人間牧場

〇帯状疱疹になりました

 ここ数日前から、左胸に違和感が出始めました。左胸には大事な心臓があるので、「もしや心臓が悪くなったのでは?」と思ったりしましたが、その違和感は次第に強くなって行くのです。昨日の朝起きて着替える時、洗面台で違和感のある付近を鏡に写してみると、何やら赤い発疹がいくつか出ていました。

 妻に見てもらったところ、どうやら何年か前妻の発症した帯状疱疹に似ているようだと言うのです。とりあえず皮膚科病院に行くよう勧められたため、昨日孫娘の七五三お宮参りの帰り、行きつけの永井皮膚科に立寄り受信しました。この病院は2年前マダニに噛まれて受信治療を受けた病院で、先生もそのことを覚えていたようで、早速診てもらいました。

 着ている服や下着を上に上げて赤い発疹を診た先生は、「この症状は間違いなく帯状疱疹ですね。お薬を出しておきますので、4~5日薬を飲みながら様子を見てください。」で終わりです。先生への質問「帯状疱疹は男性もかかるのですか?」「帯状疱疹は何が原因ですか?」「帯状疱疹は家族にも移りますか?」などなどを聞き、受付で受診料を払い、飲み薬と痛み止め、塗り薬を貰い帰宅しました。

 原因はその人によって色々のようですが、ストレスや体の免疫力が弱った時などにウイルスによって発症するとのこと、中には痛みがひどくて重症化する人もいるそうです。早速昨日の昼から2錠の薬を食後に服用し始め、風呂上りに赤い発疹に塗り薬を塗りました。寝れなかったり痛み止めを飲むほどの痛みもなく今朝を迎えましたが、快方に向かって欲しいと願っています。夏の疲れが出たのか、それともストレスか?、嫌々そんなにストレスはないはずだが・・・・。

「左胸 数日前から 違和感が 心臓かもと 要らぬ邪推を」

「よく見ると 左の胸下 赤発疹 妻の見立てで 帯状疱疹?」

「皮膚専門 病院診察 先生は 帯状疱疹 病名治療」

「ストレスや 疲れた体 出るという 納得しつつ 治療薬呑む」

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〇読書の秋

 日暮れが早く夜明けが遅い晩秋の頃となりました。この時期は家庭菜園の作業もとりあえず一段落し、加えて色々なイベントも新型コロナの影響で中止が多く、いつもの年より比較的自由な時間が取れることから、折に触れ何冊かの本を読んでいます。

 若い頃は読書熱が高く、本屋に通ったり少ない小遣いをはたいて買った本を手当たり次第読んでいましたが、最近はパソコンの前に座りデジタル文字を読むことが多くなり、加えて加齢によって読書熱が少し冷めたため、読書量は随分減ってきました。

 ①本を買ってもパソコンや他の趣味に心と時間を奪われ余り読まなくなった。②頑張って読んでも内容が思い出しにくくなった。③本を読むスピードが遅くなった。④部屋に読んでいない本が増えている。そんな自分の変化を肌で感じながら、日々を暮らしています。

 ①いくら本を読んでも読んだことを忘れる。②時間をかけて読んだ割には中々頭と心に残りにくい。③分かったつもりになって途中で止めている。④本を一冊読むのにかなり時間がかかる。⑤自己啓発ができず、読むことに満足し、読んだ後のアクションが起こりにくいなどなど、多少悩みながら読書の秋を迎えています。

「小遣いの 大半使って 読書した 若い時代が 懐かしきかな」

「読書熱 読書量とも 下降線 歳のせいだと 納得しつつ」

「体内に 蓄積された 知識には 読書によるもの 数多くあり」

「息子・孫 読んでる本を 時々に 盗み読みする ジャンルの違い」

 

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〇柿と牡蠣の混乱

 海と山には同じような名前の動植物が沢山あります。ヘビとウミヘビ、牛とウミウシ、松とウミマツなど、海に近い所に住んでいるので、子どもの頃からこのことを不思議に思っていました。名前と色こそ違いますがイガグリとムラサキウニは、殆ど同じ格好をしています。

