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○3つの講演会

 全く違った場所で、まったく違った話を3日で3回やって、昨日やっと帰ってきました。一番最初に訪ねたのは鳥取県琴浦町観光協会主催の研修会でした。夜7時からの会にもかかわらず会場は満席で、私の友人たちもやって来て嬉しい出会いが沢山ありました。あいにく持って行ったDVDの映写が機器の都合で上映することができないハプニングもありましたが、手応えのある研修会でした。合併した町はどこも観光資源は有り余るほどあるものの、旧市町村の悪しきエゴなどが足かせになって今一歩前へ進むことが出来ないようです。また観光協会も形式的になりがちですが、琴浦町の観光協会は会員を募り、個人と団体がそれぞれ会費を出し合って運営しているようですが、会員の数もキャンペーンのお陰で随分増えたと聞きました。観光協会の会長さんは元助役、事務局長は元課長と、それぞれ人に恵まれていい方向に向かっているようです。

 一緒に青年の船でアメリカへ行った中井さん夫婦や鳥取ジゲ起しの福田さん、中部教育局の新川さんにも久しぶりにお会いしました。また体験農場ナオでいちぢくとサクランボで観光農業を営む手嶋さんにもお会いしました。

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 福井での講演はあすの福井県を創る協会の招きによるもので、会場となった立派な生涯学習センターには県内から沢山の人が集まり、表彰や分科会などもありかなり大きな大会でした。元気なふるさとづくり県民のつどいの記念講演を「人が輝くとき町が輝く」と題しさせてもらった後、4つの分科会の一つであるまち・くらし第4分科会の助言者としても参加しました。公民館活動と花づくり活動の事例が報告されましたが、資金、人材など高齢化する社会を反映して今後の活動の不安なども話されていました。

 私にとって福井での講演は確かこれで5回目ですが、行く度に知人友人も増えて深いご縁をいただいています。

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 尾道での講演は尾道の沖合に浮かぶ向島でしたが、向島には橋が2本もかかっていて、島だとは思えないような雰囲気です。尾道市向東地区青少年健全育成連絡協議会の招きで、「逞しい子どもを育てるために」と題して講演を行いました。青少年問題はまちづくりとともに私が最も得意とするジャンルだけに、1時間半の話もスムーズに行えました。こじんまりとした大会ながら、聞く耳を持った人たちの大爆笑で、楽しい講演会となりました。

 出席した教育長さんが半田さんなので、私に影響を与えた人の一人である向島に住む半田正興さんと同姓ゆえに半田さんの消息を尋ね、携帯電話の向こうに半田さんの声を聞いた時とても嬉しくなりました。

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 こうして今年も、様々な場所に招かれて様々な話をしてきました。その数や相当なものだと思いますが、それぞれの場所で話したお粗末な私の話でも、勇気づけられたと感謝のハガキやメールを貰うと、ついつい嬉しくなって、次の機会への心を新たにするのです。

 私にとって講演は人を元気に、地域を元気にするばかりでなく、話している自分も元気になる源であるような感じもするのです。僅か1時間から2時間の限られた時間に何を話し何を訴えるか、これまた日ごろの腕や実践、知恵が試されるのです。今後もますます努力してもう少しの間、人様や違った地域の元気を取りもどせるよう努力して行きたいと思っている今日この頃です。


  「三場所で 三者三様 話しする レジメも持たず 思いつくまま」

  「どこででも 起こりうるかも ハプニング とっさ判断 危機を回避す」

  「一年で 百回を超す 講演会 慣れるはずだと みんな納得」

  「牧場へ 必ず行くと 約束し 会場後に ふるさと目指す」  

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○豊後水道を挟んで

愛媛県と大分県は豊予海峡を挟んだ対岸にある県ですが、やはり海を隔てているため中々思うような交流ができません。それでも先進的な大分県には学ぶことが多く、時折訪ねたり招かれたり、時には来てもらって何度か交友を温めています。昔は多い手への玄関口は別府と八幡浜が主流でしたが、人の思いがそうするのか今ではすっかり佐賀関と三崎を結ぶルートに変更してしまっているのです。三崎には塩崎満雄さん、佐賀関には渡邊又計さんという旧友であるつわものがいて、何かと入魂にしていることもそうするのかも知れません。

