shin-1さんの日記

○私は「幸せを売るセールスマン」を目指しています

 セールスマンとは商人や外交販売員と訳されますが、世の中にはたくさんのセールスマンがいて、様々な物を売っています。それは物品であったり、時には保険の外交員のように顧客相手に用役さえも直接販売勧誘している人もいるのです。セールスマンといえばアニメテレビでドラマ化されて話題になった漫画家藤子不二雄Aの「笑うせぇるすまん」というブラックユーモア作品を思い出します。セールスマンの喪黒福造(もぐろふくぞう)が、現代人のちょっとした願望を叶えてやろうとします。しかし約束を破った場合にはその代償も負わせるのです。喪黒がオチで発するセリフ「上手い話にはご用心」という警鐘的で寓話的な言葉は、騙し騙されやすい現代社会を見事に風刺しているのです。

 昨日広島のSさんからメールが届きました。研修会で知り合っただけの新品ほやほやの、名刺とメールを交換しただけの友人です。Sさんから届いたメールに「私は幸せを売るセールスマンを目指しています」と書き込みをしたところ、「誰もが認める幸せを売るセールスマンだと思います」というタイトルで、「若松さんの話を聞いて夢や希望を持てたり、思い出せたりする人は沢山いることでしょう」「・・・・ユーモアをふんだんに織り込んだ話のアレンジがまた素晴らしいです」「話を聞いて笑って幸せになる、話の中身に触発されて、一歩踏み出すことで幸せになる、若松さんのお話にはそんな力があると思います」「若松さんはまさに幸せのセールスマンだと思います」と持ち上げられました。

 世界同時不況の影響でしょうか、特に私が依頼をされて講演に行く場所は地方が多いためか、諦めにも似た沈んだ空気が漂っている地域が多いのです。そんな場所でいくら難しい話をしても人々の心には中々響かないものなのです。そんな時は暗い雰囲気を一掃するため勉めて明るい話題を提供し、笑いを誘います。時には「夕日亭大根心」の芸名で落語ならぬ落伍も披露して、入れ歯が落ちるほど大笑いをします。聞く人にとってはその時だけでも幸せなのです。


 自称「幸せを売るセールスマン」としては、幸せを①人にしてもらう幸せ、②自分で出来る幸せ、③人にしてあげる幸せの3つに分類し、人にしてあげる幸せを究極の幸せとPRしています。人間誰でも幸せになりたいものですが、お金や財産や地位名誉があるから幸せだと思う人もいれば、健康で毎日笑って過ごせることができるだけでも幸せという人がいるように、人それぞれ幸せの基準は違うのです。物差しでも測れない幸せを大きくするには自分を見つめ日々の暮らしを感謝の気持ちで他の人とともに生きることなのです。

 そのためには幸せのセールスマンである私自身が幸せを実現していなければなりません。残念ながら地位や名誉、それにお金はありませんが、それでも人にしてあげる幸せを目指して日々精進しているのです。

 私はこれまで双海町という町の動く広告塔として町をセールスして全国を歩いていましたが、少し方向を転換して幸せのセールスマンになろうと思っています。私は「幸せを売るセールスマン」になれるでしょうか?


  「幸せの セールスマンを 目指してる 努力のお陰 今は幸せ」

  「幸せの 基本感謝の 心がけ 心ひとつで 幸せ思う」

  「ああ今日も 朝を迎えて 幸せだ 飯も食えるし 元気で生きる」

  「幸せな ようにも見える のに何故か 私不幸と 不満タラタラ」  



  

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○「知行合一」という陽明学の言葉に学ぶ

 志願して人間牧場で開かれている年輪塾の塾生第1号となった浜田さんは、私の友人の中でも一、二を争う読書家で、特に民族学者宮本常一に関する本はくまなく隅々まで読んでいます。しかも宮本常一の思想を広めたいと誰彼となく文庫本を配るのです。私もその恩恵にあずかっている一人ですが、いくら心酔した人だからといっても一冊二冊ならいざ知らず、有料の本を購入して無償で配る人は余り聞いたことがなく、年輪塾の塾長なので塾生に指導する立場から、「それだけは止めた方がいい」と忠告しましたが、私の元へは相変わらず時々届くのです。私はその都度乱読ながら目を通し、人間牧場の水平線の家にある長い書棚に蔵書として置き、来牧者に読んでもらおうとするのですが、人間牧場へ訪れる人全てがこれらの本に興味があるわけではなく、埃をかぶったままの本もあるようです。確かに世の中はインターネットの普及やもろもろの社会の変化によって、活字離れが目立ってきました。たまに本を読んでいる人を見かけるとコミック本だったりしますが、浜田さんから教えてもらったことは、知識習得の三原則の一つ「本を読む」ことの大切さでした。浜田さんに本格的に知り合って私の読書量はダントツに増えたのですから、浜田さんは塾生と言いながら私にとっては大恩人なのです。

