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〇子ども体験塾小型底引き網体験(その2)

 急な思いつきで私たちの船5隻は大洲市長浜町青島に上陸しました。上陸すると島民16人ゆえでしょうか、11時過ぎの時間帯がそうするのでしょうか、迎えに出てくれた区長さん以外人の気配がまったくないのです。それに比べ桟橋を上がると人懐っこい猫が沢山寄って来ました。区長さんの話によると猫の数は120匹を越えているそうで、「猫の島」といっても過言ではないようです。

ステージに陳列されていた青島盆踊りの衣装
ステージに陳列されていた青島盆踊りの衣装

 区長さんに案内されて青島コミュニティセンター2階へ上がりました。ステージやホール脇には愛媛県指定無形文化財の盆踊りの衣装が沢山並んでいました。わたしも子どものころ漁船で2~3度見学に出かけたことがありますが、赤穂浪士の格好をして踊る等、かなり特徴のある盆踊りだったと記憶しています。新盆を迎えた人の灯篭を並べその霊を慰める14日の踊りや、夜を徹して踊る15日の盆踊りは、青島から伝わったと言われている、双海町池久保の盆踊りとよく似ていますが、区長さんの許しを得て子どもたちはカブト等を頭にかぶって記念写真を撮っていました。

青島神社から見下ろす青島港
青島神社から見下ろす青島港

 コミセン横の高台にある青島神社にお参りをしたり、連絡船の待合所でトイレを済ませたり、班毎に記念写真を撮ったり、束の間の時間を楽しみ、少し時間は遅れましたが青島を出発し、一路上灘漁港を目指しました。潮の関係もあって復路は約一時間ばかりかかり、12時過ぎ港に戻り、事故もなく全員が陸に上がりました。雨天や波浪の心配もあり、前もって魚を注文していたので、留守部隊の女性スタッフが色々な料理をして待ってくれていました。みんなが料理に舌鼓を打っている間に、女性スタッフは水揚げされた鯛やヤナギダイ、イカやエビ、シラスの釜茹でなどを、これでもかと思うほどのおご馳走を作ってくれました。

保健センターでの食事風景
保健センターでの食事風景

 食事が終ると昨日のプログラムを総括して、私が30分ばかり子どもたちにお話をしてやりました。漁師さんの仕事、海のメカニズム、スナメリや飛び魚にであったこと、青島の歴史、海から見える双海町の様子などは子どもたちの目にはどのように映ったことでしょう。感想文の作成にもいつもより少し長めに時間を割き、その後少しばかりレクリエーションを取り入れ楽しいひと時を過ごしました。
 獲れた魚をみんなに分配し持ち帰りましたが、多分昨晩はその魚を肴に家族の皆さんに色々な話をしたことでしょう。

  「島民は 16人と いう話 少なさ驚く 猫数8倍」

  「行く予定 ない島訪ね 子どもたち 大喜びで 島内歩く」

  「なつっこい 猫が数匹 やって来た 人はまったく 姿を見せず」

  「感想文 どんな思い出 書いたのか 多少気になる 子どもの目線」

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〇ああ今日は忙しかった

 今日は一日中忙しくブログを書く暇がなかったので、項目を起こしただけで終筆とします。あす暇を見つけて編集して一本のブログに仕上げたいと思っています。とりあえず今日はお休みなさいです。

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〇大方の松原と砂浜と太平洋

 民宿船母は四万十川のほとりにあります。少し早めに床に就いたため、家にいる時と同じく朝4時に目が覚めました。あたりが明るくなり始めると、ヒグラシのような甲高虫の声があちこちから聴こえてきました。普段着に着替えてそっと民宿を抜け出し、直ぐ下の沈下橋まで下りて行きましたが、残念ながらこの沈下橋は最も古いタイプのようで老朽化が激しく、ワンスパンだけが取りはずされて架け替え工事が行われていて、通行不能となっていました。橋を渡れば宇和島市の背後に聳える鬼ヶ城を源流とした四万十川の支流、黒尊川へと続くので、一度はその源流も突き止めて見たいと思っていますが、いつになるやら・・・・。

