人間牧場

〇7月の五行歌

 昨日松山五行歌会の見山あつこさんから7月の歌会の結果が送られてきました。私の今月の作品です。
  母が逝ってから
  十三年目の夏
  都会で暮らす弟に
  帰って来いと
  法事の日どり

 講評欄に次のような言葉が添えられていました。
 ☆「帰って来い」と言ってもらえる弟さんは幸せです。兄弟愛が溢れています。日本の夏、お盆の情景も浮かびます。節目の法事にみんなが集まる喜びも感じられ、日本の風習の大切さを再確認しました。
 母が逝って早いもので13年が経ちました。気丈に一人で暮らしてきた親父も最近「もうわしも長くはない」と気弱な言葉を漏らすようになりました。それもそのはずあと1ヶ月で親父は95歳になるのです。老々介護という言葉がありますが、息子の私もあと2ヶ月で69歳になります。親父の面倒を見るのは長男たる私の役目です。法事は兄弟姉妹でやろうと計画しています。都会で暮らしている弟にも案内をしました。

 出席歌の一席は葵空さんの次の歌でした。
  ときに同じ表情
  ときに悲しみをわけあう
  ずっと向き合って
  お互いをうつしあう
  海と空になりたい

 欠席歌の一席は不徳竹さんの次の歌でした。
  年金支給日
  お父さん
  長生きしてね
  と妻が言う
  わかっとる!!

  「歌会の 締め切り寸前 送る歌 人の作品 見つつ反省」

  「自分流 いいと納得 して作る だけどやっぱり もっと勉強」

  「今月も そろり締め切り 近づいて 慌てふためく どうやら癖に」

  「作品を 二つ送れと 督促の メール届いて 慌てふためく」 

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〇わくわく生活体験「夕焼け村」事前説明会

 市町合併して10年近くが経つと、合併前の双海町時代から継続しているものも姿形が随分変わってきました。イベントはその際たるもので、下・上灘で行なっていた夏祭りも下・上灘交互の開催となったり、逆にトライアスロン大会が増えたりして今日を迎えていますが、これまで地域事務所を中心にやっていたイベントも、全て中央集中管理方式となり、本来イベントはローカルであるべきなのに?と、首を傾げたくなるような出来事が次々と起こり、これも仕方のないことと私たちの非力さを嘆きながら諦めているのです。

 それでも双海町はまだましな方で、まちづくり学校双海人などの活発な活動のお陰で、それなりの情報発信を続けているのです。まちづくりはできないことをいくら嘆いても前には進めません。できないことをできるようにするのがまちづくりの知恵の出しどころなので、そのことを弁えたとえ予算がゼロであっても、ゼロから出発して始めること、続けること、高めること、止めることを念頭に、大いに頑張っているのです。
 双海町時代から続いているものに、子ども教室があります。現職のころからその実行委員会の委員長をやっているので、請われるまま辞める勇気もなくその職に留まっていますが、そのプログラムの内容に限っては、常に新しさを求め、マンネリではなく伝統の領域を続け・高めながら現在に至っています。

わくわく生活体験「夕焼け村」事前説明会

わくわく生活体験「夕焼け村」事前説明会

 その活動の一環としてやっているものに、20年の歴史を持つ通学合宿「夕焼け村」があります。異年齢の子どもたちがふたみ潮風ふれあいの館という宿泊施設に1週間滞在して、学校へ通いながら炊事・洗濯・掃除・買い物などの日常生活を体験するのです。今年も30人の申し込みがあり、昨晩その事前説明会が地域事務所であり私もあいさつをするため出かけました。
 保護者に付き添われ、夏休み中の子どもたちが集まりました。子どもたちの殆どは顔見知りで、私に手を振ってくれたり、「進ちゃん」と話しかけてくる子も沢山いました。

 実行委員の皆さんも沢山集まり、保護者と子どもに別れて事前の説明は順調に行なわれ、第一歩を踏み出しました。夕焼け村は夏休みの最終日である9月1日から9月7日まで行なわれます。中学生や高校生など、子ども教室で育ったジュニアリーダーも沢山参加して、大学生のスタッフもそろい頼もしい限りです。
 私も第一日目に夕日の話をレクチャーしなければなりません。次代を担う双海の子どもたちを育てるために働くことは、長年お世話になったふるさと双海への私の恩返しでもあるのです。