 今でも時々暇さえあれば県立図書館に通う浜田さんは、コピー魔でもあります。様々な資料をコピーして、わが家の玄関に投げ込んでくれるのです。一昨日も私が留守でしたが、先日わが家に来訪した折私が興味を示した西南四国歴史文化研究会が発行している「西南四国歴史文化論よど第10号の抜粋コピーを投げ込んでくれました。その中には農民一揆・野村騒動を藩と農民の間に立って解決に導いた、適塾の緒方洪庵に縁の深い緒方惟貞が思想的には「知行合一」を唱えた陽明学の考えの持ち主であったと記されていました。

 私もこの言葉は聞いたことがありますが、「知行合一」(ちこうごういつ)とは「知りて行わざるは、只是未だ知らざるなり」、つまり知って行わないということは、まだ知らないということだと説いています。心の本体を「良知」ととらえ、「良知」とは陽明学で重んじられている概念で、天から万人の心に賦与された道徳的な判断=実践能力のことなのです。この教えは中国明の王陽明が唱えた儒学の思想なのです。

 
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 浜田さんは船会社に勤めていたり、昔双海町下灘日喰に住んでいたりして海人を自認する私と出会う必然性は持っていましたが、とにかく不思議な人なのです。私は実践家を自認していて、「知行合一」は私のためにある言葉だと思うほどですが、その奥は深く未だ道を究めることはできていません。でもこうして浜田んを通じて「知行合一」という陽明学の思想にふれながら、今日もできることから実践しようと肝に銘じているのです。

 私は年輪塾の塾長と言いながら、適塾を開いた緒方洪庵のように博学でもないので人に教えることは殆どありませんが、せめて学んだことを話す「理論」ではなく、実践から生まれた言葉の「論理」を説くような人間になろうと、浜田さんのコピーを読みながら心を新たにした次第です。

 浜田さんといういい人との巡り合いで、ただ漫然と生きる私の姿勢は少しだけ是正されて本流に引き戻されました。これからも自分の生き方を是正修正しながら生きてゆきたいと思っています。


  「投げ込んだ 友のコピーに 学ぶこと 知行合一 ただただ感謝」

  「気がつけば ただ漫然と 生きる日々 知行合一 軌道修正」

  「読み方が 足らぬと本を 贈る友 格段増えた 読書の機会」

  「人間は 楽して生きたい ようである 楽は必ず 苦ありと思え」

  

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○世界に一つだけの花を愛でる

 私の家の周りは自然がいっぱいあります。でもその自然をやれ雑草が生えるだとかいって不平をいっても始まらず、むしろこの自然を生かす方法を考えなければ折角の自然が台無しで、都会のコンクリートジャングルに囲まれて暮らしているのと同じなのです。そのためには少し者の見方の視点を変えなければなりません。たとえば足元の雑草の中にも虫の目になってみれば結構綺麗な花が咲いているのです。以下に紹介する花々は書斎から戸外に出てたった5分間で見つけることが出来た花々なのです。残念ながら自動ピントのため小さき花よりバックの緑にピントが合い過ぎてピンボケしてしまいましたが、今度はいい日和にしっかりと撮影しようと思っています。

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(ジュウヤク)

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(カタバミ)
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(ホタルブクロ)
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(カボチャ)
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(ナス)
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(キウリ)
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(プチトマト)
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(トウモロコシ)

 見つけて撮影した花の中には名前を知らない花もありましたが、ジュウヤクことドクダミは薬草で、乾燥させるとドクダミ茶や汗疹を抑える入浴剤になります。またホタルブクロはその名前が示すとおり釣鐘状の袋になっていて、子どもの頃はこの花を摘んで手の指を丸めて中に入れ、上から思い切り叩くと空気圧で花が破れて少し大きめの音がすることから、遊び道具として親しんでいました。また本当にホタルを捕まえてこの花に閉じ込めたこともありました。

