻(うなぎ)、鯖さば)、鯵(あじ)、鮫(さめ)、鮃(ひらめ)、鮎(あゆ)などがありますが、魚でもない貝の鮑(あわび)にも魚偏、魚の仲間のタコは何故か虫偏の蛸とは面白い表現です。

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人間牧場

〇初めて見ました赤い花のクローバー
 先日息子と二人で大洲市田処の亀本さんを訪ね、田処小学校跡地にある活性化センターで落ち合いました。その折体験ために植えたジャガイモ畑に案内してもらいましたが、矢落川の堰堤に何やら赤い花を見つけました。

 聞けばクローバーの一種のようでした。普通クローバーは白色が主流で赤い花のクローバーを見るのは初めてなので、畜産家の亀本さんに色々なな話を聞きました。最近はロシアのウクライナ侵攻で輸入に頼っている餌も値上がりして経営を圧迫しているとのことでした。

 最近はそのことを補おうと飼料となる草の種を蒔き干し草つくりも始めた様子で、植えた訳でもないのに種に交じって広がったようだと話されていました、そういえば最近大洲へ行く途中の八多喜付近の田んぼにもこの赤い花が咲いて綺麗だったことを思い出しました。

 恐らく来年はもっともっと周囲に広がるだろうと淡い期待をしているようですが、まるでいちご畑のような感じでした。(その後図鑑で調べてみると「クリムソンクローバー・ディクシー」という名前のクローバーでした。)

 

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人間牧場

〇ピーマン畑の木の杭づくり
 今日は天気予報によると雨でしたが、海沿いに面したわが町では通称「やまぜ」という南西の風が強く吹き、海は潮煙が立つほど荒れていました。さてゴールデンウィークも明日だけとなり、「今日は何をしようか?」と思いましたが、自称働き者の私は「雨の降るまでに一仕事」と思い、倉庫にしまっている木の杭を持ち出して、ピーマン畑の少し短い杭を作り作業を始めました。


(用意が出来た木の杭)

(ピーマン畑の畝に木の杭を打ち込みました)

 一畝に3本必要なので、4列12本の杉の少し小ぶりな丸太を鋸で切って、ナタで片方を削りました。この程度の作業は朝飯前なので、まあそれなりに出来上がり、早速畑に入って少し大きめのハンマーで杭を打ち込みました。ピーマンの細い茎には似合わぬ太い杭なので、人様からみれば「何だこりゃあ」って感じですが、自己満足のよろしきを得てあっという間に完成しました。

 そのうち小雨がパラパラ降り出し片づけて作業を終えましたが、雨が上がれば先日竹藪に行って切り出し用意している横竹を縛り、ピーマン一本一本に竹の支柱を立てれば、雨風が吹いても倒れることはありません。2週間前に植えた野菜の苗も土地に慣れて活着して太り始め、ピーマンは小さな花や実がなり始めました。楽しみが増えました。

「予報では そのうち雨と 言っていた 雨が降るまで 杭を作った」
「不器用を 自認の私 杭作る 少々太いが これでいいのだ」
「ナタ削り 大きなハンマー 振りかざし 等間隔で 杭を打ち込む」
「明日にでも 横竹縛り 支柱建て ピーマン栽培 只今順調」

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