  「夏休み 親子集まり 説明会 手間暇かけて 大事に育て」

  「親元を 話す訓練 夕焼け村 教育基本 巣立ちすること」

  「進ちゃんと 愛称呼んで 手を振って 集まり来る子ら 愛おしくなる」

  「夏休み 子ども真っ黒 日焼けして それぞれの夏 それぞれ暮らす」

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〇下灘という同じ地名

 昨日は弟の息子のお嫁さんのお父さんが、4~5日の患いで急逝したとの知らせを受けて、宇和島市津島町までごあいさつに出かけました。昨晩が通夜今日が葬儀のようでしたが、あいにくスケジュールが立て込んでいるので、失礼とは思いながらの訪問です。県内なら常日頃から講演などに出かけているため、おおよその土地勘は分るので、カーナビの手助けを頼ることもなく、双海、長浜、八幡浜、宇和と海岸線から山道に入り、宇和から高速道路に乗って津島町安らぎの郷まで高速道路無料区間を走りました。

 私が訪ねようとした甥の嫁さん生家は、今は平成の合併で宇和島市となっていますが、旧北宇和郡津島町下灘です。私の町にも同じ地名の下灘というのがあって、漁協も下灘漁協、学校も下灘小学校なのです。ゆえに甥は下灘小学校や下灘中学校卒業ですが、甥の嫁さんもまったく場所は違うものの下灘小学校と下灘中学校の卒業なのですから、余程ご縁が深かったのでしょう。
 かつて下灘公民館へは漁協女性部の招きで講演に出かけたことがあるので、弟から「学校のすぐ近く」と聞いていたので人に聞くこともなく、門前に葬儀用の提灯が飾ってあったので、直ぐにその家を探し当てました。

 ごあいさつをしながら案内されて亡くなったご主人の棺の前に進み、棺に入れられたご遺体と面会し、線香を手向け合掌しました。聞けばご主人は62歳の働き盛りの年齢だそうで、心筋梗塞で入院しカテーテルを施したお陰で快方に向かっていた矢先の訃報でした。真珠母貝の養殖を生業とした漁師さんでしたが、湾内に浮かぶ真珠養殖筏には、自分が手掛けた真珠の母貝が育っていることを思うと、さぞ心残りだったろうと察するのです。86歳のおばあちゃんや奥さんの嘆き悲しみは目に余る光景でした。労働力を失った家内労働養殖漁業は、多分存続できずは廃業しなければないのではないかと思うと、胸に迫るものがありました。

 しばらくの間家族の皆さんと雑談した後お茶をいただきお暇しましたが、近くにある下灘小学校の中庭には、統合して今はなき下灘中学校の来歴石版石碑が見えました。帰る途中見た下灘漁協も真珠養殖漁業の不況のあおりで、倒産の憂き目に這い再建半ばと聞いています。かつては真珠養殖の好景気に沸いた漁村も、過疎や高齢化という極めて厳しい暗雲が垂れ込めているようです。下灘という同じ名前の地名だけに人事とは思えない感じを持ちながら来た道を引き返し、家路を急ぎました。

  「下灘と いう同じ名の 土地訪ね 訃報の門を くぐりて合掌」

  「62歳 まだまだ若い 急逝を 先に逝ったと 母親涙」

  「ご縁とは 不思議なものと 思いつつ 同じ名前を なぞりながらも」

  「繁栄の 跡が見られる そこかしこ どこか寂しい 漁村の風景」

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〇孫たちとカヌー遊び(その2)

 昨日も暑い一日でした。息子は昨日の土曜日仕事が休みなので、昼からカヌーで遊びたいので手伝って欲しいと頼まれました。昼食を済ませこの春先から洗濯干し場に置いているカヌーを引っ張り出して、軽四トラックの荷台に逆さまにして積み込みました。その時間に合わせ列車でやって来た孫尚樹も内孫希心・奏心とともに、海水浴のできる服装に着替えさせ、若嫁の運転する車に乗せて出発しました。目指す場所は砂浜の綺麗な高野川海岸です。国道横の海岸に通じる急な坂道を四輪駆動にして慎重に降りました。
 インディアンカヌーは二人ならば簡単に移動できる重さなので、荷綱を解いて何なく渚まで運びました。孫たちにそれぞれライフジャケットを着せ、息子が舳先、私が艫に座り櫂で漕ぎ始めました。昨日は海もべた凪ぎで、高野川の漁港突堤を中心に渚付近を行ったり来たりしながら、カヌーツーリングを楽しみました。

