人間牧場

〇昨日は季節外れの夏日でした

 昨日は前線を伴った低気圧が日本海を通ったため、私たちの地方で通称「やまぜ」という季節外れの南風が吹き荒れ、気温がグングン上がり、 11月も中旬だというのに日中は軽く25度を超えて27度の高温となりました。

大風が吹いた昨日の天気図

 私の小さい頃の記憶だと、一年納めの大相撲九州場所が開かれるこの時期は、晩秋から初冬へと季節が変わるため、朝晩は霜が降りるほど冷えていたものですが、このところの陽気はやはり異常気象としか言いようがないようです。

 昨年までは大相撲をテレビで観戦しながら、干し柿を作るため渋柿の皮を剥いでいて、そろそろと思っていましたが、この陽気では折角剥いでも暖か過ぎてカビが生えるので、もう少し先送りしようと妻と話がまとまりました。

 昨日は友人の戸田さんに頼んでいた紅マドンナが届いたため、日ごろご当地グルメを届けてくれる全国の知人友人に、送り状を書いて郵便局へ持って行き宅配発送を終えました。新型コロナの影響で両国国技館開催となった大相撲も佳境に入り、あと3日間で終わるようです。

「大相撲 今年はコロナ禍 九州で 開けず残念 少し寂しい」

「昨年は 相撲見ながら 干し柿の 皮を剥いだが 今年は断念」

「東屋の 柱に吊った 野良時計 下温度計 27度に!!」

「昨日は 季節外れの 夏日汗 異常気象の 次が心配」

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〇内子町小田界隈

平成の大合併まで旧小田町は上浮穴郡という行政上は中予でした。内子町と合併した今は喜多郡という南予となりました。そんなことを感じながら中山から山越えして伊予郡砥部町と合併した広田高市を通り、小田へ講演に出かけました。通りすがりの山里は盛りを過ぎかけてはいましたが紅葉に染まり、とても綺麗でした。

久しぶりに出会った滝尾さん
土居商店で地域おこし協力隊の岡山さんと

せっかく一年ぶりの小田なので少し早めに出て講演の前に、かつて愛媛県青年団連合会長時代に活動を共にした旧友の滝尾さんに出会い、訪ねたかった土居商店で地域おこし協力隊の岡山さんとも出逢い、多喜男さんの配慮で懐かしい元議員の一柳さんとも出逢い旧交を温め、大森さんも加わって、近くの道の駅で名物のタライうどんを食べながら懇談することができました。

私は巨木が好きで、講演後少し足を伸ばして2つの神社の樹齢千年を超すケヤキやイチイガシ、それに乳出の大イチョウを見学に出かけました。お陰様で大きなパワーをいただきました。

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人間牧場

〇庭の秋

 「♭しずかなしずかな 里の秋 おせどに木の実の 落ちる夜は♯」という童謡を思い出す今日この頃ですが、わが家の庭にも秋を感じる紅葉が幾つもあって、朝な夕なその様子を眺めています。

家の入り口付近にある枝垂れモミジ
植木鉢に植えたクヌギの苗木も黄葉し始めました
庭に植えたブルーべりーの紅葉
裏庭のヤマモミジも色づき始めました

 自然とは不思議なもので、四季の巡りを知っている植物たちはしっかりと順応して、秋が来れば美しい秋の衣をまとって生きているようです。私たち夫婦は今年も先週、季節の移ろいを楽しもうと、久万高原町古岩屋の紅葉を見に行きましたが、家から見える本尊山周辺の景色を加えたわが家の紅葉・黄葉も、古岩屋の紅葉にもいずれ劣らぬ、身近な里の秋なのです。

「わが家庭 あちこち秋の 気配あり のんびりゆるり ひとり楽しむ」

「今年は 秋風余り 吹かぬゆえ 紅葉綺麗に 色づき見せる」

「丹精を 込めたつもりの 庭木たち 紅葉衣 まとって綺麗」

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〇日々の暮らしの中で

 昨日の朝、いつものように朝5時にウォーキングに出かけました。このところ夜明けが遅くなり、朝5時の外は真っ暗なため、友人から貰ったLEDの懐中電灯を頼りに歩いていますが、特別養護老人ホーム夕なぎ荘の前で折り返し、上灘川沿いに上灘漁港の中突堤まで進むと、国道の中突堤入り口に、何やらテープが張られ中に入ることができなくなっていました。

