shin-1さんの日記

○上灘川の源流を求める小さな旅②

8p> 源流を見つけた帰り道、大きな木に出会いました、何という木の名前かは葉っぱが高いため分りませんでしたが、とにかく予にも珍しく根が道沿いにまるで大蛇のように10メートルも伸びているのです。根元にはこれまた珍しいサルノコシカケにも似た真っ白いキノコが生えて、木の直ぐ横に石で造った祠があって、何とも不気味な感じがしました。その木に寄り添うように山藤のこれまた太いツルが天に向って伸びているのです。この山藤もお見受けした所天然記念物級のようでした。

 上灘川の源流を探す小さな旅の楽しみは、途中で源流水を使って作ったうどんや素麺を食べる昼食です。民家近くの水場にテントを張ってスタッフの一団がうどんと素麺の準備をしてくれていました。手酌で水をすくって飲みましたが、やはり天然水の味は格別で、子どもたちも美味しい美味しいと飲んでいました。私も妻に作ってもらった弁当広げ、うどんや素麺に舌鼓を打ちながら子どもたちと一緒に食べました。

 子どもの一人が側溝の穴に落ちて小さなハプニングがありましたが、タンコブが出た程度で大事に至らずほっとしました。子どもたちに草笛を吹いたり、カズラを取って帽子飾りのリースを作ったりする遊びをちょっとだけ教えてやりましたが、子どもたちも真似をして遊んでいました。

(カズラで作ったリースを頭に被って得意げな大谷さん)

 昼食を終えた一行は翠小学校までマイクロバスで下りました。子どもたちは長靴に履き替えて川遊びです。折からの猛暑の中なので、子どもたちは川に入って歓声を上げました。約500メートル下流まで川の清掃です。この川はホタルの里なので随分綺麗に整備されていますが、川にはナイロン系のゴミもあって、私も沢山ゴミを拾いました。私はあいにく長靴を持っていないため、石の上を飛びながら渡ってゴミを拾いましたが、最後は子どもたちに捕まって川の中へ引っ張り込まれ、水をかけらてしまいました。

 子どもたちが遊んでいる間、スタッフは近くのピザハウスでせっせとピザ焼きの準備です。小麦粉を練って捏ねたり天日で発酵させたり、男性はピザ釜に火を入れ、甘夏柑を半分に切って生ジュースを絞ったり、一生懸命です。私も初めて小麦粉を捏ねたり生ジュースを絞りました。

(生ジュース絞り)
(捏ねて発酵させた生地を伸ばす作業)

(ピザ釜に火を入れる作業)


 やがて川遊びでびしょ濡れになった子どもたちが帰って来ました。丁度焼き上がったピザを切り分けてもらい、一人2枚ずつ食べましたが、カレー味の手づくりピザは翠地区グリーンツーリズムの目玉だけに、絞りたてのオレンジジュースとともに格別な美味しさでした。

(焼きたてのピザを食べる子どもたち)

(ピザは子どもたちに大人気でした)


 クイズグランプリを楽しんだ後、予定通り支所前に到着し解散をしましたが、初めて経験した源流を探す子どもたちの小さな旅は、もう一度今度は下灘の豊田川の源流探しが予定されています。8月にはキャンプも予定されていて、子どもたちにとっても私にとっても楽しい夏になりそうです。

 このところの戸外での活動で、私の顔も腕も真赤に日焼けして、すっかり逞しくなってきました。昨日知人に会ったら私の日焼けした顔を見て驚い多様で、「若松さんお元気そうですね」と声をかけられました。

  「人知れず 山の中にも 記念物 自慢見せたい 叶わぬ夢か」

  「遊ぼうよ 水を掛けられ 川の中 童心帰り 全身ずぶ濡れ」

  「粉を練り 粉を捏ねつつ ピザつくり 今時子ども これを喜ぶ」

  「いつの間に ピザ釜造り ツーリズム 人気抜群 繁盛してる」


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shin-1さんの日記

○上灘川の源流を探る小さな旅①

 私たちの町には大小20もの川が目の前に広がる瀬戸内海に向って流れています。いつの頃からか定かではありませんが、人々はこの川沿いに暮らし、くぁの水の恩恵を受けながら生産と生活を営んできたのです。しかしその恵みの水が一体どんな道筋をたどって私たちの元に届くのかは知る由もなく、また知ろうともしないのです。もし明日からといわず今日からこの水が途絶えるとしたら、人々は大慌てに慌ててその原因を探るのでしょうが、そんな困窮をしても、水を貯める貯水施設や水道管、それに水を管理する人たちへの問い合わせくらいで、水の命を素人はしないはずです。

 私は常々自分たちが毎日使っている水が一体どんな場所で生まれ、どんな経路を経て来るのか知りたいし、そのことを子どもたちに教えてやりたいと思っていました。学校教育ではそれなりのカリキュラムがあってそんな余裕も口出しも出来ないため、幸い私が実行委員長を務める少年少女おもしろ教室のプログラムに「源流を探る」というメニューを加えたのです。

 このところの暑さで温度計はうなぎ上りの状態で、数日前に近隣の大洲では38度を越えてその日の日本一を記録するなど猛暑日が続いていますが、子どもたちは元気に出発しました。

(市役所支所ロビーでの開会式)
(何時もの事ながらスタッフも沢山集まりました)

 マイクロバスで下流域の灘町から上灘川に沿って上流域となる奥大栄を目指しました。車内では私と運転手を務める教育委員会の木曽さんがガイドを務め、子どもたちの関心を引くため、アドリブで川の長さや川に架かっている橋の数、目指す奥大栄の在宅戸数などをクイズとして出しながら山道を進みました。やがて麓に到着しバスを降り、いよいよ源流を目指して出発です。この集落も超々限界集落でかつては10戸以上ありましたが、今は在宅戸数は4戸であちこちに空き家や崩れし家が目立ちました。
(かつては棚田の美しい地区でしたが、今は田んぼも少なくなって、永年作物であるみかんも殆どなくなり、安定収入のキウイフルーツなどが栽培されているようです)
(大きな民家もこのように崩れしままとなって、余計寂しさを感じました)


 子どもたちにとっては、説明をしなければこの集落がどんな意味があるのか知る由もありません。源流域の人たちの地道な暮しが水源を守っているのだと説明してやりましたが、果してどう聞こえたのでしょう。

 私たちは森林の中を歩き、奥大栄の名所のひとつである花の石を目指しました。夏草に埋もれて行く道も分らないようになっていたそうですが、地元の人の協力で事前に道を刈り分けてもらっていて、随分助かりました。

 花の石を後にした一行は沢まで下り森の中を源流を求めて沢沿いの道を上流へ歩きました。最初はかなりの水量だった沢もやがて水が殆どなくなり、源流を突き止めたのです。

(二本の丸木橋を渡って進む子どもたち)
(ここが源流と分り歓声を上げる子どもたち)


 空から降った雨の一滴はここから長い旅に出ます。気の遠くなるような時を越え、途中で取水されながら海まで注ぐのですが森は海の恋人とはよくいったものです。この日は都合で木を植えることが出来ませんでしたが、山の恵みに感謝するため是非次の機会にここへ木を植えたいとみんなで考えました。

  「源流を 求め旅する 子どもたち 水の尊さ 知ってくれたか」

  「降りし雨 長い旅路の その果てに 海まで注ぐ 感心しきり」

  「人住まず 崩れしままの 家寂し ここで生まれた 人はいずこぞ」

  「日々飲みし 水はここから 流れ来る それを忘れず 生きて行きたい」

 

 

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