人間牧場

〇私の病歴?

 先日病院でコロナワクチン接種をした際、問診票に「あなたの病歴は」という一行がありました。自分では日ごろ年齢の割には健康だと自負していますが、これまでに救急車に2回乗っていて、意外と病歴が多いことに気がつきました。学歴や役職歴、表彰歴、著述歴などは講演依頼などの折提出を求められるので、プロフィールとして詳しくまとめていますが、さて「病歴は?」と面と向かって聞かれると、「はてな?」でしたが、参考までに思いつくまま抜粋して見ました。

①24歳の時ある日突然寝てる間に意識不明となり、松山道後の奥島病院へ運ばれ、約2ヶ月間入院しました。漁師をしていた重労働と、青年団活動による寝不足などが重なり、急性肝機能障害
 と診断され、このことがきっかけで漁師を諦め転職し、双海町役場職員となり地方公務員の道を歩き始めました。

②59歳の時役場職員として35年間務めた最後、教育長をしていた折、台風災害で自宅裏山が崩れ、その片づけ中使っていたチェンソーが跳ね、右足を裂傷して救急車で日赤松山病院へ運ば  
 れ、19針も縫う大怪我をして2週間余り入院しましたが幸い骨には異常がなく完治しました。

③56歳の時、役場職員の健康診断で血液検査をしたところG型肝炎にかかっていることが判明、県立中央病院へ通院し観察を続けていましたが、その後1粒7万円のハーボニ―という新薬飲み
 薬を90日間服用した結果体内のC型肝炎ウイルスが消え完治しました。

④62歳の時、農作業時に使うゴム手袋を手にはめたら大きなムカデが巣づくっていて噛まれ、意識がもうろうとして救急車で日赤松山病院へ運ばれ治療を受けましたが、アナフラキシーショ
 ック症候群と診断されました。

⑤65歳の時、突然小便が出なくなり県立中央病院で診察したところ前立腺肥大だと診断され、以来朝夕食後治療薬を服用していて今のところ安定しています。

⑥75歳の時、天草採集中海岸のテトラポットで右足向こう脛を裂傷怪我し、下灘診療所で5針縫いましたが完治しました。

⑦76歳の時、左足の外反母趾手術のため愛大附属病院へ入院し手術を受けました。その後リハビリ治療のため伊予病院に転院して1ヶ月余り入院治療を受けました。今は経過観察加療中です。

⑧77歳の秋、庭木の剪定中脚立が倒れ3メートル下の地上に落下し、打撲事故に遭いました。たけます診療所でレントゲン検査を受けましたが背骨に異常はなく、また幸い頭も打たず現在は
 快方に向かっています。

 以上が思い出した私の病歴のようですが、先日普通免許の高齢者講習で認知症テストを受けましたが、結果は良好で、眼・耳・歯も今のところ正常に働いています。特に眼は77歳になった今も裸眼で新聞が読めたり、妻に頼まれて縫い針の穴に糸を通すこともできる健眼です。

「問診に 『病歴書け』の 項目が はてさて私 どんな病気に」

「これまでに どんな病気に かかったか 過去振り返り 思い出しつつ」

「こんなにも 病院代を 払ってる 今は一割 助かるけれど」

「病院と 縁の切れない 私です これから先も 多分死ぬまで」 

 追伸

 忘れていましたが57歳の時役場の定期健診で胆のうにポリープが見つかり腹腔手術で胆のうの摘出手術を受けました。それ以来あれほど呑んでいたお酒をきっぱり止めました。お酒を止めて早20年を越えました。 

 

 

 

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〇三崎半島に住む親友宅を訪ねる

 昨日は句会が長引き、予定していた三崎半島に住む親友宅を訪問する予定時間が大幅に遅れました。親友は塩崎満雄さんで、私が愛媛県青年団連合会の会長をしていた折西宇和郡連合青年団長だった塩崎さんと知り合いました。塩崎さんは三崎町役場、私は双海町役場、しかもまちづくりに関わる様々なことをそれぞれにやっていたため、密度の濃い交友となりました。

トイレ吸気で立ち寄った道の駅はなはな
三崎と佐賀関を70分で結ぶ国道フェリー

 私は一足先に役場を退職し自由人となりましたが、4歳年下の塩崎さんも退職し、その後も地域づくり研究会議や夢工房で行動を共にし、私にとってはおそらく一番古い親友だと思うのです。塩崎さんは退職後三崎町井の浦で清見タンゴールを作る農家となりました。お互い体調を崩して酒の飲めない体になって交遊の形態も随分様変わりしていますが、折に触れ出会って他愛のない話をしています。