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 先日大分県日田市大山の緒方さんが会長を務める里の駅連絡協議会の招きで佐伯市上浦町を訪ねました。副会長を務める河本さんが店長をしている里の駅での会合だったのですが、黙って通り過ぎる事もないと思い、渡邊さんに携帯電話を入れ、帰りにはちょっとの差で1時間の待ち時間があったので、帰りにも電話をかけてしまいました。渡邊さんはあいにく会議に出張出席していて、出会うことはなかったのですが、港の近くにある佐賀関精錬所の長くて太い煙突はやはり圧巻で、近代化遺産とでもいえる建造物を作った人間の凄さにただただ感心するばかりです。

 私たちが子どもころは空気が澄んでいたのでしょうか、秋の頃になるとわが町からでもかすかに煙突が見えたことを記憶しています。残念ながら今は見ようと思っても見えませんが、それだけ空気が淀んだのではないかと思うのです。

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(佐賀関のシンボル精錬所の煙突)

 最近佐賀関からは見えないかも知れませんが、対岸の佐田岬に風力発電の風車がずらり20基以上立地ました。佐田岬といえば灯台といわれるように、「喜びも悲しみも幾年月」という映画で紹介され、灯台はある意味シンボルだったように思うのですが、今はそのシンボルも時代遅れとなって、風力発電の風車の方が新エネルギーということもあってすっかり有名になりました。

 風車は回転するとき低周波数の音を出すそうで、近隣住民と騒音公害問題が新聞紙上を賑わせたり、またこの風車設置場所がサシバなど渡り鳥のコースになっているため、環境保護団体が異論を唱えたりと、賑やかな話題を振りまいていますが、佐賀関の煙突から出る煙とともに、あちらを立てればこちらが立たないようです。

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(佐田岬半島に林立する風車)

 豊予海峡には豊後水道という狭い場所があって、ここら辺で獲れるサバやアジは関アジ・関サバといって、名の知れたブランド品となっています。同じ場所で漁獲されながら愛媛県に水揚げされるとハナサバ・ハナアジになるのですが、大分県の関アジ・関サバには一歩及ばなようです。
 佐田岬半島も、佐賀関半島も最近までは半島がゆえの不便と、第一次産業ゆえの苦悩を抱えてながら生きてきました。今は高齢化や過疎化に翻弄され、半島振興法などという国の政策の恩恵を受けることもなく、将来への不安を抱えたままの暮しが行われていますが、旧友渡邊さんも、塩崎さんもこの地にお骨をうずめる覚悟でしっかりと生きているようですが、やがてこれから老域にさしかかるであろう彼らのしっかりとした生き方に大きな白書送りながら、これからも時には二人と深い交流を続けてともに生きて行きたいと思いながら半島をお後にしました。


  「水道を 挟み旧友 生きている 訪ねる度に 親しみ増して」

  「煙突と 風車シンボル 西東 これから先も 苦悩は続く」

  「関サバと ハナサバどちら 軍配か どっちこちない どちらも美味い」

  「橋にする トンネルにする 議論した うたかたの夢 消えて良かった」

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○日本列島は紅葉真っ盛りでした。

 私が今回の旅の途中でまず最初に目にしたのは中国山地の紅葉でした。この2~3日は天候も良く小春日和でしたが、特急やぐもの車窓から眺める中国地方の山々は、錦織りなすという言葉がぴったりの風景で、見飽きぬ紅葉に色どられた山里を見ながらのんびり旅を続けました。

 また福井へ行くために通った京都山崎や山科、それに琵琶湖西岸の山々の紅葉も見事でした。本当は京都に途中下車して嵐山辺りの紅葉を見たかったのですが、福井で明くる日の打ち合わせが予定されていたので、後ろ髪を引かれる思いで先を急ぎました。