 前夜寝る前女将さんに、「朝食は6時にお願いします」と頼んでおいたので、散歩から帰ると既にほのかな味噌汁や焼き魚の匂いが二階の部屋まで届いてきました。急いで顔を洗い身だしなみを整えて朝食をご馳走になりました。「黒潮町の大方高校まではどのくらいの時間で行けますか?」と、ご主人に聞けば「朝の多少込み合う時間帯なので一時間くらいあれば大丈夫」だと聞いていたので、少し早目の6時40分に民宿を出ました。口屋内から少しの距離は離合も困難な国道とは名のみの道があって、多少手間取りましたが、渋滞の影響もなくすんなり途中から国道56号線を走って、入野松原の入口付近まで到着しましたが、少し早いので、太平洋を見てみようと思い右折して松原に入りました。

 今朝の太平洋は穏やかで、早朝だというのに県外ナンバーの車で乗りつけたサーファーが波乗りサーフィンを気持ち良さそうに楽しんでいました。この砂浜を利用して砂浜美術館と銘打ち、Tシャツを集めて干したイベントは、全国に名の知れたまちづくりの優良事例として紹介された時代がありました。背後の松並木といい、広々とした砂浜といい、また青い太平洋の海といい、とても気持ちの良い絶景のスポットでした。
 この海に来ていつも思うのは、ジョン万次郎のことです。万次郎はこの海で遭難し鳥島まで流され、アメリカの捕鯨船に発見され、ホットフィールド船長と運命的な出会いをした海なのです。
 時代は違いますが私も水産高校の実習船愛媛丸でこの海を航海したことを思うと、いつまでも見飽きない運命の海なのです。そうこうするうちに時間が近づき、大方高校を目指しました。

 

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〇蜂蜜採集

 昨日は前日裏山巣箱1号と4号から採集した蜂蜜たっぷりの巣から蜂蜜を採集する作業をしました。「蜂蜜の量は巣箱の重さでおおよそ見当がつく」と蜜蜂の師匠である井上登さんから教わっていたので、「まあこの重さなら1箱2升として4升は硬いかも知れない」と、一人ほくそ笑みながら作業を進めました。
 まず近所の木村酒屋さんまで行き、一升瓶を6本いただいて帰りました。その瓶のラベルを水に付けて丁寧に剥がしましたが、いつものことながら、レッテルの糊がいいのか中々剥がれず、この作業はいつも厄介に思うのですが、1升瓶をタダで譲ってもらう酒屋さんのことを思うとそんな贅沢はいえないのです。レッテルをはがすと今度は中に水を入れて何回も振って、残ったアルコールを全て水に流し、水分を飛ばしながら天日干しで殺菌するのです。

採蜜小道具
いたってシンプルな採蜜小道具

 次の作業は私が蜂蜜採集の7つ道具といっている、手作りのポリバケツ(これはEMぼかしを作るために開発された代物代用-このアイディアは高知県馬路村の木下彰二さんからの受け売り)の蛇口にビニールパイプを装着し、みかん収穫キャリーを2段に積んだ上に置き、ビニールパイプから垂れてくる蜂蜜を、ジョウゴと金網の漉し器を通して一升瓶に誘導する仕組みです。
 ポリバケツの中に金網のザルを敷き、細かく切った蜂蜜入りの巣を重ねて行くのです。今は戸外だと気温が35度近くになるので、ポリバケツの上にミツバチがよりつかないようにするのと、ビニール袋で温度を上げて蜜垂れをよくしようという算段ですが、近くには巣を人間様に奪われ行き場を失ったミツバチが沢山いるので、ほおっておくと蜜蜂が集まり過ぎるのです。

 昨日はとりあえず2升の蜂蜜を採集しましたが、今朝はそのかすを片付け、新たな巣をポリバケツに入れて垂れを待ちました。午前中で2升の蜂蜜を採りました。多分残りの蜂蜜も1升ばかり期待できそうなので、今回は5升の収穫で、すでに二つの巣箱で今年の目標を達成できそうです。
 今回は昨年まで採蜜の度にお世話になっていた井上登さんの手を煩わせることなく、何とか自立の道を歩んでいますが、趣味で始めた養蜂もこうれ程手間がかかるものかと、多少疲れも感じているこの頃ですが、これを励みに今後もしっかりと蜂に刺されないよう頑張りたいと思っています。