 花は野の花ばかりではありません。家庭菜園に出ると今は夏野菜の最も活発な時で、カボチャやキウリ、ナス、トマトなどに加えトウモロコシも葉っぱに抱きかかえられるように白い産毛を出しているのです。


 花屋の店先ではありませんが、家の庭先に咲く花はまさに「世界に一つだけの花」なのです

  花屋の店先に並んだ

  いろんな花をしていた

  人それぞれ好みはあるけれど

  どれもみんなきれいだね

  この中で誰が一番なんて

  争うこともしないで

  バケツの中誇らしげに

  しゃんと胸をはっている

  それなのに僕ら人間は

  どうしてこうも比べたがる?

  一人一人違うのにその中で

  一番になりたがる?

  そうさ僕らは世界に一つだけの花

  一人一人違う種を持つ

  その花を咲かせることだけに

  一生懸命になればいい


  「外に出て 僅か五分で 十の花 足元見れば 野の花花見」

  「どの花も さりげなく咲く ゆえ綺麗 故に花々 オンリーワンだ」

  「花愛でる 余裕を持って 暮らしたい 優しい心 持たねば見えぬ」

  「この花が 何日か後に 食卓に のぼる野菜と 思えば愛し」


 

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○おすそ分けと夏の夜の花火

 昨晩は娘と孫がやってきて賑やかな夕食となりました。田舎は差し上げたり貰ったりの付き合い風習が今でもあり、昨日は枝豆、トウモロコシ、それにチリメンジャコの釜揚げが届きました。酒豪を自認していた昔なら早速仲間を集めて「冷たいビールでも」と思うのでしょうが、残念ながらそれもできず、ただムシャムシャ食べるだけなのです。2歳の孫はまだ枝豆を上手くはずして食べることができず、豆が飛び出してとんでもない方向へ飛んでゆくのが面白いらしく、ちょっと目を離したすきにいつの間のか枝豆を使って小学校一年生の兄と豆鉄砲のようにして、相手を攻撃しキャーキャー言いながら遊んでいました。「食べ物を粗末にするな」と一喝しましたが、子どもにとっては枝豆の味よりも枝豆で遊ぶ方が楽しいのです。

 そこで考えたのが枝豆競争です。豆鉄砲遊びより地味ですが、お皿を孫二人と私に用意し、「用~意ドン」で20粒の枝豆をどれだけ早く剥けるか競争するのです。ダントツ一位は私でしたが、一年生の孫は悔しいのかもう一回とねだってきました。2回目は私がわざと負けてやると、ガッツポーズで「よっしゃあ」「滅茶嬉しい」などを連発して喜んでいました。

 今度はトウモロコシの粒を外す作業です。本来ならスイートコーンは身が柔らかいのでかぶりついて食べるのですが、昨日いただいたトウモロコシは身の入りもしっかりしていて、茹でだちのぬくもりが残るスイートコーンを一つ一つ外して行きました。私の作業が気になる孫に合わせたスローな動作をするものですから、孫は俄然頑張りました。2歳の孫は枝豆競争もトウモロコシ外し競争も殆どできず、私の外した物を食べることに専念していました。釜揚げのチリメンジャコも夏の食卓にぴったりの食べ物で、さっぱりした味で食欲をそそりました。今はチリメンジャコ漁が最盛期を迎え、昨日届いた広報伊予市の表紙もチリメンジャコ漁の写真が一面トップを飾っていました。このチリメンジャコは陸揚げされて釜揚げされ、冷風乾燥機にかけられて水晶のような透き通った乾燥チリメンジャコに加工され出荷されるのです。チリメンジャコはカタクチイワシの稚魚なのですが、この町ではイワシを加工して煮干しにする伝統の巾着網漁が100年以上にわたって行われてきましたが、稚魚を取るとカタクチイワシが枯渇するといって長年かたくなに拒んでいましたが、周辺の伊予や松前がチリメン漁をするため、やむなく同調したいきさつがあるのです。

 昨晩は枝豆とトウモロコシを貰ったお礼にチリメンジャコにおすそ分けで5キロほど離れた友人宅へ持って行きました。友人宅では庭でバーベキューパーティーの真っ最中で、親子が仲良くお酒を飲んでいました。この親子無類の酒好きで、毎日お酒を飲むのだそうです。親子で盃を傾ける微笑ましい姿はわが家にはないだけに羨ましく思いました。帰りには菜園で出来たというトマトを沢山いただき、またまた借りを作ってしまいました。