 2か月前私が外反母趾の手術入院後退院し自宅療養中、退院祝いに三崎町特産のイセエビを沢山届けてくれました。そんなこともあって、いつも遠い三崎の地からわが家へ来てくれることをすまないと感じた妻が、「塩崎さん宅までお礼に行こう」と誘ってくれたのです。すっかり整備された夕やけこやけライン378号線、潮風メロディーライン197号線を走っても、三崎町の中心地からさらに奥まった井の浦まではかなり遠く、片道2時間余りもかかるのです。

 塩崎さんの家へは20年も前一度訪ねたことがあるので、おおよその見当はついていましたが、記憶は曖昧で近所で道を訪ねたらその方が偶然にも私の名前と顔をを覚えてくれていて、電話をかけてくれ。家の前まで奥さんが迎えに出てくれました。久しぶりに出会う塩崎さんご夫妻は百姓もすっかり板に着き、上がらせてもらった居間で暫くの間近況を語り合い、お暇をして元来た夜の道を帰りました。いい出会いを重ねることができました。塩崎さんは私のよき親友です。

「佐田岬 日本一の 細長さ 延々走り 親友訪ね」

「20年 前に一度は 訪ねてる 記憶あいまい 近所で尋ね」

「良き友が 沢山いるから 今がある 私の財産 これから先も」

「お土産に 生きたイセエビ また貰う 今日は調理し 美食味わう」

 

 

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〇新車購入

 私の妻は高齢になったというのに、近所の歯科医院へパートで勤めています。病院は歩いてもほんの7~8分ほどの所にあるので、毎朝自転車に乗って出かけていますが、最近長年愛用の自転車の調子が悪く、4日前にも前タイヤの空気が抜け、私が空気入れで空気を入れましたが空気さえも入らなくなり乗れなくなりました。

購入した新しい妻の自転車

 近所にあった自転車屋さんも既に廃業していて、仕方がないので軽四トラックの荷台に自転車を積み込み、近所の自動車修理屋さんに訳を言って直してもらいました。軽四トラックの車検をしてもらっているよしみで、空気穴のムシを変えて、コンプレッサーで空気を入れてもらいました。「お幾らですか?」と聞くと、「要りません」とサーしビスしてくれました。

 ところが今度は後ろタイヤが同じようにムシの不具合で空気が抜け、同じように自動車修理屋さんで空気を入れてもらいましたが、度重なるトラブルで意を決した妻は、自転車の新車購入を思いつきました。若嫁がいつも自転車の修理で世話になっている松前の自転車屋さんに頼んで購入し、若嫁は一昨日新品のブリジストン自転車を自分愛用の軽乗用車に積んで仕事の帰り持ち帰りました。

長年愛用した古いママチャリ

 先日若嫁から妻と私の誕生祝いをいただいていて、その祝い金を活用したので、この自転車は若嫁から姑への最高のプレゼントとなりました。妻はもう間もなく長年勤めた歯科医院をリタイアする予定ですが、それまでの短い期間ながら銀輪を走らせる予定で、妻は嬉しそうでした。長年愛用の古い自転車は自転車屋さんに引き取って貰い処分するそうです。

「20年 近所の歯科へ 通勤す 愛用自転車 不具合度々」

「自転車が 欲しいそぶりを した妻に 若嫁誕生日 プレゼントする」

「新品の 自転車乗って 風切って 妻はさっそう 笑顔で走る」

「わが単車 古いながらも 修理して 乗ってるけれど 妻は新車で」

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〇蜂蜜採取

 今年は外反母趾の手術と少し長めの2ヶ月にわたる入院で、趣味で細々とやっている養蜂も、蜜蜂が分蜂する時期に家を留守にしていたため時機を逸してしまい、全ての巣箱は空き家となりました。

防虫ネットを被りいざ出陣

七つ道具

 ところが私退院して2週間ほどが過ぎたある日、蜜蜂の一団がどこからともなく現れ、裏の巣箱に入居してくれたのです。まるで私の全快祝いのような出来事を喜びながら、逃げないよう細心の注意をして、時ある毎に見回りを続けてきました。この時期はスズメバチが巣箱の前で待ち構え、蜜を集めて巣箱に戻った蜜蜂を捕獲して食べてしまうのです。

 近くに虫取り網を置いて、見つけ次第掬って足で踏み潰し察処分していますが、掬いそこなうと攻撃してきて痛い目に何度か遭っているので、慎重にやっています。少しずつ秋も深まって蜜蜂の働きが鈍くなり始めたので、包丁、インパクト、防虫ネット、手箒、プラスチック桶、ゴム手袋、雨合羽、長靴などの7つ道具を用意して、昨日の夕方採集を行いました。