  「今回は 自分ひとりで 採蜜す やればやるほど 奥が深くて」

  「追い払う 時は蜜蜂 群がるが 箱の中には 中々入らず」

  「もう既に 目標突破 ルンルンで 後はのんびり 蜂蜜なめて」

  「刺されない ようにしたいと 暑いのに 完全防備 採蜜作業」 

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〇蜂蜜採集始まる

 高知県馬路村に住む友人の木下彰二さんから、蜂蜜を採集したと携帯でメールが入りました。しかも今年は大豊作で既に8升も採集したというのです。私は先日ムカデに刺され、アナフィラキシーショックで救急車で病院に運ばれたこともあって、その話を聞いても少し腰が引けて、さてどうしようか迷っていました。私のブログ「shin-1さんの日記」によると、去年私は蜂蜜の採集を9月21日にしているようで、しかも大豊作で目標だった5年で5升を大幅に上回る10升を収穫したものですから、「慌てない慌てない、人は人」と安気に構えていましたが、裏山の巣箱1号と4号が、デジカメ観察ではかなり下まで巣が下りて来ているようなので、思い切って試験的に取ることにしました。

 今は梅干しの土用干しの時期なので、庭にはやたらと梅干しのサナが並び煩雑なので、梅干しの漬け込みが終ってからにしようとも思いましたが、思い立ったら吉日というやつで、昨日大洲市平野小学校へ講演に出かけ午後が空いていたので、七つ道具を用意して採集を始めました。私の採集手順は天板を外し、ワイヤーで天板に付着した巣を切り取り、逆さまにして入り口の上に空き箱を置き、ミツバチが暗いところへ移動する習性を利用して、蜂が移動したところで巣を小切りにしてポリ容器に入れるのですが、今は外気温が高いため、蜜蜂の移動を待っていると蜂蜜が解けて流れ出るため、蜜蜂の多少の犠牲は覚悟の上で、急いで巣を取り出しました。天板を固定しているネジ釘が食い込んで電動ドリルで中々開かないハプニングにも見舞われましたが、何とか夕方までに巣を取り出すことができました。

 今朝から採蜜に取り掛かりましたが、どちらの巣箱なのか、かなり大きい蜂玉ができて、空いた巣箱を急いで修理して中に入れようとしましたが失敗したようで、どこかへ飛んで行ってしまいました。昨晩採蜜のため迷い込んだミツバチが妻の顔を一刺し刺したようで、虫刺されやアロエ、それに氷で冷やしたため大事には至りませんでしたが、私は幸い刺されずに済みました。
 今朝から蜜の入った巣をザルに入れ、その上をビニール袋で覆って、垂れ蜜を取り始めました。タラリタラリと落ちる蜂蜜を一升瓶に集めるのは気の遠くなるような作業ですが、蜜蜂たちが一生懸命集めた蜂蜜を横取りするのですから、これくらいな苦労はしなければなりません。さて今回はどのくらいの収穫になるでしょうか。その成果が楽しみです。

  「アナフィラキー ショック未だに 覚めやらず 腰引け採蜜 意欲が湧かず」

  「蜂蜜は 働き蜂の 成果物 横取りするゆえ 後ろめたさも」

  「目標の 5升越えたい 思うけど 果たして成果 上がるかどうか」

  「妻の顔 何故に刺すのか 泣きっ面 私はどうにか 刺されず済んだ」 

 

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〇梅干しの土用干し

 かなり大きかった台風も中国大陸へ去って、不安定気味だった天気も回復しそうな雲行きなので、昨日は朝早くから倉庫の中に漬け込んでいた、梅干用の樽を持ち出し、梅干しの土用干しの準備をしました。今年は例年になく梅が大豊作で、400キロも収穫し親類縁者や近所に配って喜ばれましたが、わが家でも処分に困るほどの梅の実を梅干しと梅シロップに漬け込みました。梅干は辛い塩、梅シロップは甘い砂糖と相反する材料を使うため、塩も砂糖もかなり大量に購入して下漬け込みをしましたが、梅干しも梅シロップも今のところ、ビニール袋とホワイトリカーのお陰で雑菌繁殖が抑制され、カビが生えることもなく順調に仕上がっているようです。