 帰ってみると季節が過ぎて去年使わなかった花火をしました。妻と娘と孫たちがワイワイ言いながらやっていました。私もその輪に加わりながら、花火の煙と青白い光に照らされた孫の顔を見ました。すっかり元気に成長している孫たちの目を細めながら今年も夏を元気に迎えているのです。花火が終わると孫二人と三人男同士で風呂に入り、水鉄砲で遊びました。豆鉄砲も水鉄砲も孫たちの楽しい遊びとなりました。


  「枝豆で 豆鉄砲の 遊びする 孫のすること 叱るが楽し」

  「貰ったり 差し上げたりの 縁深く 田舎はいいな こんな付き合い」

  「二歳孫 男同志と 胸を張る 一緒に風呂に 浸かって遊ぶ」

  「差し上げた お礼にトマト また貰う 今日は冷やして 味塩かけて」

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○久しぶりの人間牧場の話題

今年は梅雨に入っても雨の日が少なかったため、例年より草の伸びが悪くて草刈り作業としては随分助かりました。でも先日のまとまった雨で草は一辺に勢いを増してきたため、今日は人間牧場の草刈り作業をしました。妻の入れてくれた冷たいお茶の水筒を持ち、破れた麦わら帽子の出で立ちで人間牧場へ向かいました。梅雨の晴れ間の好天に恵まれ、鏡のように凪いだ瀬戸内海の向こうには島影がよく見え、空には夏の風物である入道雲が湧き上がりいよいよ夏本番といったところでした。

 そろそろお暇をだしてやりたいロートルな草刈り機のエンジンも絶好調で、また先日の雨で草が湿っていて切れ味も抜群、仕事がはかどりました。人間牧場は急傾斜地に建っているため私の足元は不安定で、時々足を滑らせましたが、水平線の家周辺、ロケ風呂周辺、ツリーハウス周辺、農道周辺、畑周辺と進んで行きました。

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 途中長男から電話が入り弁当を持って家族でやってきました。5月中旬に生まれた孫奏心君を人間牧場へ初めて連れてきましたが、目も少し見えるようになったのでしょうか毛布の上に寝かされると、涼しい風が吹き抜ける水平線の家の板間で気持ち良さそうにしていました。

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 息子と釜戸小屋の建築についてメジャーで計りながら打ち合わせをしました。設計もそろそろ出来上がり今月末には工事に取り掛かれるようです。

 息子たちが帰った後も私は草刈りを続行しました。夏本番となって気温が高いのか草刈り作業は汗が吹き出しました。熱中症にならにためにこまめに水分を補給しながら作業をしました。驚いたことに草の中から白くて大きいキノコが出てきました。珍しいキノコなので急いで車までデジカメを取りに行き写真に収めました。何度か見たことはありますが、多分毒キノコでしょう。名前も分からず結局はそのまま放置してしまいました。

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 畑の中をよく見ると、何やら足元が掘り返されているのです。とっさにイノシシの被害だと思いました。驚いたことに隣の畑はまるで耕運機で耕したように見事なまでに堀りくり返されているのです。

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(掘りかえされた隣の畑)

 わが家のスモモ畑のスモモの木も被害にあって枝が2~3ヶ所折られて、根元には今年初なりのスモモの実が半かじりで無数落ちていました。熟すのを楽しみにしていたのに被害にあってしまいました。

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(無残に折られたスモモの木の枝

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(今年初なりの立派なスモモ)

 もう少し完熟するため樹上に置きたかったのですが、再びイノシシの被害に遭わないように熟れた李を10個ほど収穫して帰りました。いかにも美味しそうに見えますが、まだ完全に熟しておらず、家でじっくり追熟するのを待ちたいと思っています。

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 「イノシシも 生きて行くため 人間と 知恵を比べて イノシシ分あり」