 よ~く見ると、それは事件現場に貼られる県警の規制線用の幅の広い黄色いテープのようでした。仕方なくいつものルートをやめて歩き、家に帰って新聞を広げると、事件事故欄に「伊予灘で砲弾発見か」という記事が載っていました。伊予灘で操業中の双海町の漁船が「砲弾らしいものを1個引き揚げた」と漁協を通じ118番があったそうで、中突堤付近の海の中で水中管理をしているとのことで、規制線の意味がやっと分かりました。

 今朝は既にその規制線は取り除かれていて、中突堤を歩きましたが、今朝の新聞の事件事故欄に再びその後の様子が報道されていて、海上保安庁と海上自衛隊が調査した結果、旧日本軍の魚雷だと分かり、不発弾処理のため陸送されたようでした。昨日の夕方は私のウォーキングの折り返し地点である電器店奥の家で火事がありました。知人の家だけに突然の災難に心が痛みます。

 平凡なように思える田舎の日々の暮らしですが、あれやこれやとあるものです。かく言う自分も帯状疱疹の発症が今だ収まらず、気分の優れぬ日々を過ごしていますが、深まり行く澄んだ秋空のような日々に、早く戻って欲しいと願っています。

「昨日朝 ウォーキング途中 中突堤 規制線テープ 立ち入り禁止」

「帰宅して 新聞見ると 事件事故 爆弾見つかる ニュース報道」

「今朝新聞 爆弾魚雷と いうニュース 76年 経っているのに」

「知人宅 火事だと孫に 教えられ 黒煙行方 家の庭から」

 

 

 

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人間牧場

〇ふるさと体験塾ハイキング(その4)

 堂の峰の魚見小屋を後にした体験塾の一行は、急な坂道を滑ったり転んだりしながら下山し、昼食会場となった小網公民館に到着し、2階和室でお楽しみの昼食となりました。みんな自分で作り持参したおにぎり弁当に舌鼓を打ち、のんびりゆっくりお喋りをしたり、東雲大学の学生さんたちによるレクリエーションで楽しいひと時を過ごした後、最後の研修地である共栄網の加工場まで城ノ下地区内の道路を通り、歩いて帰りました。

小網公民館での昼食休憩

 加工場では共栄網会長の和田さんの説明案内で、沖で漁獲したイワシやちりめんが中積み船で専用桟橋に帰って加工され、煮干しになるまでの工程に沿って工場内を見学して歩きました。子どもたちの中には学校ぐるみで何度か見学に来ている者もいて、特に冷風乾燥室や「冬の北海道体験」と呼ばれている、マイナス23度の冷蔵庫体験は興味津々で、「寒い寒い」と歓声を上げていました。

 子どもたちが一番興味を示していたのはチリメンモンスターです。ちりめんに交じって水揚げされ小魚は一々目視と手作業で取り除かなければならない厄介者ですが、中には珍しいタツノオトシゴやフグ、太刀魚の赤ちゃんなどもいて様々です。これらを探すのは遊び感覚では楽しいようで、和田会長さんたちはこれらを透明樹脂に封じ込め、ペンダントやストラップ製品にして喜ばれているようで、子どもたちや大学生もプレゼントしてもらい喜んでいました。

 歩いたり上り下りしたり、また双海の古い歴史やイワシの加工現場を訪ね、多くのことを学びました。最後は地域事務所の図書室で、感想文を書いて散会しました。風もなく温かい好天に恵まれたハイキングでした。

「手作りの おにぎり弁当 食べながら のんびりゆっくり 楽しいひと時」

「立ち寄った 加工場にて 煮干し類 加工工程 説明受ける」

「ちりめんに 混じって水揚げ モンスター タツノオトシゴ ストラップされ」

「北海道? 寒さ体験 マイナスの 23度と 聞いて驚く」

 

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〇古老の話を聞いた後堂の峰の魚見小屋を目指して(その2)

 庵寺の中に入った子どもたちは水分補給をしたりトイレ休憩をした後、小網地区出身の古老松田博さんの話を聞きました。松田さんは最近まで双海史談会のメンバーとして私たちと活動していた元漁師で、これまでにも小網やイワシ漁に関する本を2冊自費出版するなど、町内きっての漁業史通の方なのです。実行委員会副委員長である幸先生の義父でもあることから、わざわざ庵寺まで私たちのために足を運んでくれました。