始まった梅干しの土用干し
始まった梅干しの土用干し

 祖母や母の代からわが家では梅干し作りは女の仕事と位置づけられていますし、妻もその風習にしたがって梅干し作りをやっていますが、少し違う点は最近梅干し作りに男の私が少し深く関わるようになったことです。梅干し作りは重いし中腰で作業をするため足腰に負担がかかるため、自由人になったこともあって、私の手伝う領域を増やしているのです。
 倉庫から取り出した樽を一輪車に積んで木陰の涼しい場所に運び、蓋を開けてビニール袋を開封し、ステンレス製網目のザルで掬い取り、雫を切った梅の実をサナの上に丁寧に行儀よく並べて行くのです。一樽でサナが2~3できますが、樽は5つもあるのでこれが一人では中々時間のかかる仕事なのです。ふっくらとした梅の実は雑に扱うと破けてしまうので、注意をしなければなりません。

 昨日は午後松前町へ講演に出かける予定もあったので、少し急ぎの気持ちで作業を進めましたが、結局一樽残ってしまい、帰宅後作業を継続して夕方5時過ぎにやっと終えることができました。さあ今日から母や祖母の言いつけどおり、三日三晩の土用干しです。天気が安定しているからといって油断は禁物で、夜と朝の天気予報には特に注意をして、雨に合わさず干し、夜は夜露を取らねばなりません。そうすれば4日後にはふっくらとした梅干が出来上がり、梅酢と赤紫蘇を入れて本漬け込みをするのです。
 「こんなに大量の梅干しを作ってどうするの?」と、毎年近所の人を驚かせていますが、心配後無用、作った梅干しはいつも魚をいただく漁師さんのお弁当用に、またわが家の料理用に結構多く使うのです。さあ今日から目と手を離せない梅干し仕上げが始まります。今日は夕方梅干しの裏返しをしなければなりません。忙しいでね。

  「今年また 梅土用干し する夏が やって来たかと 多少うんざり」

  「庭じゅうに 梅の実干され 甘酸っぱい 香り立ち込め 食欲そそる」

  「土用干は 三日三晩と 教えられ 夜露味方に ふっくら仕上げ」

  「土用干し 天気気になり テレビにて 予報見聞きし 作業を続け

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〇下灘みなと祭りの花火

 昨日は下灘みなと祭りと鱧まつりがあり、大勢の人が下灘に詰め掛けたようです。まちづくり学校双海人のメンバーが作って販売した、「よもくれ団子」の売れ行きも気になりながら、私は所用で一日中町を離れていたため、残念ながら参加することができませんでした。
 夕方自宅へ帰り食事を終え腹ごなしに散歩をして帰ると、家族全員が花火を見に行こうと相談がまとまっていました。息子家族は例年のことながら、下灘の弟の家に招かれて先に行っていたので、私もしぶしぶながら運転手としてついて行きました。花火は午後8時30分からなので、午後8時に出発したものの、豊浦大橋付近で渋滞にあったため、家族を降ろし私は旧漁協の空き地まで車を走らせ駐車しました。

花火は綺麗でした
花火は綺麗でした

 人混みの中なので家族の居場所は分りませんでしたが、優れものの携帯電話のお陰ですぐに見つかり、ステージ横の階段式護岸に座って、司会を務めていた小林真三さんのカウントダウンの声を頼りに夜空を眺めていました。昨日は台風の影響なのか気にならないほどの小雨が、まるでミストシャワーのように降りましたが、やがて港の外突堤辺りから花火が打ち上げられ始めました。硝煙の流れもよく、また打ち上げ場所と観客席が近いため、大迫力の花火に酔い知れました。
 合併後8年が過ぎ、ふたみの夏祭りと下灘みなと祭りは隔年毎の開催になりましたが、地元の善意で打ち上げられる花火は、夏の風物暑気払いとして欠かせない存在のようです。

セリをする私の切り絵
セリをする私の切り絵

 花火の会場では短い時間ながら色々な知り人の顔々に出会いました。同級生にも出会い、古希の同級会を開いたらどうかと、誘いを受けました。子ども体験塾参加の子どもたちから「進ちゃん、進ちゃん」と声をかけられました。中には少し痩せた私の身体を気遣って、「大丈夫かい?」と声をかけられました。まさに「ふるさとのなまり懐かし・・・」って感じがしました。
 夏祭りを始めたのも私だし、下灘運動公園の埋め立て計画や整備に深く関わったのも私なので、この場所に来ると昔の姿が懐かしく思い出されますが、わが家の玄関先に、魚市場で素人競り市のせり人としてせりをしていた姿を、大石寿淑さんが切り絵にしてプレゼントしてくれた作品が飾られています。時は流れ思いでも過去の遺物となりました。