鳥取県南部町から頂いた柿
広島県東広島から宅配便で届いた牡蠣

 柿と牡蠣も漢字で書くと全く違いますが、カタカナやひらがなで書くと全く同じ呼び名です。3日前鳥取県南部町から視察研修にやって来た大下さんたち一行が、手土産に南部町会見特産の富有柿を沢山持って来てくれました。柿は大好物なので大喜びでしたが、そのことを知らない妻は煙会所での話し合いの途中、こちらも内子町五十崎の特産である柿を剥いで、お茶請けに出してくれました。ミスマッチと思い苦笑しましたが、柿の産地の人に愛媛の柿を食べてもらうのも面白く、大笑いをしながらみんなで美味しく食べました。

 夕方その談笑雰囲気も冷めやらぬところへ、今度はクロネコヤマトの配達員が、東広島の友人が送ってくれた広島県特産の牡蠣を届けにやって来ました。妻は「えっまたカキ?」と「カキとカキ」に一瞬戸惑ったようでしたが、直ぐに我に返り納得したようでした。その夜は食事に牡蠣の酒蒸しと食後のデザートに柿をいただき、この日はカキ尽くしでした。

 ちなみに、山の柿に甘柿と渋柿があるように、海の牡蠣にも甘牡蠣と渋牡蠣があるのを、知っている人は少ないようです。勿論私は水産高校出身なのでそのことを知っていますが、海の町でもそのことを知っている人は少ないようです。さかな君ではありませんが、世の中は面白いことが沢山あります。

「柿と牡蠣 漢字じゃ区別 つくけれど 言われただけでは どっちか分からぬ」

「柿産地 知らない妻は 柿を剥き お茶請け出して 大慌てする」

「柿貰い 牡蠣が届いて カキ尽くし どちらも美味しく いただきました」

「海と山 動植物にゃ 似た名前 ウニとイガグリ クリ二つです」

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〇ドングリの種蒔き

 里山運動を初めて3年になります。3年といってもまだ緒に就いたばかりで、1年目はとりあえず母が作っていた耕作放棄していたみかん畑の雑草雑木を、伐開し始めましたがこれが中々の難敵で、行く手を茨に遮られたりして予想以上の労力がかかりましたが、この3年で生える草も柔らかくなり、来年の春にはいよいよドングリから育てた苗木を植えれる準備がと整いました。

 その間秋になるとあちこちのクヌギ林に出かけ、ドングリを拾い集めて持ち帰りプランターや畑に蒔きましたが、ドングリは芽や根を伸ばし、1年目の苗は畑に植えかえて育てた結果、50㎝程の3年生の苗になって、定植を待つようになりました。とりあえず春には100本程の苗を植えようと春の来るのを心待ちにしています。

 長男息子の里山運動は、私と考え方が少し違っていて4年前から、育てたカブトムシを200個の虫かごに入れ夏休み中に、松山空港や道の駅などで子どもたちに無償配布しています。自然発生したカブト虫がいるのはクヌギの森ですが、願わくばカブトムシのいるクヌギ林を作りたいという願望もあって、ここでやっと親子のクヌギ林造りで一致するのです。

 息子はこのところ暇を見つけ、松山城や護国神社の森で拾って来たドングリを水に漬け、殺虫した後苗床に蒔いています。もう既に芽や根が伸び始めていて、私と同様クヌギの木の苗作りに励んでいます。10年後クヌギの森ができるのを親子で夢見ていますが、植林や育林には草刈りなどの手間暇がかかるもので、まだ紆余曲折があるものと思われますが10年後が楽しみです。

「わが息子 苗床用の ビニールに 土入れドングリ 蒔いていました」

「里山に クヌギの苗木 植えるため 茨の放棄地 苦労し伐開」

「来年の 春には自らが 育てたクヌギ 苗木定植」

「10年後 クヌギ林を 作ろうと 里山運動 馬鹿げた親子」

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〇鳥取県南部町の視察研修受け入れ(その2)

 第一の目的地である翠小学校の視察を終えた鳥取県南部町の一行を、大下さんの車に乗せてもらって10キロほど離れた人間牧場へ案内しました。昨日は前日まで吹いていた北西の季節風も収まり、少し肌寒い一日でしたが天候もよく、上の道沿いに車を止め、歩いて人間牧場へ着きました。

 時間が押し気味なので人間牧場では余り時間を取ることができず、見学程度と思っていましたが、高知県馬路村産魚梁瀬杉の切り株台座での落伍のリクエストがあり、ショートながら2~3話を混ぜてお話しし大笑いとなりました。自宅へ戻って海舟館を見学の後煙会所に入り、未だ火を入れていない囲炉裏を囲んでレクチャーや議論を深めました、約束の研修終了は午後4時30分でしたが、白熱して気がつけば午後5時20分になっていました。