庵寺での講話
松田米博さんのお話
采を振る若かりし頃の松田米博さん
堂の峰を目指して登る子どもたち

 プリントした大きめの写真や資料を見せながら話す、松田さんの話の内容は多岐に及びましたが、子どもたちも熱心に耳を傾けてくれました。さあここからが大変で、最近は住民も殆ど通らない急な坂道を、滑り転げたり汗をかきながら魚見小屋を目指してひたすら歩きました。

柱だけが残っているかつての魚見小屋

 前回公民館主事の出海さんと下見に訪れた時坂道付近は雑草雑木でもっと荒れていましたが、この日のために地元の有志が伐採伐根をしてくれようで大助かりでした。やがて堂の峰に到着しました。今は使われなくなった魚見小屋は僅かに柱材が残る程度ですが、双海町にとっては立派な産業文化遺産なのです。

「庵寺で 古老の話 熱心に 子どもら聞いて 納得しつつ」

「采という 大きな白い うちわ振り 魚群の様子 漁船に知らせ」

「子どもらが 来るというので 地元民 雑草雑木 綺麗に片づけ」

「急峻な 坂道登り 堂の峰 今は朽ち果て 柱が往時を」

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人間牧場

〇昨日11月13日の農作業メモ

 わが家には自宅に隣接した約1反の家庭菜園があります。隣接というより自宅の敷地内という方が正しいのかも知れません。このため毎日朝な夕な暇さえあれば菜園を見回り、ちょっとの暇を見つけて草を引いたり色々な農作業をこなしています。

 昨日は夏野菜として植え秋ナスも沢山収穫した長ナスを根元から引き抜いたり、支柱を片付ける作業をしました。跡地は草を引いた後、石灰や牛糞を撒いて中耕し少し休ませ、年が明ければ早々にジャガイモを植える予定です。

それなりに上手くできたエンドウ豆の垣

 その横に植えているエンドウ豆も活着して伸び始めたので、倉庫から漁師さんから頂いてストックしている目の粗い漁網を取り出し、畑の長さと幅を合わせてまるで漁師さんのような手順で切ったり縫ったりした後、支柱や横だけを組み合わせて垣を作りました。

 昨年は3列に植えた垣が引っ付いて中へ入れなくなり、収穫に支障をきたしたため、今年は少し改良を加え、網目の大きい物に替えたり、真ん中に通路を取るべく畝間を広くしました。さてどうなるか楽しみです。

「ナス畑 兵どもが夢の後 季節移りて 跡形もなく」

「漁師さん 貰った漁網 再利用 エンドウ豆の 垣根を作る」

「まずまずの 出来だと出来た 垣根見て 自己満足の 昨日の成果」

「農作業 暇さえあれば 黙々と 野菜作りも 少し上達」

 

 

 

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人間牧場

〇いい文章を書くには・・・(その2)

 私は若い頃といっても中年となった32歳から42歳まで、公民館に勤めながら町の広報を10年間担当しました。勿論その頃はパソコンやインターネットも普及していない時代でしたから、原稿書きは鉛筆と消しゴムが道具で、何度書いた原稿を書き直したり原稿用紙を悔みながら破ったことでしょう。当時は公民館主事という忙しい仕事に加え、月2回の発行は超人ともいえる忙しさでした。

 私の書斎の書棚には10年間殆ど自分が書いて印刷発行した広報「ふたみ」が、タブレット版ファイルに綴じられて保存しています。広報に「こちら編集局」というコラムで書いた記事は、42歳の厄逃れとして自費出版した「町に吹く風」に収められていますが、誤字脱字ありの足跡はまさに汗顔の思い出です。

「いい文章を書くにはどうすればいいか」、これは私の長い間の懸案で、毎日2本のブログを書いている今も、その奥の深さに戸惑いながら書いています。昨日ネットで「上手い文章を書くコツ」という文章を読み納得しました。
 ①ゴールから逆算して必要なことを書く。
 ②文章を削る習慣を持つ。
 ③接続詞にまで気を配る。
 ④あいまいな表現は使わない。
 ⑤使えそうなフレーズをストックしておく。