 

 

 

 

 

 

 

     「花火見に 行こうと誘われ 出かけたが 渋滞に遭い 先に進めず」

  「八時半 カウントダウンに 誘われて 花火連発 夜空を焦がす」

  「口開けて 夜空彩る 花火見て 綺麗綺麗と 思わず拍手」

  「『進ちゃん』と 子どもに呼ばれ 振り返る いやはや嬉し 知り人多く」

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人間牧場

〇恥の上塗りかも

 芋坪を掘ろうとよからぬ考えを起こし、掘り始めて3日目となりました。最初は軽い乗りで、のんびりゆっくり手間暇かけてやろうと思っていたのに、1日目の穴掘りと土留めのためのモルタル塗りが意外と早く仕上がったため、また夏のモルタル乾燥の早さに助けられたため、2日目の昨日はその上に更に上塗りをすることにしました。前日と同じくらいのモルタルを練り、穴の中へ入って上塗りをするのですが、前日の穴掘りやモルタル塗りと同じように、鏝で上塗りするには相当な技術が必要で、中々くっついてくれませんでした。それでも悪戦苦闘の末何とか恥の上塗りならぬ、コンクリートの上塗りを終えることができました。

 今朝早く起きて上塗りをした芋坪を見に行きましたが、予想以上に上手くできていて、恥の上塗りになることもなく立派に仕上がっていました。さてこれから上蓋をどうするか思案した結果、倉庫の裏に保存している分厚い松板を4分割して使うことにしました。
 親父は早速電動丸鋸を倉庫から持って来て、私が採寸寸法しマジックでつけたラインに沿って切ってくれました。その後ネズミの侵入を防ぐため、端々に練ったモルタルを塗って一連の作業を全て終えました。一週間のつもりが僅か3日間で芋坪は見事に完成しました。これから当分は自然乾燥させて、雨の日にどの程度湿気が来るのか観察しながら、補修補正をしたいと思っています。さあ次の目標はビニールハウス建設です。

分厚い松板で作った芋坪の蓋)
分厚い松板で作った芋坪の蓋)

 今後は籾殻と稲藁を調達確保して乾燥させ、掘った芋坪に入れて秋のサツマイモの収穫に備えたいと思っていますが、冬に上手く保温が保ててサツマイモの保存ができるか、楽しみになってきました。その前提としてサツマイモをイノシシに食われることなく豊作を迎えることです。今のところサツマイモは順調に育っています。願わくば来年の春先には作った苗床に落ち葉を拾って入れ、米糠や油粕で発酵させ、ビニールシートを被せて種芋を伏せ、立派な芋づるを作りたいと、今からワクワクしています。
 家庭菜園で百姓まがいのことをやっていますが、遅まきながらやっとその気になってきました。

  「芋坪を 僅か三日で 仕上げたる 私の根性 見上げたものだ」

  「芋保存 やがて芋づる 自家栽培 自給の道を まっしぐらに」

  「お父さん あんた機用と 妻誉める 自分もその気 なりて得意げ」

  「セメントの 上塗りしたが 何となく 恥の上塗り したような気分」

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人間牧場

〇芋坪掘りとモルタル塗り(その2)

 掘った芋坪は狭いながらも深さが腰高くらいあります。どの程度のモルタルが必要か分からぬまま、とりあえず砂2袋にセメントを1袋の6分くらいを入れて混ぜ合わせ、水で練りました。軟らか過ぎると落ちるし、硬過ぎると土面に付き難いのでモルタル練りは細心の注意を払いました。
 掘った芋坪の中へ入り、練ったモルタルを左官用鏝で押し当てるように塗るのですが、最初は鏝につけたモルタルが、ポトリポトリと底へ落ちました。しかし時間が経つに連れてモルタルの水分が少し蒸発して硬くなり、思った以上に上手く塗れるようになりました。