 「汗をかき ただひたすらに 草を刈る 今年も草と 私の戦い」

 「初なりの スモモ無残に 枝折られ 食い散らかして 神出鬼没」

 「このキノコ 綺麗な故に 毒キノコ マッタケだったら 何としようか」


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○まちづくり・ひとづくりセミナー後の嬉しい反応

 昨日は毎年恒例のようにになっている広島県自治総合研修センターの主催による「まちづくり・人づくりセミナー」に招かれ講義に出かけました。広島県内の市町自治体や県の職員が30人ばかり参加しての密度の濃いい研修会です。私に与えられた講義の時間は午後1時から午後4時半までの3時間半ですが、ゆったり時間があるので途中2回ばかり休憩を取ってお話ししました。

 参加した人の中にはNPOで活動している人も何人かいて、休憩時間には名刺交換が行われお話をするので、私の休憩時間は全くないのですが、それでも何かを求めようとする人たちが沢山いて、家に帰ってみると既にメールがたくさん寄せられていて、素早い反応についつい嬉しくなる、ブログを書いたりメールの返信を書いたりしていると午前様になってしまいました。

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 私が昨日の話で重要視したのは「やる気の創造とスキルアップの手法」「ふるさとの物語作り」などでしたが、「潜在能力の顕在能力化」については特に力を入れて話をしました。人間をゴミに例えるのは大変失礼な話ですが、このような研修会に参加した行政の職員の中にはまるで不燃物のような不燃人が必ずいるのです。でも不燃人であってもこうした研修会で目覚めて可燃物のように可燃人になってくれれば研修の効果があるのですから手を抜くことはできないのです。本当は参加していたNPOの人たちのように自らが自燃物のように自燃人となって活動してほしいと思うのです。

 昨日の参加者は自燃人の確立が非常に高いと思いました。意見交換も的確な反応が返ってきて、メールもたくさん届きました。またこれから先の交流を予感させるような積極的な意見も多くあったのです。


 その中にSさんからのメールがあるので紹介します。

 「『地域の人がふるさとを語ることが出来なかったのを嘆き、自慢できるようなふるさとにしたい』というお話しに強く心を動かされました。この話を聞いて私の頭に思い浮かんだのは私のふるさとではありません。今勤めている役所です。今公務員は自分が公務員であるということすら言えにくい状況です。このような状況でいいまちづくりが出来るとは思いません。胸を張って『私は公務員です。○○を担当していて、住民の皆さんの○○のために仕事をさせて頂いています』と言えるような役所にしたい、心からそう思いました。-中略-

 若松さんの今日の一番のキーワードはふるさとを思う気持ち、二番目は実行・実践だと思いました。次お会いする時には今日からその日までに実行したことをお話し出来るようにしなければ、という思いで今日から頑張ります。ありがとうございました」

 嬉しい反応に昨夜はほのぼのとして中々寝つかれませんでした。


  「いい話 聞いたとメール 書いてある 今から行動 やると決意も」

  「講演が 引き金になる こともある 頑張りましょう 俺も頑張る」

  「ああ今日も いい仕事したと 満足し 寝付けぬ夜を 妻の横寝る」

  「寝る人も 無くてセミナー 無事終わる 貰った名刺 繰りつつ顔を」


 

 

 

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○広島へ行く途中の船旅を楽しむ

 「今日はこれから広島でまちづくり・人づくりセミナーがあり、講演を頼まれていますので出かけます。帰りは夜になります」。こんなメッセージをブログに書いて朝早く家を出ました。広島へ行くのは松山観光港から船に乗ると高速船で1時間20分くらい、フェリーだと倍の2時間40分くらい所要時間がかかるのです。このルートを高速船で往復すれば13,800円かかります。フェリーに乗れば往復7,000円と半額なのです。私のようなリタイアして年金暮らしの貧乏人間にとってはかなり高いと思うので、少し早く家を出て少し遅くなって家へ帰ることをいとわなければ、フェリーのノンビリ旅も悪くはなく楽しいものです。

 昨日の「まちづくり・人づくりセミナー」は午後からだったので思い切ってフェリーにしてみました。こんなスピードの速い時代にあえてフェリーに乗る人は少ないだろうと思いきや、私のようなへそ曲がりの人の沢山いて、縁もゆかりもないのに、「どちらまで行かれます?」とか、「面白いカバンをお持ちですね」と木のカバンを目敏く見つけて話しかける人もいて、和気あいあいの旅となりました。またフェリーニは和室というべきか横になって休める部屋もあって、ついウトウトしながら休めたり、本を読んだりして過ごしました。