カヌー遊びは楽しい

カヌー遊びは楽しい

 孫たちにも櫂の手ほどきをしてやりましたが、4歳や5歳の孫たちにはまだまだムリのようでした。孫たちはむしろ透き通って見える海中や浮き草となって流れている藻、クラゲ等に関心を寄せて、楽しんでいました。カヌーは少し危険な遊び道具です。浮力は十分あるのですが、プラスチック製で軽いため安定性が悪く、船底に座っていないとあっという間に沈してしまうのです。孫たちは嬉しくなると私や息子の注意も忘れて立ち上がろうとするのです。ライフジャケットを着用しているものの、ハラハラでした。
 孫たちはその後、渚で海水浴や藻を拾ったり砂遊びに講じていましたが、私と息子は近々カヌーでアジ釣に出かけることを企んでいて、その試験として息子が用意した錨の効き具合のテストや、走行練習をしました。カヌーには購入した時ついていた櫂が3本ありますが、少し痛んでいるため2本の真新しい櫂を用意しました。1本はカーボン製の軽いもので、何年か前にカヌー大会に出場した折、入賞賞品として貰ったもので、もう1本は木製ながら北極まで歩いて行った冒険家河野兵一さんから手渡しでいただいた、思い出に残る一品です。2本とも私にとってはお宝なので書斎の鴨居に置いて大切に保管してきたものです。

 2時間ばかりカヌー遊びを楽しみ、軽四トラックにカヌーを積み込んでわが家へ帰って来ました。海の近くに住ながら、海で遊ぶことの殆どなかった私にとって、海はやはり楽しいものだと実感する一日となりました。夏はまだかなり残っています。もう1~2度孫たちをカヌーに乗せてやりたいと思っていますが、直射日光の強い砂浜で傘一本の木陰で、私たちを見守っていた若嫁から、今度はテントを持って来ようと提案があり、大いに笑いました。
 帰宅後孫たちと一緒に風呂に入り、賑やかに潮抜きをしましたが、息子は早速サビキや釣竿を用意して次の作戦を立てているようです。勿論私も何年か前カヌーでクーラーいっぱいのアジの釣果を経験しているだけに、その日のくるのを楽しみにしています。

  「孫たちと カヌー遊びに 講じたる 夏の一日 楽しくもあり」

  「貰い受け 大事に保管 していたが 櫂は使わにゃ 甲斐もないから」

  「さあ次は アジ釣り挑戦 したい夏 息子と二人 よからぬ相談」

  「二時間も 傘一本の 炎天下 若嫁フーフー すっかり忘れ」 

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〇朝のラジオ体操

 夏休みに入り、過疎の町とはいいながら朝から夕方まで、セミの声と一緒に子どもの歓声が聴こえるようになりました。わが家の2人の孫たちは、近所の上灘保育園に通っているため、基本的には夏休みは殆どないのですが、孫たちは早朝6時30分から、近所の空き地に子どもたちが集まってラジオ体操をしているので、母親が貰ってきたスタンプカードを首にぶら提げて、眠い目をこすりながらラジオ体操に出かけているようです。

子どもたちの朝のラジオ体操

子どもたちの朝のラジオ体操

 どんな手合いでラジオ体操をしているのだろうと、今朝は散歩がてら孫と一緒に行って見ました。年長と思しき隣の子どもが持参した携帯ラジオのスイッチを入れると、懐かしいラジオ体操の歌が流れてきました。ラジオ体操は夏休みになると今も全国を巡回しているようでした。ラジオ体操は第1と第2がありますが、特に第2は体操の仕方は様になっておらず、体操というよりは軟弱踊りといった感じでした。

 体操が終ると昔は班長さんの印を押していましたが、今はスタンプでした。それでも子どもたちはスタンプが増えて行くのが楽しみなようで、一列に並んで押してもらい、三々五々引き上げて行きました。朝起きとラジオ体操参加は、40日もある長い夏休みのある子どもたちにとって、とてもいい習慣だと思うのですが、体操の仕方を誰かが少し教えてやった方がいいと思うのも、年寄りの冷や水でしょうか。

