shin-1さんの日記

○「水平線の家」設計者の結婚

 「水平線の家」を設計した建築家が明日結婚します。といってもわが息子の結婚なので別にブログに書き込むほどのニュースではないのですが、お目出度いことなので少しだけ述べておきます。

 子どもと親の関係は今も昔も変わってはならないものなのですが、つい最近はその親子関係が少しずつ崩れつつあります。親は子どものことを思って言ったつもりでも、子どもからすればうるさい説教にしか写りません。特に父親と息子の関係はお互いが男性であるがゆえに、理性のぶつかりあいがしばしばです。自分の人生を振り返ってみても、同じように父親に反感反目して成長し、自分の息子が大きくなってやっと父親の気持ちが分かるような年代になりました。

 「人間牧場」の構想を思いついたとき、思い切って息子に話し、建築家を志していることもあって、息子に設計を依頼しました。結果的にはいらぬ衝突が随分増えましたが、同じ話題で話し合ったり汗をかくことが多くなり、親子関係が随分スムースになりました。嬉しいことですし、これからも話の出来る親子関係を保ってゆきたいと思っています。

 まちづくり人である私はこれまで、仕事と称して土日も夜も昼もなく働き家を空けてきました。またまちづくりを息子と真剣に向かい合って話すことも少なかったように思います。

 「人間牧場・水平線の家」建設は、私ども父子にとってラッキーチャンスであったとしみじみ思います。明日は息子の一世一代の晴れ舞台、いい結婚式でありますよう祈っています。

 そういえば気がついてみれば長男の息子はいつの間にか30歳になりました。当分の間親元を離れ二人だけの暮らしが始まるようですが、早いのか遅いのか分かりませんが、丁度よいと思えば丁度よい雛の巣立ちであります。

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shin-1さんの家

○水平線の家に望遠鏡

 長男が子どもの頃に小遣いを貯めて買った望遠鏡が、使われなくなって部屋の隅に置かれているので、思い切って水平線の家へ運ぶことにしました。水平線の家は眺望がよいので望遠鏡で見る必要はないのかも知れませんが、肉眼で見えない部分や星の観察、野鳥の観察だって出来るのではと思っています。

 子どもの頃、この場所で「海の向こうに何があるのだろう」と思い巡らせた空想の世界は、望遠鏡という文明の利器によって、夢から現実へと引き戻されてゆきますが、それもまた現実なのです。

 海側から見ていた山も山側から海を見るとまったく別の世界が広がります。また肉眼マクロから望遠鏡ミクロへ視点が変われば、新しい発見によって発想の転換が生まれます。かつて青年の船でアメリカへ行った時、世界地図の真ん中に日本ではなくアメリカがあったあの驚きが、後の私の発想を変えるのに大いに役立ちました。

 望遠鏡で海を見ると、行き交う地元の漁船や、島々の位置がよく分かります。かつて無人島に挑む少年のつどいなどで20年間も私たちの青春をたぎらせた無人島由利島も、静かなたたずまいを望遠鏡の中に見ることが出来ます。シリーズで「水平線の家望遠鏡物語」でもルポすると面白い世界が広がるのではと思ったりしました。

 今日の新しい発見をひとつ、「海の色は空の色によって変わる」ことを発見しました。抜けるような青い空の日は、真っ青な海が一面に広がりますが、雨の日や曇りの日にはくすんだ灰色の海になります。また夕日が茜色に輝けば海は真赤に染まります。このことを日々の暮らしで考えれば、灰色の心だと見るもの全てが灰色に見えてきます。心は人生を写す鏡かも知れませんね。

 海の色が部分によって変わる時があります。流れる雲が海に写るのですが、昔はこの色と魚影というか魚の群れが似ているため、随分魚見さん(山の上から魚群を発見し漁船に知らせる人)を悩ませたようです。私たち素人にはその区別などつきようもありませんが、目のよい魚見さんは微妙な海面の色で、鰯やサバなど魚種まで見分けたそうです。あっいけない、望遠鏡物語が始まってしまいました。この話の続きはまたあ・と・で・・・・。

 望遠鏡と一緒に双眼鏡も持ってきました。望遠鏡と双眼鏡は水平線の家の備品です。大切に。

 

 

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