 松山観光港を出て1時間半くらいで音戸の瀬戸という狭い場所を通ります。平清盛ゆかりの瀬戸は船が一隻通るだけの細い運がですが、行きかう船に注意しながら減速してゆっくり長閑に走るのです。やがてフェリーは途中の寄港地であるかつての軍港呉に到着します。ここは大型船から海上自衛隊の艦船まで、まるで船のオンパレード、見本市のように様々な船が楽しめるのです。特にIHIの造船所があるので10万トン級のタンカーが手の届くと子に見えるのは圧巻で、日本人の技術力の高さを垣間見ることができるのです。また沖合いには見たこともないような戦艦が停泊していて、軍国復活なんて想像をしてしまうのです。

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(珍しい潜水艦の航行風景)
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(呉IHIの建造船)

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(呉港に停泊している海上自衛隊の艦船)
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(大和ミュージアムの屋外に展示された潜水艦)

 ウトウトしていると、ある子どもが「お父さんあれは何?」と指さしていました。てっきり大和ミュージアムの屋外に展示している鯨のような潜水艦だと思いきや、海上を潜水艦が走っているのです。私たち一般の人間には馴染みの薄い潜水艦ですが、こうして目の前を悠然と走る姿を目にすることは珍しく、急いでデッキに出てデジカメに収めました。さっきの親子連れも私と同じようにデッキに出て、物珍しく眺めていました。

 私たちの乗ったフェリーが呉港に寄港している間に潜水艦は島影に隠れてしまいましたが、ほんの少しの間にいい光景を見て何か得したような気持になりました。


  「潜水艦 走る姿を 目の当たり 見知らぬ親子 デッキで感動」

  「呉港は 色々船の 見本市 見まがうほどに 楽し光景」

  「どちらまで はい広島へ 講演に 縁なき人と 言葉交わして」

  「のんびりと 昼寝しながら 瀬戸内の 夏の海行く 楽しからずや」

 

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○フィールド枠の授業で松山市堀江地区を訪ねました

 昨日は愛媛大学法文学部総合政策学科の私の教室の学生19人を連れ、フィールドワークの授業で松山市堀江地区へ出かけて行きました。概ね5人のグループを4つ作ってそれぞれのグループに4地区を担当させて学習しているため、学生たちも何かと積極的で、事前に担当の班長が公民館に電話連絡したり、様々な質問を用意していました。

 これまでフィールドワークで視察研修をする場所は、どちらかというと旧市町村を東・中・南予に分けて、私の知っている人脈を元に選んでいました。学生にもっと県内の各地の実態を見せてやりたいのですが、いかんせん学生たちは交通手段を持たないため、公共交通機関の便利な場所になってしまうのです。また朝8時から午後4時までという一回8時間の時間的制約もあるので、そんなに遠くまで行くことができないのです。この7年間で視察地に選んだ場所から松山市を除外していたのは、「松山市はいつでも行ける」「松山はでっか過ぎる」という私の思い込みでしたが、今回初めてまちづくりという視点で松山市堀江地区を選ばせてもらいました。

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(綺麗に整備された堀江海水浴場)

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(6月末で航路廃止されたフェリー)
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(堀江の繁栄の出発点となった一文字突堤)

 本来なら私は出発地のJR松山駅から同行し、解散する松山駅まで送り届けるのですが、今回は2~3調べていことがあって、堀江まで車で行って、現地堀江の駅で待つことにしたのです。少し早く自家用車で出発した私は、まず堀江の海水浴場へ向かいました。松山市と合併した中島町やごご島を除けば、梅津寺海水浴場が今年限りで閉鎖されることもあって、北条とここ堀江の海水浴場が近場では一番整備された場所となっているのです。堀江の海水浴場も市内から近い場所にあるため、過去には夏場になると若者を中心の夜間徘徊が苦情の

ネタになっていましたし、ジェットスキーとのトラブルもあったようようですが、今は護岸や養浜工事も終わって立派に整備されていました。

 もう一つ見たかったのは6月末で航路廃止となった堀江~阿賀フェリー発着場でした。何処まで行っても千円の高速道路料金割引の影響をもろに受けて利用者が激減し赤字経営で先行きの見通しがなく廃止となったのです。この航路は青函連絡船、宇高連絡船、宮島連絡船とともに堀江・仁方航路として旧国鉄が運航していました。しかし車社会の発展によって昭和40年代に廃止となり、その後民間がフェリーを運航していたのです。既に人影の消えた桟橋にフェリーの船が寂しくつながれている様は哀れで、時代の流れを感じました。