 でも福井中央公園や福祉県庁のある旧福井城跡周辺の紅葉も見ごろを迎えていて、束の間の散策を試み、福井城址から綺麗な晩秋の夕日を少しだけ見ることができました。

 昨日は研修会が終わって直ぐに北陸を雷鳥に乗って帰ったため、目的地である尾道へ夜遅く着いたため、せっかく見ごろを迎えた日本列島の紅葉を見ることはできませんでしたが、今日尾道から乗ったしまなみ海道沿線は本当に美しい紅葉を見ることができました。

 今回の旅の一番の成果は紅葉に彩られた美しい日本列島の姿でした。春4月、桜の花の咲く日本列島もいいのですが、晩秋の日本列島も春の桜に勝るとも劣らない美しさでした。

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(京都~福井間を乗車したサンダーバードの車窓から見える京都付近の紅葉)
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○長旅からやっと帰ってきました

 11月26日に四国のわが家を出発し、松山・岡山・米子を経由、瀬戸内海を渡って中国山脈を越えて日本海沿いの鳥取県琴浦町へ、そこで夜、観光協会の仕事を終えて一泊し、明くる日鳥取市、智頭町・姫路・大阪・京都を経由、再び瀬戸内海から敦賀に至る長いトンネルを抜けて日本海側へ再び行き、福井で一泊し、福井で仕事をした後、雷鳥に飛び乗って新大阪まで出て新幹線で尾道へ帰り、より遅く駅前のホテルで一泊、そして今日尾道の向島で青少年の講演会を終えて、迎えに来た妻や娘の家族と一緒に瀬戸大橋を通って4日ぶりにわが家へ帰ってきました。

 今回の旅は日本列島を針と糸で縫うような旅でした。行きは瀬戸内海大橋、可海海峡大橋は渡りませんでしたが横目に見て走りました。また帰りには3つ目のルートしまなみ海道を渡りました。また瀬戸内海、日本海、琵琶湖などの風景にも触れることができました。

 そして、平成9年に地域づくり全国大会の発表で見事金賞とでもいうべき大臣賞を貰った福井県鯖江市の、懐かしい体育館を横目に見て福井入りしました。

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(特急はくとで京都へ向かう途中右手に明石海峡大橋を見ました)

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(琵琶湖西岸を行く特急サンダーーバードの車窓から見える琵琶湖の風景)

 こうして書くだけでも、思い出せない程遠出の旅で、またよくもまあこんなに動いたものだと自分ながらに感心をしている所です。その模様はブログで少しずつ回顧をして記録にとどめなければならないと思っていますが、いつしか風邪も直って元気なのですがさすがに少々疲れた感もあるので、明日からの仕事にしたいと思っていますので悪しからずご了承ください。

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(松山から福井までの乗車記録を示すスタンプの数々)
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(世界体操が行われた鯖江の体育館は私にとっても思い出の場所です)

  「列島を 縫うよう走る 記者の旅 3つの橋を 見たり渡りて」

  「一枚の 小さな切符 様々な スタンプ押され 足跡示す」

  「今月は 二度も鳥取 訪ねたり 前は車で 今度は列車」

  「記憶など 当てにはできぬ 直ぐ忘れ 記録するから どうにか残る」

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○今年最後の小旅行

 今日から4日間小さな講演旅行に出かけます。まず今日は鳥取県琴浦町まで出かけます。特急しおかぜ、特急やぐもを乗り継いで夕方までに鳥取へ着かなければなりません。夜は観光協会の招きで講演です。今晩は遅くなるので琴浦町泊りです。

 明日は早起きして福井県へ向かいますが、移動日なので大阪経由で特急雷鳥か特急サンダーバードに乗ろうと思っています。明日は福井泊まりなのです。明けて28日に講演が終わると大阪経由で広島県尾道まで帰り尾道へ一泊します。日曜日には青少年関係の講演が終わると、迎えに来るであろう妻と落ち合いしまなみ海道を渡って帰途に着きますが、少し長めの小旅行です。