 小学生は夏休みですが、わが家の孫たちは体操から帰ると急いで朝食を済ませ、歯磨きをして身支度を整え、保育園へ向かいます。夏のこの頃は保育園の運動場に設えた小さなプールで、毎日のように水泳ならぬ水遊びを楽しみます。そのため夏だというのに夏風邪を引き、鼻水を垂らしています。「腕白でもいい、逞しく育って欲しい」は昔の話で、今はどこもかしこも冷房が効いて、少し外で過ごすと直ぐに熱中症になったり、下痢をしたりするひ弱な子どもになっています。もっと逞しく育ててやりたいと思うのですが・・・・。

  「6時半 カードぶら提げ 孫たちは ラジオ体操 1・2・3と」

  「体操と 言うよりまるで 踊りかな どこかで誰か 教えてやらねば」

  「冷房の 効いた暮らしで 軟弱に なった孫たち 直ぐに咳・熱」

  「えっ、今も ずっと続いて いる体操 ラジオを前に みんな並んで

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〇今年は既に16升の蜂蜜を収穫しました

 ひょんな思い付きで蜜蜂を飼い始めてから5年間が過ぎました。最初は蜜蜂の何であるかも分からず闇雲にやったため、蜜蜂の奔放な様子に一喜一憂したり、時には蜂に刺されて泣きっ面に蜂といったことも何度かありましたが、師匠と仰ぐ山奥組の井上登さんの指導もあって、発展途上ながらどうにかここまでたどり着くことができました。高知県馬路村の農家から貰った巣箱1箱から始めた養蜂も、今では借り箱2つを含めて10箱に増え、春先のキンリョウヘン設置・蜜蝋塗りこそ井上さんの手ほどきや作業協力が必要なものの、去年まで井上さんの協力を受けていた採蜜作業も、今年は自分ひとりでやるべく準備を進め、7月16日に自宅裏2箱、7月21日には人間牧場4箱の巣箱から蜂蜜を採ったのです。

第二回目の採蜜作業で10升の蜂蜜が採れました

第二回目の採蜜作業で10升の蜂蜜が採れました

 この時期は好天に恵まれて気温も猛暑を記録する等、垂れ蜜採集にはうってつけの条件でしたが、屋外での作用を強いられるため、麦藁帽子を被っての作業ながら太陽に手と顔を焼かれ、お陰で真っ黒に日焼けしてしまいましたが、2回ともまあそれなりに作業が順調に進み、裏山は2箱で6升、人間牧場は4箱で10升の蜂蜜を収穫しました。1年目1升、2年目2升、3年目3升、4年目4升、5年目5升を目標に掲げて望んだ養蜂でしたが、昨年は目標5升の倍の10升を早々と達成し、今年も願わくば昨年並みと少し控え目な淡い期待を抱いていましたが、既に16升と早々の目標達成です。うなぎ上りという言葉がありますが、これまではまさにうなぎ上りでした。でも巣箱の製作や採蜜の仕方などまだまだ課題が多く、これからのシーズンオフにはそのことをしっかりと修正し、来年に備えたいと思っています。

 息子は私の採集した蜂蜜を糖度計で調べ、平たいタッパーに入れて家庭用サウナに並べ、水分を飛ばす作業を始めていますし、インターネットで注文した蜂蜜を入れるガラス瓶容器も既に届いて、やる気満々のようです。妻は足繁くホットケーキを焼いて、蜂蜜を塗って食べることを楽しんでいますが、私は妻の作った梅ジャムを食べて鋭気を養っています。
 養蜂はそのプロセスが楽しく、春の巣箱設置や蜜蜂の入居、巣箱のスムシ掃除、採密作業などなど、刺されると危ない恐怖の中でやる作業は、気が抜けないハラハラ・ドキドキするものです。やればやるほど奥の深さを感じる養蜂も、ひとまず5年間で入門編は終りました。採った蜂蜜を料理に使ったり、少し商品にすることも考えたいと息子は言っていますが、遊びだからこそ楽しいのであって、金儲け等は毛頭考えていないのです。少しずつお裾分けして喜んでいただければと思っています。

  「早々と 昨年成果 越えました まだまだ記録 うなぎ上りで」

  「ハラハラや ドキドキ感が たまらない プロセス楽しみ 遊び心で」

  「刺されない これも今年の 目指すこと アナフィラキー ならないために」

  「一升瓶 並んだ並んだ 10本も これぞ私の 夢ターゲット」

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〇夕焼けビールトロッコ列車チャーター便(その2)