煙会所にて

 秋の日の入りは早く、少し薄暗くなり始めていましたが、一行は宿泊地目指して帰られました。久しぶりの社会教育関係者との懇談研修だったし、知人息子さんの引率とあって、こちらも少し力こぶを入れ過ぎるくらいだったことを反省しました。今日一行は中尾さんの仲介で受け入れてもらう予定の、仙波さんの待つ北久米公民館へ出かけるようです。異文化がギャップを感じながら少しだけ充電した一行の今後活動に期待しています。

「気がつけば 人間牧場 海舟館 視察研修 向いているかも」

「リクエスト 応えて台座 座布団に 座って落伍 思いつくまま」

「火も入れぬ 囲炉裏を囲み 車座で 熱入れ話す 時間忘れて」

「いい時代 来ぬかも知れぬ 良い時代 することできる やり方次第」

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〇双海史談会現地研修「風景写真今昔物語」(その2)

 一昨日双海史談会のメンバー18人ほどが集まって、「風景写真今昔物語」と銘打って、町内を散策しました。双海町には上灘地区(高野川・上灘・高岸)と下灘地区(大久保・串)があって、海岸線だけでも16キロあります。双海町の大きな変化は県道が国道に昇格し、その後その国道が改良されたため、町の様子が一変する程変化しています。

唐崎付近から本尊山を望む風景

翠小学校の風景

浄土坂から下灘を望む

豊田漁港の遍歴

天皇陛下の乗ったお召し列車が走った予讃線海岸周り

 古い写真を頼りにその場所を探して写真を撮り、古い写真と今を比較してみると、当時と今の風景の違いが一目瞭然です。今回は風景に人物を余り入れませんでしたが、民俗学者宮本常一の残した写真をみると、畑や洗濯物、町並みや人物が沢山写っていて、当時の人々の暮らしぶりがリアルに描かれているようです。

今回は全員で歩いたため、多少時間がかかったので、これからは一人一人が折に触れ、古い写真と対比しながら町内のあちこちを散策して写真に収めたいと思っています。来年は是非古い写真と今回訪ねた写真を対比して展示する企画を進めたいと思っています。それにしてもデジタルの時代になったもので、私のような浅学な者でもスキャナーを使ったり、デジカメを使って写真がこうしてすぐに画面上で再現されるのですから、便利な世の中になったものです。

「町内の あちこち巡り 今昔を 考えながら 写真をパチリ」

「昨日今日 変わりそんなに 気づかぬが 写真で対比 年月流れ」

「見覚えの ある風景に 出くわすと 昔日の日々 思い出される」

「今回の 企画もやはり 面白い ワクワクドキドキ 時にはジ~ンと」

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人間牧場

〇八景山の根上がりの松

 私は若い頃双海町観光協会の事務局長を兼務していました。その頃の双海町はまだ観光らしい観光は殆どなく、観光に訪れる人もゼロに近い状態でした。県庁所在地松山からわずか25キロしか離れていないのに、松山の人さえ殆ど知られていな状態でした。この町を売り出そうと思ったものの、素人の私には何をどうしていいか分からず、悶々の日々を過ごしていました。

 「観光は内磨きだ」と思った私は、周りの理解も期待もないまま兼務ながら、ゼロ予算で色々な策を打ち出し、寝食を忘れて思い切り動き回りました。「夢亡き民は滅びる」という言葉通り様々な夢を描きました。その夢の中にはまだまだ達成途上のものも沢山ありますが、次第に形となり多くの人の後押しや受け継いだ人たちの努力によって今の姿となっているのです。

 4~5日前所用で潮風ふれあい公園へ出かけました。その折旧八景山と呼ばれていた頃作った展望台まで一人で足を伸ばしました。周辺は樹木が生い茂り、眺望を遮って遠望が利かなくなっている所もありましたが、ここの桜は当時はとても綺麗で、春にはボンボリを点けて内外にPRしました。その入り口に鳥居がありますが、その横に根上がりの松があります。

まるで龍が迫ってくるような根上がりの松

 松の根元の土が風雨で洗われ、根が露出してできた銘木と呼ぶにふさわしい風格です。ここは金毘羅さんの遥拝所となっていて、石灯篭もありますが、今は訪れる人も殆どないようですが、昔と変わらぬ姿を留めていて、まるで龍が立っているような姿には圧倒されます。流行りの鬼滅の刃ではありませんが、パワースポットとして売り出したい心境でした。

