○掲額届く
双海町には上灘に5つ、下灘に5つのお寺があります。わが家の菩提寺は長楽寺という下灘のお寺です。このお寺は落慶してまだ間がないというのに住職さんが亡くなり、息子さんも病に臥せっていて、仏事をこなすことができず、同じ宗派のご縁もあって本村の慶徳寺の住職さんが、兼務で仏事をこなしているのです。慶徳寺の山口住職さんは私が講演などでよく訪ねた大分県旧本匠村の出身であることや、奥さんが更生保護女性会の会長をしていて、子ども体験塾のボランティア活動を私と一緒にやっていることもあって、檀家ではないものの親しくお付き合いをしているのです。
今年の春そんな住職さんに、奥さんを通じて書を書いて欲しいと頼みました。住職さんは書がとても上手な書家なのです。頼んでから間もなく快諾の連絡があり、どんな文字が所望か聞かれたので、一も二もなく「恩」という一文字を書いてもらうよう頼みました。そのうち書体の見本が3枚送られて来ましたが、わが息子の名前が「一心」なので、「心」という字をできるだけ強調して崩さないよう頼みました。
やがて奥さんが大書した立派な紙を持って来てくれました。早速先月孫たちを連れささやかなお供えを持って慶徳寺へ出向き、この字を表装する業者さんにあつかましくも表装まで依頼してしまいました。
昨日の夕方住職さんから表装ができたと連絡があり、昨晩は史談会の講演会があってご一緒する幸運に恵まれ、わざわざ会場まで運んでもらいました。車の中で中身を確かめ、自宅へ帰ってから妻と二人で書斎へ運んで見せてもらいましたが、立派な出来栄えに大満足でした。
さてこの立派な掲額を何処に飾ろうか、思案していますが、本当は人間牧場へ飾りたいものの、勿体ないと妻は少々難色を示しているようです。まあそのうち落ち着く所に落ち着くのでしょうが、この掲額に書かれた「恩」という文字はこれからの私の人生の道しるべとして、かくあるよう生きたいと思っています。
「恩を返す」という言葉がありますが、はてさて私が恩を返す相手は誰なのか、今朝はそのことを考えてみました。私を産み育ててくれた父母への恩、私を支え続けてくれている妻や家族の恩、私に仕事をやらせてくれた元職場の方々の恩、駆け出しの頃から今日まで多くのことを学ばせてもらった公民館の恩など、恩を返さねばならない人の数は余りにも多く、余命短い人生でそれら全てに恩を返すことは到底不可能なのでしょうが、それでも恩返しをする気持ちを忘れずに一生懸命生きて生きたいと思っています。とりあえず私を育んでくれた双海町という故郷への恩返しをしようと、殊勝にも思った朝でした。
「大書した 恩という字が 届きたる まざまざ眺め 決意も新た」
「恩返し これが私の これからの 生き方示す 道しるべなる」
「さてこれを 何処に飾るか 思案中 妻と私の 意見違いて」
「因と心 二つのみ字が 重なりて 恩はなるほど 納得しつつ」