○早朝掃除を10年も間続けている商工会長は偉いです
今朝4時、旅先である茨城県桜川市真壁の旅籠ふるかわで目を覚ましました。交流会が終わり皆が帰ってから寝たのは12時近くでしたから、4時間の睡眠です。でもこれが私の日ごろのリズムなので、寝不足とも思わず灯りをつけて旅先で読もうと思ってカバンの中にしのばせていた本を読み始めました。
昨晩寝る前、宿の女将さんから「明日の朝は少し冷えるかもしれないのでエアコンをつけて寝てください」といわれその通りにして床に着きました。しかしエアコンの風の吹き出し口が丁度体に当たるため、方向も何も考えず、布団を18度転換して眠りました。
目が覚めて1時間くらいしたころでしょうか、階下のトイレに行くべく急な箱階段をギシギシ音を立てながら降りて行きました。トイレを済ませて格子戸越しに外を見ると何やら人の気配です。どうやら聞き及んでいたまちづくり真壁の会長で、商工会長の川嶋さんのようでした。朝早いこともあってお互い声もかけず手を挙げて会釈しましたが、聞けば川嶋さんはもう10年間も通りの掃除を毎朝しているというのです。まだ真っ暗な街頭に出てゴミを拾って歩くのです。商店街の真ん中にある川島書店の対象でもある川嶋さんが掃除を思いつき始めたころは、殆どの人が奇異な目で見たそうです。「長続きするものか」とか「人気取りだとか」「ええ格好をするな」なんて思われ方は枚挙にいとまがなかったと言います。でも毎日ひたむきに掃除をする川嶋線の姿はいつしかこの商店街の名物となって、信用を得るまでになったのだそうです。
かつて私も同じような経験をしました。「赤字になったらどうするのか」、「人が来なかったらどうするのか」と危惧する反対意見を押してシーサイド公園を整備したため、私への周りの冷たい目は相当なものでした。「掃除もできないような人間はまちづくりを語る資格がない」と松下幸之助さんにいわれたことを実践するべく講演を整備して間もなく450メートルの人工砂浜の掃除を始めました。朝5時から8時まで毎日3時間の掃除を始めたのです。冬の海岸は沖合から打ち上がるゴミや海藻などは半端な量ではなく、時には牛一頭もあるような海藻の塊が打ち上がり、その都度汗だくで除去作業をやりました。川嶋さんと同じように「ええ格好をするな」とか、「掃除くらいでまちづくりが出来るか」とか様々鍋性にも似た陰口をたたかれましたが、どこ吹く風と聞き流し、毎日3時間の掃除を教育長を退任して役場を去るその日まで毎日続けたのです。
その結果私に対する信用は増して、シーサイド公園は黒字経営や配当をするなど、また年間55万人の観光客を呼び込むなど大きな成果を得たのです。私はその後次の人への配慮もあって掃除を止めましたが、川嶋さんは今でも早朝の掃除を欠かさずやっているようです。
私と同じく昨日は夜遅くまで交流会をしていたし、お酒も飲んでいたので朝起きるのがきつかったのではと思ったりしましたが、暗闇の中を笑顔でゴミを拾っている川嶋さんの姿を見て、思わず手を合したくなるような心境になりました。真壁の町も間もなく伝建地区に指定されるかも知れないような立派な街並みを持っています。真壁といえばひな祭りといわれるほど全国に知れた町です。そのまちづくりの中心人物が掃除という誰にでも出来そうでできない奥の深い活動をしているのですから、文句のつけようがないのです。
私たちは地域づくりといえば特産品を作ったりイベントをやったりすることのように思いがちですが、来た人に対するお接待の基本は何といっても心のこもった挨拶や清潔なまちなのです。四国は遍路の国といわれますが、その遍路が育んだお接待の心は人を思いやる優しい心が基本だと教わりました。
私と同年代だと聞かされた川嶋さん、これからも体に気をつけられて余り無理をなさらず、身の丈サイズのボランティア活動を心がけて欲しいと祈っています。
その川嶋さんが今朝は掃除が終わってからわざわざ、つくばエクスプレスの駅まで送ってくれました。恐縮してしました。
「また一人 心揺さぶる 人がいる 格子戸向こう 笑顔で会釈」
「言わば言え 強き信念 あるならば ものともせずに 笑い飛ばして」
「大口を 叩くな掃除 出来ぬ奴 言われ毎日 十年超えて」
「今にして 思えばよくぞ やったなあ 思い返して 自分を褒める」