 既に荷物もまとめていて、少し大きめのバッグに着替えや木になるカバンを入れていよ上灘駅から出発します。風邪の調子が少し気になりますが、昨日は大分から帰ってぐっすり寝込んだので熱もなく順調なようです。昨日も着慣れぬコートを持って行って、あいにく忘れるところを引き返して難を逃れました。今度も長めの旅なので、忘れものだけはしないようにしたいと思っています。

 私への御用の方は携帯電話をONにしておきますのでご連絡ください。ただし公共交通機関に乗って移動している時はマナーモードなので後ほど掛けさせていただきます。

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○旬の本場物

 季節は巡って秋の取り入れが終わるころなのか、全国各地の知人友人から様々な味覚が届くようになりました。わが妻はその度ノートに貼られた送り中をはがして整理をするのですが、北は北海道から南は沖縄までバラエティに富んでいて、狭い日本といいながら東西南北に長い日本を実感するのです。 

 一番北の北海道からはジャガイモ、カボチャ、メロン、シシャモが届きました。シシャモ以外は四国でも、ジャガイモやカボチャはわが家でも季節によって家庭菜園で少量ながら出来るのですが、どこか味が違うのです。送られてくるジャガイモは男爵が主なので、カレーや煮物に使いますが、送られてすぐだと塩茹でにしてバターを落として食べるとシンプルながらジャガイモのホコホコした味が口いっぱいに広がり、訪ねた北海道の広々とした姿が連想されるのです。

 一昨日届いた信州長野のリンゴもその味がどこか違うのです。わが家ではリンキャベと称して毎日毎朝リンゴを食べています。ゆえに買物に行くとスーパーなどでリンゴを買って食べるのですが、長野県から届いたリンゴはこれまた本場物だけあって、蜜が入っていたり、少し酸味があったりして歯触りも違うようです。私は本当はこのリンゴを皮毎被りついて食べたいのですが、消毒をしているかもしれないという妻の配慮から皮を剥いて食べていますが、そんなことより皮目の栄養の方が価値があるのではないかと思い、妻のいない時は綺麗に洗って皮ごと食べるようにしているのです。

 リンゴも改良が進んで色々な種類が出回っていますが、私はどちらかというと国光系の昔ながらの酸味が強いリンゴの方が好きなのですが、青い空をバックに真っ赤なリンゴが実るリンゴ畑をイメージしながら食べると、かつて訪れた長野や青森の光景が目に浮かぶのです。

 昨日届いた長野県南牧村の長いもはこれまた食べ方が色々で、すりおろしてお好み焼き風にして酢醤油で食べると格別でした。

 それらに交じって昨日東京からはお洒落なお菓子が、宮崎からはお酒が、また茨木からはブルーベリー酒が送られてきました。深い付き合いでもないのに私へ届くその土地の食べ物や飲み物を見ながら、その人たちの顔を思い出しつつ味わっている所です。

 最近県民ショーなる番組が登場しました。みのもんたさんの番組ですが、この番組で紹介される食べ物は想像を超えた地域独特のもので、妻はその番組を録画して暇を見つけては何度も繰り返し見ているようで、私も時々見ます。その地域には地域のまさに食文化というにふさわしいものがいっぱいあるようです。私もまるで旅芸人のように毎日全国を回ってそれらに出会うのですが、送られてくる品物の数々は、妻の配慮でみかん海産珍味に化けて送り返されますが、荷物の届いた相手もまた私や四国のことを思い出しながら味わっていることでしょう。