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(貨物列車車両利用の堀江駅駅舎)
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(堀江駅前の港まで通じる駅前通り)
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(辻に残る古い遍路路を示す道標)

 9時39分の列車が堀江の駅に到着し、19人全員が下りてきました。貨物列車の列車を利用した小さい漫画チックな駅舎は中々絵になる光景でした。堀江の町中を線路に沿ってゆっくり歩き10分ほどで公民館に到着し、石丸館長さんや河野さん、副館長さんに説明をしていただきました。私が何年か前に聞いていた堀江のまちづくりもハード面は中々進まずむしろ後退しているようでしたが、松山市全体のモデルとなっているソフト面はしっかりと運営されていて大変勉強になりました。

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(説明するまちづくり協議会のみなさん)
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(受講する学生たち)

 昼食はフェリー乗り場近くの食道から鍋焼きうどんと稲荷寿司を運んでもらい、いささかの支援にはならなくても学生たちがお金を落としてくれました。昼食後は松山市内で一番太い新池親水公園の見学に出かけました。かつて私が若い頃はこの池のほとりに県立中央青年の家があって、何度も研修にやってきた思い出の地なのでその当時のことが蘇りました。今は周囲1キロの遊歩道や水辺が再現された親水公園として整備され、地元のシンボルになっていました。近くには三浦工業の本社や工場、それに三浦美術館もあっていい雰囲気でした。

 取水口に繁殖したフナの稚魚が折り重なるように群がっている光景は異様で、学生の関心や質問も集中していたようです。館長さんたちのお陰でいい研修ができました。

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(堀江新池親水公園)
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(取水口に群がるフナの稚魚)


  「取水口 群がるフナの 稚魚を見て 学生何を 感じただろう」

  「この池の ほとりにあった 施設にて 何度研修 しただろうか」

  「閉鎖した フェリー乗り場は 人もなく 寂しく船は 係留されて」

  「久方に 堀江の町を 訪ねたが 光と影が 何処か交錯」

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○つもり違いの十訓

 仕事がら公民館のような公共施設によく行きますが、その施設の研修室やロビー、トイレなどには様々な張り紙がしてあって、気をつけてその気になって見れば役に立つものが多いようです。今日は松山市堀江公民館へ学生たちを連れてフィールドワークの研修に出かけました。いい活動をしている公民館だけあってそこここに気配りが感じられ、気持ちよく研修をすることができました。

 何気なく見た張り紙に「つもりちがい十訓というのがありメモをして帰りました。

 高いつもりで低いのが教養

 低いつもりで高いのが気位

 

 深いつもりで浅いのが知識

 浅いつもりで深いのが欲望

 厚いつもりで薄いのが人情

 薄いつもりで厚いのが面皮 

 

 強いつもりで弱いのが根性

 弱いつもりで強いのが自我

 多いつもりで少ないのが分別

 少ないつもりで多いのが無駄

 なるほどなるほどといちいち納得して読ませてもらいましたが、書いてある通り人間は随分つもり違いをしているなあと、しみじみ思いました。

 教養もないのに気位だけは高く鼻もちならない人が沢山います。能ある鷹は爪を隠すといいますが、本当に教養のある人は自分の教養など見せぬものです。知識=学歴だと思っている人もいて、中学校や高校しか出ていない人をさげすんだりしますが、その人たちに限って食欲、金銭欲、名誉欲、独占欲、性欲などの欲望が強くて、知識人と思われていた人がとんでもない過ちを起こし、新聞やテレビで話題になったりします。

 人情紙風船といわれるような淡白な社会になってきました。私たちが若い頃は人の悲しみを見て化のしみと思い、人の喜びを喜びとした人情厚い人がいっぱいいました。しかし人にへつらわなくても生きれる世の中になったのか人情はまるで紙風船のように軽くなって、全ての価値判断が金銭となり、面の皮ばかりが突っ張っているようです。


 根性や分別といったこの世の中を生きて行く上で大切な物がないがしろにされ、自我や無駄がはびこっています。結局は教養、知識、人情、今城、分別といった人間が他人とともに生きる大切なものを子ども時代に教えるすべを失った結果ではないかと、家庭教育の欠落部分を思うのです。