 トロッコ列車の車窓から眺める下灘駅までの夕日夕焼けと、下灘駅からの小焼けはまた趣を変えていました。私はこの景色を何としても世に売り出したいと、当時四万十川沿線を走っていた、まるで貨物列車のようなトロッコを、JRさんに無理を言って走らせて貰ったりもしましたが、今は夕焼けビール列車が走るようになり、そのチケットも発売と同時に全て予約でいっぱいになるという、人気商品となって隔世の感がするのです。鉄道と並行して走る海岸国道378号は、私がまちづくりを担当していた頃発案し、全国公募に応募してきた3861件の中から、「夕やけこやけライン」と命名しましたが、今ではその名前もすっかり定着し、道路地図にも掲載されるようになりました。

 

下灘駅付近の車窓から見えた夕日

下灘駅付近の車窓から見えた夕日

 伊予市駅から飲み始めたビールでほろ酔い期限になった頃、トロッコ列車は長浜駅の3番線プラットホームに着きました。一行は一旦トイレ休憩のため下車し、車掌さんや担当の人たちが車内清掃をしてくれました。発車までには40分近くあるので、散歩を楽しんだりトイレを済ませたり、雑談に耽ったりしました。市役所の岡井さんが頼まれてプラットホームで、ギター片手にオリジナルなライブをやりましたが、冨田さんのアドリブダンスも中々のもので、プラットホームは大いに賑わいました。
 やがて新しいビールジョッキがテーブルの上に置かれたトロッコ列車に再乗車して、スイッチバックした列車は上りの列車となりました。

串の鉄橋の上で停車して20m下の奈落を見ました

串の鉄橋の上で停車して20m下の奈落を見ました

 予定通り20時39分、上灘駅に到着した列車から私と何人かは下車しました。トロッコの上から送ってもらう人の数が圧倒的に多いため、窓のない格子から手を出して握手をしたりハイタッチをする姿はまさに絵になる光景でした。赤いランプの尾灯が線路の向うに消えたのを見送り、迎えに来てくれた妻の車で9時前自宅に帰りましたが、出会った人々の顔を思い浮かべながら振り返ると、ほのぼのとしたいいイベントでした。次の機会には是非妻や若嫁も誘って乗せてやりたいと思いました。
 シーサイド公園の恋人岬から見る夕日も、下灘駅から見る夕日も、はたまた潮風ふれあいの館から見る夕日も趣がありますが、トロッコ列車の車窓から見る夕日夕焼けもまた、各別な味があるようでした。出会った同乗の皆さん楽しい思い出をありがとうございました。

 

 

  「トロッコの 動く列車の 車窓から 見える夕日は 格別綺麗」

  「先降りの 私見送る 人の群れ 絵になる光景 今もありあり」

  「よかったかい とてもよかった 妻にそう 話しながらも 顔思い出し」

  「終着の 駅は長浜 始発駅 スイッチバックし 人は酔い知れ」 

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〇大洲水天宮の花火は綺麗でした

 息子の勤める設計事務所に寄付をしたお礼にと、花火の招待券が送られてきたようです。息子はその券を社長さんから貰ったようですが、あいにく外せない所用があって更に私たち夫婦のその券をいただきました。私もこの日は蜂蜜の採集作業で大汗をかき少し疲労していましたが、折角のご好意なので妻と二人で出かけることにしました。午後6時30分に自宅を出発し、国道378号を西に向かって走る頃には自慢の夕日がそれは見事に沈んでいました。長浜から肱川沿いに大洲を目指しましたが、心配された交通渋滞もなく無事目的地に7時30分に到着したものの、駐車場の市が分らず探していると、行儀よく並んで通史やしている坂道に1台止まるスペースを見つけ切り替えしを何度もして、やっと駐車することができました。

水天宮の花火

水天宮の花火

 大洲臥龍の湯の直ぐ横に水天宮という神社がありますが、この日は水天宮の花火大会なのです。臥龍の湯の下に架かっている鉄製沈下橋を通ると、河川敷の両側には屋台が軒を連ね、多くの人が集まっていました。私たちは水天宮の社務所で受付を済ませ、お札と飲み物、付き出しなどをいただき、元来た道を引き返し、花火のよく見える場所に陣取って、やがて始まった花火を真上に見ながら大いに楽しむことができました。下灘みなと祭りの花火に続き今年の花火見学は2度目ですが、さすが名うての水天宮の花火大会だけあって、金をかけているって感じの規模でした。
 花火はスポンサー毎に物語のテーマが違っていて、ウグイス譲がスポンサー名やテーマを説明しながら上げる長閑な花火大会でした。