モルタル塗りの終った芋坪
モルタル塗りの終った芋坪

 第一回目のモルタル塗りは外から水分が浸入することを防ぐというより、土留めが目的なので土が隠れるように塗り込みました。最後は床下に入れたはつりの残材が隠れるよう、落ちたモルタルを平たくならし、約一時間ばかりの悪戦苦闘を終えましたが、作ったモルタルの量も全て使いきり、目算の確かさに多少優越感を覚えました。傍で不器用な息子のたしなみと見ていた親父も、私のまあまあな仕事ぶりに目を細めて、「綺麗にできたじゃないか」と誉めてくれました。
 コンクリート片を水場まで持って行って片付け、モルタルを練るために使った道具類を水洗いして片付けましたが、その間滴る汗と土やセメントが体いっぱいに付着し、グチャグチャに汚れました。妻と若嫁が用意してくれたポカリスエットやお茶を鱈腹飲んだお陰で、熱中症にもならず作業を終えましたが、大疲れしてしまいました。

 シャワーを浴びて芋坪堀の作業は一段落しましたが、このまま約1週間天日乾燥したらその上に今度は残った骨材を使いモルタルで仕上げの上塗りをする予定です。二度塗りすることで荒壁から水分が内側ににじみ出ることを防ぐのです。何せ芋坪はいわば地下室なので、綺麗に仕上げないと水分が入ってくるのです。ひょっとしたら防水のため何か薬品を混ぜたモルタルで仕上げた方がいいのかも知れません。そこの所は近所に住む左官業を営む従兄弟の助言を受けようと思っていますが、素人でできないようであれば、従兄弟に仕上げを頼んだ方がベターかも知れません。何はともあれ芋坪作りの第一段階は、天候に恵まれ何の事故もなく終えることができました。正直なところホッとしています。

  「熱中症 ならぬようにと 注意して モルタル土に 鏝先使い」

  「肉体を 使う労働 馴れぬゆえ 要らぬ力で 大汗かいて」

  「田舎ゆえ 何でもこなす 力あり 今日は左官で 明日は百姓」

  「体重が 減った分だけ 体力も 減って疲れが 溜まり寝過ごす」

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人間牧場

〇芋坪と小さなビニールハウスが欲しい

 私が子どものころ、自宅の床の下には芋坪と称する穴が掘っていました。秋の取り入れのころになると現在人間牧場になっている池久保の畑と駄場と呼んでいた芋畑に連日足を運び、家族総出でサツマイモを掘り、ムシロで編んだ袋にサツマイモを入れて、背負子に荷造りして何度も何度も急な坂道を自宅まで下ろし、日と風を当てて芋坪に収納し、秋から春先まで蒸かし芋や焼き芋にして食べたものでした。芋坪は稲ワラと籾殻が入っていて、冬の間腐ることもなく保存できたのです。時折サツマイモの味を占めたネズミにかじられることもありましたが、やがて春になると保存したサツマイモの首を切り、腐敗防止のために木灰をつけて苗床に植え、芋づるさえも自家で賄っていたのです。

 去年もわが家家庭菜園のサツマイモは大豊作でした。しかし発泡スチロールに籾殻を入れて保存した立派なサツマイモは、冬越しをすることができず残念ながら腐らせてしまい、何とか保存はできないものかと、サツマイモのつるが延びるのを見ながら考えていますが、どこか倉庫の隅の床を掘って芋坪を作ろうと考えるようになりました。今朝こういう計画なら百戦錬磨の親父にそのことを話すと、1~2案が示され、早速候補となる場所を2人で下見しました。サツマイモの収穫は約2ヵ月後ですが、それまでに何とか芋坪を作りたいと思っています。

 もうひとつやりたいことは、ビニールハウスの設置です。春先の野菜の苗立てなどに利用するため前々から欲しいと思っていましたが、どこへどのような広さのものを作ればいいのか、費用も絡んで暗中模索といったところです。先日友人の西岡さんに相談を持ちかけたところ、知っている業者さんがあるらしく、業者さんに一度見てもらったらと相談がまとまりました。場所は今年の春幕板を貰ってきてゴボウの苗床を作った場所が空いているし、妻も同調しているので、早速見積もりを取って始めたいと思っています。善は急げと思いつつ、少しずつ準備を始めようと思っています。暑いのでくれぐれも熱中症にならないようにと、妻の忠告を受けました。

  「芋坪と ビニールハウスが 欲しいなあ そんな計画 密かに練って」

  「芋坪は 貧乏ゆえの 思い出と 重なり余り 思い出したくない」

  「サツマイモ 今年は腐らす こともなく 秋から冬の 食糧したい」

  「ビニールの ハウスでブドウ トマト等 作ってみたい 家庭菜園」

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