 蜜蜂に刺されないよう完全防備をした後、インパクトで天板のネジを抜き、ステンレスの包丁を隙間に差し込み、天板に着いた巣を切り取りました。天板を取ると蜜蜂が騒ぎ始め、パニックになった大群が巣の周りを飛び始めました。巣を脚立の上に横倒しし、包丁で素早く切り取りプラスチックの桶に放り込むのです。

収穫した蜜蜂の巣

 蜜が垂れたりするのでこれ奈の作業は早さが勝負です。今ではすっかり慣れて蜜蜂の犠牲を極力少なくするようになり、ものの5分程度で取り終え、天板にネジをし底板を掃除してとりあえず巣箱の外に集まった群れの集団を手で掬い取り、中へ入れてやりました。収穫は手に持った重さの間隔で2升余りのようでした。早速今日から専用の蜂蜜搾り器で精製したいと思っています。

「今年は 外反母趾の 入院で 分蜂時期に 世話もできずに」

「諦めて いたのに退院 間もなくに ご祝儀なのか 一箱入居」

「秋が来た そろそろ蜂蜜 採集を 満持し準備 怠りなきよう」

「大騒動 蜜蜂の群れ ものとせず 無事に採蜜 作業を終える」

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〇ウッドデッキの大掃除

 人間牧場は私が役場に勤めていた現職を、退職した2005年(平成17年)に造り始めました。ゆえに1市2町が合併して誕生した新生伊予市と同じ歴史を刻んでいます。あれから16年経ちましたが、とりわけ風雨に晒され続けているウッドデッキは、高温多湿な気候もあって少し老朽化の兆しが見え始めています。最初の目論見では10年~15年くらいが限界かな?と思っていましたが、度々防腐剤を塗ったお陰でしょうか、まだ危険なほどではないようです。

掃除を終えたウッドデッキ
観音開きの掃き出し窓で仕切った異空間
暑かった夏も終わりました

 今年新しくリニュアールしようと思いましたが、木材の値段が高騰していて断念したので、とりあえず防腐剤を塗り、後2~3年持たせようと思っています。ウッドデッキの張り替えには安く見積もっても30万円~50万円かかるようで、痛い出費ながらそのことを見込んで資金蓄積も何とか目鼻が経っているので、建築設計の仕事をしている息子の判断に委ねたいと思っています。そんな思いを込めて昨日はウッドデッキの大掃除をしました。

 昨日は2時間ほどかかってウッドデッキ下の草を刈ったりしました。すっかり綺麗になったウッドデッキは畳25畳の広さがあり、観音開きの自慢のサッシ掃き出し窓を開けると、水平線の家の板間とウッドデッキが25畳+25畳=50畳の広さになります。これまで最高100人集ったことがありますが、ウッドデッキの魅力は眼下に広がる瀬戸内海の眺望と、四季折々の季節感です。特に夏ウッドデッキにステンレスパイプを取り付け、防虫ネットで自作した蚊帳ですっぽり覆うと、異次元の世界が現れます。

 夏の天の川が横たわる満天の星空は、周りに光源がないだけに良く見え、遠望の彼方に道後平野や、民俗学者宮本常一の出身地周防大島が横たわって、20年間21世紀えひめニューフロンティアグループが無人島に挑む少年のつどいを行った、ひょうたん型由利島共和国も一望できるのです。ウッドデッキの板目は北半球希望の星北極星に向いていて、コスモス(宇宙)牧場を表しています。背もたれ椅子を取り出し体を沈めると、不思議な発想力が湧いてくるようです。

「一人にて ウッドデッキの 大掃除 16年で 少し老朽」

「防腐剤 塗って延命 する方法 リニュアールするも 選択悩む」

「掃除終え 背もたれ椅子を 取り出して 体しずめて 瞑想ふける」

「この眺望 一人で見るは 余りにも 贅沢過ぎる 皆に裾分け」

 

 

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〇稲わらが届きました

 先週の日曜日、外出から帰ると、玄関先の庭に稲わらが置かれていました。昨年も届いたので多分元地域おこし協力隊の本多さんが届けてくれたのだろうと思い、電話でわざわざ自宅まで運んでもらったことのお礼を言いました。

親友が届けてくれた稲わら

 早速居合わせた息子が手伝ってくれ、稲わら小束をビニール紐で4つほどの中束にまとめ、倉庫の前に運びました。天気も安定しているのでこのまま今週中は風を入れて乾燥させ、納屋にしまって来年のスイカの下敷きわらに使う予定です。