 なるほどと納得しながら読みましたが、さりとてこの5つに注意すればいい文章を書ける保証はどこにもありません。最初は自分の日々の暮らしの出来事を、自分の日記のつもりで書き始めたブログですが、いつの間にかfacebookにリンクして公表するようになると、少なからず愛読者も増えて、読む人を意識するようにもなりました。これからもタイムリーな話題を取り上げ、いい文章を書く努力をしたいものです。

「いい文章 書こうとするが 奥深く 浅学菲才 書けずに今も」

「読む相手 意識し過ぎる 文章は どこかおかしい よそよそ過ぎて」

「文章は 記録に残る 良い悪い だから気をつけ しっかり校正」

「9年も 前の写真や 書いた記事 ブログ出回り 汗顔至り」

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〇9年前の思い出

 パソコンの画面に呼び出しもしないのに、いきなり9年前の写真が出てきました。人工知能とでもいうのでしょうか、忘れていた記憶です。私はアメーバブログ「shin-1さんの日記」と、ワードプレス「人間牧場」という2本のブログを毎日書いているため、アーカイブス機能を使い2011年11月10日の記事を呼び出すと、前日11月9日にあった全国地域づくりリーダー塾山下ゼミの一行15人程が、人間牧場へ研修にやって来たことが、微細に書かれていました。

9年前の記憶

 写真に写っている馴染みの顔の人の姿は9年ながら10年ひと昔で、私の姿はそんなに変わりませんが、やはり若い感じがしました。間もなく当時参加していた神山伸一さんがこの写真をfacebookにアップしたので、数人の方が書き込みをして、デジタルながら思い出話に花を咲かせました。

 それにしても便利な世の中になったものです。人間の知能では覚えているはずもない9年前の出来事が、記録することによって記憶として蘇るのですから驚くしか言いようがありません。民俗学者宮本常一の言葉を借りれば、「記録しないものは記憶されない」のです。私たちは一日24時間を毎日積み重ねて歳をとります。昨日今日のことすら「はて何をして暮らしたのだろう?」とさえ思う日々ですが、改めて記録の大切さを痛感しました。

 記録には音声や写真、文字といった方法がありますが、私は文字と写真で既に過去になった昨日の出来事やその日の思いを記録しています。早いもので、facebookを始めて15年が経ちました。取るに足らない何の役にも立たない、私のような凡人の殆ど毎日記録する様子を見て、晩年親交のあった永六輔さんは、「『禅の修行』に似ているから続けなさい」と諭されました。意を強くした私は、相変わらず飽きもせずやっています。これも人生のある意味修行です。

「3日前 いきなり古い 写真見る 9年前の 出来事のよう」

「9年前 アーカイブスで 呼び出した 当時の記録 デジタル記憶」

「達人に 禅の修行と 励まされ 意味もないけど 毎日続けて」

「この歳に なるとあれこれ すぐ忘れ 私の脳は 退化の一途」 

 

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人間牧場

〇清々しい秋晴れ

 北の国北海道の友人から、初雪の便りが届く季節になりました。北海道に比べるとこちらの寒さなど取るに足りませんが、それでも朝晩の寒さは耐え難く、折に触れ石油ストーブに火を入れ暖を取っています。特にわが家は背後に山を背負っているため、立冬のこの頃から春分の頃までは一日中太陽が当たらず、寒さ一入です。

真っ青な空に双海のシンボル本尊山がそびえ、ハゼモミジも赤く色づき始めました。
黄色いツワブキの花も綺麗に咲いています

 それでもわが家の借景である目の前の本尊山には一日中日が当たり、このところの冷え込みでハゼモミジが赤く色づき始め、夕暮れ時ともなると夕日が山一面を照らし、晩秋の風情を醸しています。

 双海町は北向きの海沿いに面しているため、ツワブキの自生地で、この時期になると至る所に黄色いツワブキの花が咲き誇り、白い野菊とともに秋を演出してくれています。このところ天気が安定し、雲ひとつない青空に一筋の飛行機雲が、まるで白墨で書いたように綺麗に見えました。

「北の国 初雪便り メールにて こちらも朝晩 寒いと返信」 

「里の秋 次第に深まり ハゼモミジ ツワブキの花 季節の移ろい」

「真っ青な 空にチョークで 書いたよう 飛行機雲の 美しきかな」

「立冬の ニュースを聞いて 長袖の 下着を用意 風邪引かぬよう」

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