○今日は21日だねえ
今朝起きると妻が「今日は21日だねえ」と唐突に言うのです。「えっ21日って何の日?」と思い、尋ねるのは当然かも知れません。「21日って何かあったかい」と再び尋ねると、「まあそれも忘れているの」と呆れた返事が返ってきました。実は毎月21日は家の入り口に祀られているお地蔵様の縁日なのです。そういえばそうかと思い出しながら外に出ると、90歳の親父はもう既にその事を承知で、お地蔵さんに上がる石段にせっせと幟を立てているのです。昔かたぎの人は信心深いなあと思いながら家に入ると、妻もまた出勤前の忙しい時間なのにお赤飯を炊いているのです。
この作業はわが家がこの土地に引っ越してきてから30年、毎月欠かさずやっているお地蔵様のお接待なのです。最初の頃は母がやっていましたが、いつの頃からでしょうか、少なくとも妻がやり始めてからもう20年間は経っているような気がするのです。21日が来ると妻は前日に小豆を水に浸して下準備をします。もち米を少し交ぜたお米を洗ってガス炊飯器に入れ、小豆と一緒に炊き込むようにして21日の朝、炊飯器のスイッチを入れると美味しいお赤飯が出来上がるのです。焚きあがったお赤飯は寿司はんぼに入れてよく混ぜながら冷まします。冷めた頃を見計って透き通ったトレーに入れて近所に配るのです。配る先は親類縁者や妻が民生委員として受け持っている独居老人にも持って行きます。その担当は主に私が請合うのですが、独居老人などはこれが結構役に立って、毎月声かけになるのです。
昨日は寒かったので、さすがに単車はきついと思い、妻の愛用車であるトラックに積んで各家々を回りました。独居老人たちはやはり冬の寒さは堪えるのでしょうか、チャイムを鳴らしても人の気配がするのに中々出てきません。やっと出てきた人も迷惑そうな顔をするのですが、私の顔を見た途端そんな顔が笑顔に変わり、「ありがとう」と言葉を返してくれるのです。
妻は今月で長年務めた民生委員を退任する事になりました。何せ5期15年も請われるままにやったのですからボランティアも大したものです。15年間毎月お赤飯を持って声かけに出かけた私の仕事もいよいよ今月で終りです。お接待も声かけも続けたいのは山々ですが、後任の人も決まっており、その人の仕事を侵すことも出来ないので、近々に妻は担当地区を回って退任のあいさつをするようです。それにしてもこれもお地蔵様のお陰でしょうか、お赤飯配りが独居老人の音信連絡の決め手になるとは思いませんでした。
それにしても時代の流れでしょうか、最近わが集落でも独居老人の家が随分増えてきました。その殆どは女性の独居老人なのです。男性より女性の寿命が長いのですから当然かも知れませんが、物騒な世の中を反映してか独居女性は家の全てにカギをかけ、応答もままなりません。地震などの災害時や体調が悪くなっても、近所の人が中へ入ることも出来ないようなガードをしており、昨年近所に住む人が家の中で亡くなっていても数日分らなかった事例を考えれば、何か妙案はないものか考えてしまいます。わが身に積もる老いも忘れて・・・・。
「三十年 よくぞ続いた お接待 赤飯配り 音信便り」
「神仏に 赤飯供え 手を合わせ 今日も元気と 感謝の祈り」
「程ほどの 貧乏暮し いいのかも 人の温もり 感じられます」
「お礼にと 小豆が届く 嬉しさよ 早速瓶に 流しこむ技」