 最近はコンバインの普及で稲わらは稲刈り時に細かく切り刻まれて田んぼに返されるため、長いままのわらが手に入りにくく、面倒くさいので嫌がられますが、稲木に干した稲わらを今年も備蓄することができました。

 お百姓さんではないので、一年間にどんな農作業があるのかよく分からぬまま家の横の家庭菜園で、草や病害虫と格闘しながら、無農薬にこだわって野菜つくりをしています。いいこととお出来ることは違う落差の中で、これからも体の動く限り楽しみながら野菜を作ろうと思っています。

「今年も 友人稲わら 自宅まで 届けてくれて ほっと一息」

「最近は コンバインにて 稲わらも 小切り田んぼに 確保難し」

「来年も 美味いスイカ 作れそう 百姓まがい 余生楽しく」

「いいことと 出来ることには 落差あり 一喜一憂 今後も続く」

 

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人間牧場

〇今年もドングリ種を蒔く

 実りの秋となりました。最近は稲刈りも果樹の稔も極早生系が出回るようになって、いつが旬なのか分からない有様です。しかし人間が手を掛けれないドングリや椎の実などは、温暖化などの気候の変動で多少前後はしますが、昔と同じような実りを繰り返しているようです。

ドングリの実
ドングリを蒔く息子
ドングリを蒔き終えた畑

 息子がカブトムシの配布を始めたことがきっかけで、里海里山に興味を持つようになり始め、3年前から落葉樹クヌギの森を作ろと思い立ち、ドングリを拾い、プランターに蒔いてみました。色々試行錯誤しましたが、直播が一番効果のあることが分かり、以来果樹園の隅の畑を耕し昨年から苗作りを始めています。

 今年も松山の護国神社横の万葉苑の世話をしている藤原さんが昨年に引き続いてドングリの実と栃の実を拾ってくれ、息子も友人と近所の森でドングリを拾って帰りました。害虫予防のため2~3日水に浸け一昨日の日曜日、中耕した畑に息子と二人で5畝ほどドングリを蒔いてみました。

 息子はカブトムシ由来のドングリ銀行を作ってこれらの苗を配布し、荒れた里山に植えてもらう算段ですが、わが港の見える丘の植林や下草刈も、私の外反母趾手術入院という思わぬハプニングで思うに任せぬ一年となりました。はてさて里山運動の行方は?、また思い通りになりにくい試行錯誤の地域づくりが待ち構えています。

 

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〇誕生日の一日

 今年は私の誕生日と日曜日が重なりました。朝から誕生日の祝意電話が鳴り、携帯をしながら家の固定電話の子機を持って居間を右往左往していましたが、午前10時ころ妻の実家である八幡浜へ出かける所用があり、妻と二人で少し足を伸ばし、佐田岬頂上線を走り、伊方町瀬戸に住む妻の高校時代の同級生であり、ご主人は商工会経営指導員をされていた奥山さん宅を訪ねました。久しぶりにお茶を飲みながら思い出話や近況に花を咲かせました。

 その後堀切を越えて瀬戸内海側三机から宇和海側塩成に出て、緒方さん宅を前触れもなく訪ねました。緒方さんは2日前の金曜日、誕生日祝いの花束を西岡さんと二人でわが家まで届けてくれた方なので、そのお礼方々の訪問でした。運よく緒方さんは在宅で、ご主人も近くで草刈り作業をしていて、手を休めてもらいお話をすることができました。緒方さんの家の背後には掘り切りに架かったアーチ式の橋が見え、とてもロケーションのいい場所にあります。

 堀切という地名が示す通りこの地は江戸時代のこの、岬で一番のくびれの場所なので、堀割って運河を造る夢のような話が持ち上がり、民・百姓に命令が下り着工したようですが、余りにも無謀な計画で、多くの人が犠牲になりました。緒方さん宅の裏にはその人たちを供養する小さな社が祀られていて、緒方さんたちが大切に今も供養を続けているようでした。

 その後八幡浜市内まで戻り、妻の実家に立寄った後「あたご」という料理店に入り、妻と二人でささやかな誕生祝をやりました。4人兄弟の3番目に生まれた妻も縁あってわが家に嫁いできてから早いもので、今年で50年の月日があっという間に流れました。妻の母親が旧瀬戸町川ノ浜出身、私の祖母も瀬戸町小島の出身です。わが家のDNAは三崎半島ゆえなるか、訪れる度にどこか懐かしさを感じています。

