○変なお客さん
役場に在職中同僚から、「若松さん、あなたを訪ねてくる人は変わった人が多いですね」とよくいわれました。それもそのはず、頭にバンダナを巻いたり、顔中髭面のまるで熊みたいな人だったりするのですから、見た目には「変わった人」と写るのは当然かも知れません。じゃあ一昨年から頻繁に私の所へやって来る兼頭さんはどうでしょう。まるでおぼっちゃんのような色白の男前で、ましては本人は絶対口にしないのですが、友人である山梨県清里の舩木さんからの紹介だと、「東京大学経済学部」を卒業し、難関の松下政経塾をこの春卒塾している超エリートなのに、身だしなみもきっちりして、見た目にはすごく好感の持てる人ながら、目指す方向や考えは相当変わり者とお見受けできるのです。このように、普通の人が普通な目で見ると前者は変わり者、後者は普通の人なのですから、人は見た目だけではないと思うのです。
そんな中、考えも講堂も変わっていると思われる一人の公務員から電話がかかってきました。えひめ地域政策研究センター主任研究員を介した講演依頼です。その時はそんなに変わった人だとは伺っていませんでしたが、先日届いた講演依頼文章で変わった人だと思い、昨日同僚と人間牧場を訪ねてきた格好を見て「変わり者」の烙印を押さざるを得なくなりました。
(左は協働のまちづくり課主任主事の松浦宏幸さん、右が守屋基範さんです)
手紙に添えて送られて来たその人の名刺には「NPO法人かさおか島づくり海社 営業部長 守屋基範」と書かれていました。(私)うーん面白い。
手紙の文面冒頭に「私は市役所の職員で守屋基範と申します。役所に入ってもう25年近くになるでしょうか?。現在44歳です。主に地域振興の仕事をしています。考えるより動くことをモットーにしています」。(私)うーん普通じゃん。
さらに続いた手紙に「平成13年から笠岡諸島の島おこし海援隊という本当に名前負けしそうな部署を作って、3人希望制で島へ飛び込みました。3年間ぐらいは無我夢中の毎日でしたが、現在8年目となり異動という字が目の前にちらつく中で島おこしに没頭しています」。(私)ええっ、嘘、試薬のノ職員なのか。それにしてもそんな課を作って手を挙げて島おこしをやるなんて、相当変わっているなあ。
まあこんな具合で彼との出会いはある日突然始まりました。しかし、その後に続いた手紙の文面を見て彼が本物でありやる気のある人間であることを確信しました。
「平成14年に組織した島づくり海社を中心に島民と協働して事業をすすめ、平成18年9月にNPO法人を取得しています。現在、市から離島振興委託料ということでその島づくり海社を運営するための事務局長の給料分の委託料をもらって組織づくりを進めています。
私は自称この島づくり海社の営業部長ということで企画、事業の実施、営業等を行っています。私は市から給料を貰って島づくり活動を主体的に行っています。島づくり海社は今よくいう「新たな公」ということで私の立場を理由付けながら、毎日現場で過疎高齢化の波を浴びながら、頑張っています。」-後略ー
まあこんな訳で、人間牧場への顔見せと相なったのです。しかも私が講演に出かける今週の土曜日を3日後に控えた昨日です。私は忙しいと言ったのですが、「ちょっとでも時間を」ということでやって来ました。私はこの日梅雨の晴れ間を選んで人間牧場の梅採り作業中だったので、着替える暇もなく作業着、しかも夜来の雨で濡れネズミのような格好で出会いました。何のことはありません。相手は失礼ながらもっとひどい格好(まるで海水浴に行くような素足にサンダル履きでしたから)で安心しました。
でも今の時代こんな公務員がいるなんて、にとても嬉しいことです。見栄や格好、それに対面を気にして上ばかりを見て仕事もしない公務員が多いのにです。私はむしろ守屋さんのファンになりたいような気持ちになりました。私だってかつては課長以外まったく部下のいない日本で一番小さな課の課長だったのですから、ちょぼちょぼです。そうだ今週の土曜日は思い切って彼のために働こうと思いました。
「濡れネズミ サンダル素足の 客迎え お互い心 許して話す」
「俺だって 課長一人の 課を作り 孤軍奮闘 そんな時代が」
「本物に 出会ったような 直感が 背筋を走る 車見送る」
「兼頭に 次ぐよな変わり 者出会い 日本も広い 面白人あり」