「双海町 観光客は ゼロの町 だったが今は 名前も知れて」

「そこここに 若かりし頃の 痕跡が 残っているが 今はただただ」

「八景山 かつては桜の 名所なり ボンボリつけて 花見したっけ」

「根上がりの 松の姿は まるで龍 パワースポット 売り出すチャンス」

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〇松前町子ども夢会議(その2)

「まさきのいいとこ見つけよう~」「まさきの未来の夢を話そう~」と、昨年に続いて第2回目の松前町子ども夢会議が、まさきいいとこ見つけ隊によって企画され、募集が始まりましたが、新型コロナの影響もあって、今回は対象となる小学生の子ども集めに苦労をしましたものの役員さんの努力により、最終的には目標通りの16人が集まりました。

 高忍日賣神社の見学、味噌作り、はだか麦を使った料理などの体感活動を終えたメンバーは、直ぐ近くの古民家渡部さん宅の離れ2階の一室を借りて、語り合い活動を行いました。昨年に引き続き私もファシリテーターとして参加しました。直前の2日前に部屋の下見と現地打ち合わせを行い、私は夢会議のストーリーを考えました。

 ・子どもたちの心を解きほぐすためアイスブレイクを行う
 ①全体会でまず子どもに「あなたは松前町が好きですか?」でアンケートを取り、「それは何で?」と意見を求める。
 ②2つの分散会に分かれ自己紹介をした後、「松前のいいところを3つ」考え、ポストイットに記入しボードに貼り付け討議する。
 ③全体会でいい所の一番とその訳を全員に発表してもらう。
 ④分散会で「松前町のちょっと気になること」を考え、ポストイットに記入し討議し全体会で発表する。
 ⑤全体会で「あなたが大人になった時、どんな松前町になったらいいか」考えみんなに発表してもらう。
 ⑥全体会で「自分が松前町長になったらやってみたいこと」を話し合う。

 僅か60分の短い時間でしたが、事前に考えて来るよう宿題を出しておいたお陰で、意見が途切れることもなく、むしろ時間が足らないくらいいっぱいの意見をいただき、ファシリテーターの私が事前に考えた通りのストーリーとなりました。詳しい意見はここでは紹介しませんが、子どもらしい純粋なとてもいい意見を沢山いただきました。予定では来年も会場を松前地区に移し開く予定だそうです。

「夢会議 ファシリテーター 頼まれて ストーリーなど 色々考え」

「古民家の 二階の和室 借り受けて 子どもや大人 大いに議論」

「出た意見 なるほど感心 するばかり 大人に聞かせて 上げたい気持ち」

「また一つ 山や峠を 越えました 苦労した分 みんなの力」

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◯孫たちのハロウィン

 昨日孫奏心は土曜日で学校が休みながら参観日でした。昼過ぎに学校から帰ると、いつもよく遊んでいる友だちが3人わが家へやって来て、庭の隅に造っている孫たちの遊び場ミニハウスに集まり、ハロウィンパーティーのようなものをするのだと張り切っていました。

今年は新型コロナの影響で思うようにミニハウスを使って遊ぶことができず、悶々の日々を送っていたので、思い思いの仮想をしてみんな嬉しそうに遊んでいました。昨年はかなり多数の人数が集まり盛り上がっていましたが、今年は全国的に見ても静かなハロウィンとなったようです。

仮装した孫たち

 さて私たち世代は?、いや私たち夫婦は毎年仮装をしてバカ騒ぎする世間の風潮には馴染めず、ただ「担が面白いのだろう?」首をかしげて見ているだけですが、日本のの年中行事が年々廃れて行くというのに、何故に外国起源のイベントにまるで流行り病のように夢中になる日本人の姿は奇妙にしか思えません。私は古いのでしょうか?、多分今の若者から見ると時代遅れのおじいさんのようです。

「孫たちは 時代に敏感 ハロウィン みんなで仮装 楽しそうです」

「今年は 新型コロナ 影響で バカ騒ぎなく 晩秋名月」

「日本の 年中行事 廃れ行く 何故にハロウィン 首をかしげる」

「じいちゃんは 古いと孫たちに 言われてる 時代の流れか」

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