「誕生日 妻を誘って ドライブに 岬半島 天気上々」

「同級生 いつの間にやら 減り続け 僅かな人の 元を訪ねる」

「三日前 花束貰った お礼にと 掘り切りアーチ 見えるお宅へ」

「佐田岬 妻と私の DNA どこか懐かし そこここ感じ」

 

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人間牧場

〇木の根っ子

 今年は台風の大風で人間牧場のスモモの木が2本倒木、家の果樹園の甘夏柑の木が2本枯死と相次いで短い寿命を終えました。スモモの木は息子の手助けを得てとりあえず枝葉を切り、畑の隅に隅にうず高く積んでいて、そろそろ暇を見て焼却処分したいと思っていますが、甘夏柑はチェンソーで根元から伐採して片付けたものの伐根が残っていて、昨日地堀鍬やスコップで根っ子周囲の土を掘って伐根作業をやりました。

難儀をして伐根した甘夏柑の木の根っ子

 病害虫に強い甘夏柑ですが、一年中果実を樹上にならして必要に応じて果実を収穫しているため、かなりのダメージがあるようで、そろそろ根元に牛糞などの施肥をしてケアーしたいと思っていますが、今回枯れた2本の木は根元にマダラカミキリ虫が入った枯死のようでした。どんぶり鉢ほどの大きさの根元切株も、土を掘ってみると四方八方に根を張って、大地にしっかりと生きていたことがよく分かり、一つひとつの根を剪定鋸で切り、やっとの思いで伐根することができました。

 樹木の根は、土中から水分や養分を吸い取り、地上に茂った枝葉や果実に養分を与えて生きています。根がしっかりしている木は枝葉も見るからに元気で、沢山の実をならしますが、少し弱ると色々な兆候が現れます。わが家は基本的に冬のマシン油を年に一度散布する程度の防除しかしないため、農薬防除をしないと柑橘類は中々難しいようです。伐根して更地になった場所は耕運機で中耕し、畝を立てて息子が拾って来たドングリの実を蒔く予定です。

「果樹園の 甘夏柑が 2本枯れ 伐採伐根 中々骨折れ」

「小さいが 根は八方に 広がって 往時偲びつ 鍬・鋸土中」

「木が元気 根元元気が 基本です これが中々 素人ゆえに」

 

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〇目にはさやかに見えねども・・・

 台風16号が日本列島をかすめて通りました。伊豆諸島や関東では強風が吹き荒れ大雨による被害もあったようですが、こちら四国では連日好天が続いて、10月だというのに連日日中は30度くらいまで気温が上がり、しまいかけていた半袖シャツを着たり、朝晩は長袖シャツを着たりとちぐはぐな服装を気にしながら毎日です。

柿の葉っぱが色づき、お皿に盛って秋を楽しんでいます

 暑い日中ですがそれでも朝晩は20度を下回るようになり、眼にはさやかに見えねども秋の足音は少しずつ強くなって、昨日は友人がどっさり秋の味覚栗を届けてくれました。また瀬戸金時の産地伊方町瀬戸からは焼き芋が届き、昨日の昼はご飯を食べずに妻と二人で茹で栗を包丁で半分に割り、サジですくって食べたり、焼き芋を「美味しいねえ」と言いながら、栗屁・芋屁を気にもせずたらふく食べました。

 道端には裏の柿の木の葉っぱが色づきいて落ち、いよいよ秋本番です。色づいた柿の葉っぱは綺麗に水洗いしてお皿の上に乗せ、焼き芋と茹で栗を乗せると、とても綺麗な料理に変身しました。たった一枚のたかが柿の葉っぱですが、されど工夫次第で食卓に彩りを添えてくれました。道端で摘んだつゆ草を一輪挿しに差し、無骨ながら季節を楽しんでいます。

昨日の夕日も最高でした

 昨日は秋の夕日が見たいという2人の女性とシーサイド公園で落ち合い、スリーショットの夕日鑑賞会となりました。2日連続の夕日物語レクチャーでしたが、2人とも綺麗な夕日に感動したようでした。週間天気予報によると夕日の見える天気は当分続きそうです。修理して回復したたポンコツの単車に乗って、心地よい秋の風をいっぱい受け西に東に走っています。

「秋季節 目にはさやかに 見えねども 道端落ちた 柿の落葉に」

「栗と芋 柿の葉敷いた 皿に盛る 妻と二人で 秋を満喫」

「日本一 自慢の夕日 見せたいと 二人女性に 熱弁サービス」

「忙しく 日々を暮らして いるけれど 気持ち次第で ゆとりや季節」 

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