 夏の夜の花火は、折角ご好意でいただいた莫大なお金が一瞬の内に吹っ飛ぶ訳ですから、ムダと思えばこれほどのムダはありません。でも僅か一時間ほどの短い時間ながら、体の芯まで揺さぶるよな大きな音とともに繰り広げられる光のショーは、これぞ日本の伝統文化だと思うし、見ている間は夏の暑さを忘れ、大きな口を開けて夜空を見上げ酔い知れるのです。

花火大会のクライマックス・ナイアガラの滝

花火大会のクライマックス・ナイアガラの滝

 妻は久しぶりの花火見学に感動したようで、また連れて行ってとせがまれました。夏は駆け足で過ぎて行きます。人様のように海外や国内遠方へ旅行するでもない私たち夫婦にとっては、これくらいの楽しみが分相応、分度なのかも知れません。さあ次はどんな楽しみが待っているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「ご好意の 花火見学 チケットで 水天宮の お札いただく」

  「夏の夜の 花火見学 堪能す 妻は喜び 私まあまあ」

  「一瞬で 何百万円 消えるけど 心に残る 花火大会」

  「花火見た どこか元気が 湧いたよう 明日からまた 頑張る気分」 

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〇朝晩の水やリは忙しい

 東北では例年になく活発な梅雨前線の影響で、記録的な豪雨に見舞われ甚大な被害が出たというのに、梅雨が10日間も早く明けた四国・愛媛・伊予では、このところまったく雨が降らず、家庭菜園の野菜類もそろそろ水が欲しいような雲行きです。わが家では夏の渇水対策として、庭の隅に掘っている井戸から家庭菜園まで配水パイプが引かれていて、加えて裏山から自然流水もあって、その気になれば井戸水を農業用に利用できるのですが、朝晩は私も家族も何かと忙しいため、その手間暇時間が中々取れないのです。

 これまで夏の水遣りは親父の仕事でしたが、親父も歳をとって自分が育てている盆栽や庭木といったものに水をかけることはしているようですが、家庭菜園には見向きもしなくなり、あらためて親父の目に見えないこれまでの陰の力に敬服しているところです。
 家庭菜園の野菜類に水をやり始めると、基本的には雨が降るまでやり続けなければなりません。つまり野菜は一度水を人から貰い始めると、その癖がついて自分で地中の水分を取ることを止めてしまうのです。そのことで親父とこれまでにも「水のやり過ぎはよくない」と、他愛のない口喧嘩をしたものですが、いざその役割が自分に降りかかると、これはもう難儀な話となるのです。

 私はこの4~5日菜園に水をやり始めました。というのも抑制栽培、つまり遅いと思われるこの頃に、キュウリの種を蒔きました。春に苗を植えたキュウリは今が盛りで、毎日沢山の実をつけていますが、雨の降らないこの時期になると、葉っぱが黄色くなり始めて、間もなくツルが上がってしまうのです。そのため今年はお盆を過ぎてからキュウリを食べたいと思い、地這い用のタネを蒔いたのです。通常キュウリは垣を作って作りますが、このタネは30cmくらいに育ったら摘芯して地上を這わせるのです。今のところ野鳥の食害にも遭わず、水遣りのお陰で順調に芽を出し伸び始めて、楽しみが増えています。

 そのついでに近所の人から貰った大ネギ、小ネギの種も蒔き水を掛けていますが、そちらは一向に芽を出してくれません。そのついでに隣に植えているサトイモと長ナスにもホースの届く範囲で水をやっているので、今のところ日焼けもせず順調に育っています。水を余りやらなくても育つトマトは今年大豊作で、連日ポリ容器いっぱいも真っ赤な完熟トマトを収穫し、妻は朝昼冷やしたトマトでジュースを作ってくれ、二人で「美味しい、美味しい」と言って楽しんでいます。これは癖になりそうです。もう間もなく畑では秋野菜の準備を始めなければなりません。いやはや家庭菜園もその気になれば何かと忙しいものだと、水をやりながら思う日々です。