  このままだと日本は駄目になると危機感を募らせている人は多いのでしょうが、それを見て見ぬふりをしてやり過ごす傍観者もまだ多いのです。日本を愛し、日本を正しい方向に導き、日本のためにやるような人間にならなければならないのに、日本の導かなければならない人たちは人のスキャンダルを粗つつきして、マスコミもそれを面白おかしく吹聴しているのです。日本はどうなって行くのでしょうか。高いつもりが低く、低いつもりが高い、深いつもりが浅く、浅いつもりが深い、厚いつもりが薄く、薄いつもりが厚い、強いつもりが弱く、弱いつもりが強い、そして多いつもりが少なく、少ないつもりが多い、つもり違いに気づいてそれを正さねば、21世紀は益々混迷の度を深めることになるでしょう。


  「公民館 張り紙見ても 教えられ 何とかせねばと 思うが出来ぬ」

  「わがことを 振り返り見る 色々と 深いつもりが 浅いことあり」

  「毎日の ように粗ボロ スキャンダル これでこの国 良くはならない」

  「政治家が 諸悪根源 だと思う つもり違いの 十訓知っているのか」

 

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○私の活動の場は松山市が圧倒的に多いです

 最近になって気がついたのですが、私の活動の場所は自分の住んでいる双海町より、25キロも離れた松山市が圧倒的に多いのです。毎週講師として通う愛媛大学も、毎月一回出席するコープえひめの理事会も全て松山市だし、また講演依頼で招かれる各種の会合だって県庁所在地の松山市で開かれることが多く、私はその都度自家用車を走らせ松山~双海間を往復しますが、その積み重ねが車の走行距離21万キロとなっているのです。

 松山へ行く場合の私のルートは主に国道378号と国道56号を走ります。途中の松前町にエミフルという大ショッピングセンターが誕生してから1年余りが経ちましたが、以前よりは松前町と松山市の境目付近にかかる重信大橋付近の交通量が多くなり渋滞気味になってきました。それでも早ければ40分、遅くても1時間弱で県庁まで行けるのですから、過疎地に住んでいると言いながらすこぶる便利な暮らしをしているのです。

 しかし、この便利さも自家用車を運転できるからで、もし私が明日から自家用車に乗れなくなるともうお手上げで、唯一の公共交通機関であるJRを利用して松山へ行くなら病院へ行くのも所用をするのにも、朝早く出て夕方帰るといった一日がかりになって行動範囲や要件が狭められてしまうのです。

 双海町に住んでいる私にとって今は何不足はないのですが、公共の足が殆どないことは大きな不安で、もし車に乗れなかったら、また歳をとって車に乗れなくなったらと思うとかなりネガティブな考えに陥ってしまうのです。

 昨日から今日にかけてわが家のオープンカー軽四トラックが、車検のため使えなくなっています。私の車とトラックを使い分けて乗っている妻は、この二日間私が乗用車を使っているので、買い物にも行けず、僅か二日間だけなのに多少不満を漏らしているのです。

 私の親類に、私と年齢が同じくらいの叔父と叔母がいますが、仕事がら漁船の船舶免状は持っているものの車の免許証を持っていません。二人は何処へ幸にも公共交通機関しか利用できないため、行動範囲は私たち夫婦に比べ非常に狭いようです。勿論車を持たないため車の購入費用も車検費用も必要でなく、車で出歩かないので暮らしに費用がかからないのです。でも車万能な社会にあってどこか私たちと意見が合わないと思うことが時々あるのです。車を運転しない叔父や叔母にとって日々の暮らしの距離基準は、昭和30年代と同じ自転車で行ける距離なのです。そんな行動範囲を叔父と叔母と比較しながら、やがて私も車になれなくなる日がそんなに遠くはないと感じながら、今日も車の恩恵にあずかり、朝松山へ出かけて会合を済ませて夕方にはわが家に帰りました。松山が遠い叔父と叔母、松山が近い私と妻、人生はどちらが正しいか、それは人それぞれの価値観のようです。

  「今朝車検 二日車が ないだけで 不便と感じ どこかぎくしゃく」

  「活動の 場所は殆ど 松山か 何時の間にやら 古里離れ」

  「後少し 歳をとったら 自転車か 乗れなくなって 行動狭まる」

  「免許証 返した隣の 叔父さんが 何処か寂しく 歩く姿を」

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