  「朝晩の 水やリ大変 今までは 文句言いつつ 親父委ねて」

  「水やると 雨が降るまで 続けねば 野菜は枯れる まるで麻薬だ」

  「朝晩は 何かと忙しく 水遣りも 疎かなりて 枯れる運命」

  「猫の手が 欲しいこの頃 汗かいて 蚊に悩まされ 水を運びぬ」 

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〇梅干しの漬け込みやっと終わる

 自給自足の暮らしを理想に掲げ、少しずつ自給の巾を広げていますが、自給とは何と手間隙がかかるものなのでしょうか。今年新たに挑戦した天草は海で天草を採集してから真水で晒して、保存活用できる真っ白い天草にするために、多くの労力を費やしましたが、そのお陰で妻の作ってくれる天草ゼリーは、夏の暑いこの時期冷蔵庫で冷やして食べると絶品で、1~2週間に一度作ったものを食後のデザートとして楽しんでいます。孫たちや友人の水口マリ子さん、親類のおばちゃんたちも時折わが家から届く天草ゼリーを心待ちにしているのです。

 今年は梅が大豊作で、とげのいっぱいある梅の木に登り採果キャリーに20箱、つまり一箱が20kgですから400キロの梅を収穫しました。梅の実そのものもお裾分けしましたが、それでも余って甘い砂糖で漬け込む梅シロップと、辛い塩で漬け込む梅干しを大量に作りました。梅シロップは梅の実3kgに砂糖2.5kgを8Lの広口瓶に入れて、冷暗所に保管すれば約半年で出来上がり、搾って一升瓶に入れれば何年でも持ちますが、わが家では漬け込んだまま保管し、必要な時に搾って利用するのです。梅シロップは冷たくしたりホットにしたりして飲んでいますが、お客さんにお茶代わりに出すと、とても喜ばれるドリンクなのです。また梅シロップは料理にも使いますが、特に梅シロップだけで炊いた秋刀魚は骨まで食べれる大人気料理のようです。

隠居の地下室に収まった梅干し壷5つ

隠居の地下室に収まった梅干し壷5つ

さて「そんなに作ってどうするの?」と、近所の人を驚かせている梅干しは、これがまた手間隙がかかる保存食なのです。15%の減塩梅干しにするには青梅を漬け込んだ時、ホワイトリカーを使わないとカビが生える危険性があります。何度も失敗して辿り着いた方法ですが、漬け込んだ梅を納屋の冷暗所に運び、梅雨が明けるのを待つのです。梅雨が明けると漬かった梅の実をザルで上げ、サナに行儀よく並べて三日三晩の土用干しをするのです。梅雨が上がったといっても天気予報を見て注意をしないとにわか雨に濡らせば、梅干しにはならないので、家を留守にすることはできません。
 この時期の暑い日差しで干すと、薄ピンクだった梅の実が段々赤くなり、梅の実をひっくり返して万遍に陽を当てるのです。そして乾いた梅の実は夜の間に夜露をたっぷり含んでまろやかになったものを、最後の仕上げとして用意した広口壷に入れ、その上に塩揉みして灰汁を取った赤紫蘇を乗せ、梅酢をヒタヒタになるまで入れて蓋をして完成です。

 わが家には親父の隠居に地下室、昔鯉を飼っていた池を改造した地下室の2箇所あります。梅シロップも梅干しも比較的温度の低いこの2箇所の地下室の入れて、じっくり熟成させるのです。梅干しは不老長寿の薬だとも言われるほどクエン酸の豊富な食べ物です。熱々のご飯に梅干し、おにぎりに梅干し、この時期は鱧の湯ざらし料理に梅の裏ごしした梅酢を付けて食べますが、これ以外にもフキの佃煮や青魚の煮付けに使いますし、万能な食べ物なのです。
 わが家は親の代まで漁師をしていたので、親類縁者には猟師さんが沢山います。そのため時々美味しい旬の魚を沢山いただきますが、そのお返しに梅干しを差し上げて喜ばれています。猟師さんは漁に出る時弁当に必ず梅干しを入れるのだそうです。手間暇かけて作った自給梅干しはわが家のお宝なのです。

  「自給とは 手間暇かける ことなのか 天草や梅 まさに手間暇」

  「土用干し 終った梅を 壷に入れ 塩揉み紫蘇を たっぷり入れて」

  「地下室で 梅は熟成 時を待つ やがて梅干し 食卓上る」

  「白い鱧 赤い梅酢を つけ食べる 日本料理は 何と絶品」

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