  「各地から 旬といわれる 食べ物が 人や土地など 思い出しつつ」

  「適地には 適地の味が てんこ盛り 旬を食べれる 俺は幸せ」

  「あちらでも 私のことを 思いつつ 荷造り送る 空気も入れて」

  「実はねえ 送られし物 おすそ分け 相手のことを 言いつ手渡す」

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○杵の調達ができました

 一昨日、私と年輪塾生第一号の浜田さんが人間牧場で板間のワックスかけを終えて帰る途中、私の農地を貸している稲葉さんの農園に立ち寄りました。というのも浜田さんと清掃中稲葉さんは、12月19日に使く薪を段ボールに2つも持参してくれたのです。かまどに入る少し短めの薪ですが、餅つきだけに使うのは勿体ないようなので、これから冬場の薪ストーブの焚きつけにも使おうと思っています。稲葉さんの農地も随分様になって、唐辛子などは大豊作で、私にも鷹の爪のおすそ分けを随分いただきました。残念なことにサツマイモはイノシシの被害にあったようですが、その後地に秋植えのジャガイモを作付したようですが、今のところ順調に育っているようで、少し安心しましたす。

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(和田さんが届けてくれた杵2本)

 

 昨日西田さんと一緒にわが家にやってきた亀本さんは、清水さんとの約束通りもち米を持ってきてくれました。また私が豆腐が大好物ということを覚えていた西田さんは、田処の堅い木綿豆腐を沢山持ってきていただき、お礼のしようもないほど物が集まって来るのです。

 そして一昨日待望の杵が2つわが家に届きました。高知県四万十市西土佐の旧友であり年輪塾生の和田修三さんが遠路はるばる届けてくれたのです。和田さんは先日立派な二段重ねの臼を用意し、山間米まで持ってきてくれましたが、大河内さんの丸いセイロ、和田さんの臼と杵、稲葉さんの薪、亀本さんのもち米と一通り全て揃いましたので、12月19日には盛大に餅つきをしたいと思っています。またギノー味噌の社長さんも連絡を取ったところ来るそうなので、ギノー味噌で美味い味噌汁を作り、ご飯を炊いて漬物と人間牧場特製の梅干しくらいで、日本食文化を楽しみたいと思っています。

 こうして「かまどが完成した」「ご飯を炊いて食べたい」「餅つきをやりたい」などと、ブログや年輪塾ネットに書き込むと、誰彼となく連絡が入り、色々なものが調達できる情報の共有は凄いことだと、今更ながらインターネット時代の便利さを垣間見ました。もし私が下手だから、習ってないからなどとパソコンをいじっていなかったら、こんなことはなかったのですから、双方向性の情報を享受できることを喜ばなければなりません。

 私のパソコンも今のところトラブルもなく順調に情報の発受信をしてくれています。ただこのところ私のスケジュールが詰まり過ぎて、パソコンに触る時間が制約されていることが難点ですが、今までのように何が何でもと気張らずに、肩の力を抜いてパソコンと向かいあって行きたいと思っています。

 明日から4日間ほど鳥取、福井、広島と連続して県外へ出るためブログも疎かになりますが、ご了承ください。

  「臼と杵 はるばる遠い 高知から 車に乗って えひめ嫁入り」

  「餅をつく 書いたお陰で 何もかも 心許せる 友より届く」

  「学校で 習わないのに パソコンを 独学やっと 使えるように」

  「さあ出来た 後は当日 待つのみか 餅つく姿 夢に描きつ」 

 

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○わが書斎にストーブが入りました

 昨日は私にとって寒い一日でした。というのも体がぞくぞくして、少し風邪気味かな?と思った矢先、体温が急に下がるような気分になりました。風邪の症状に似ているので、今日は室内で過ごそうと決意し、倉庫からストーブを取り出して油を入れ、今年初めてストーブを入れました。8か月ぶりに出会った赤々と燃えるストーブで暖を取りながら、ブログ2本と締切間近な3本のエッセーを書き、それぞれの場所にメール発信してモノ書きは順調に終えました。

 室内で過ごそうと決意しても来客対応や荷物の発送、手紙の発送などで郵便局へ出向いたり、夕方には親類の漁師さんから魚を取りに来るように電話があり、昨日の夜は妻が仕事の回りなので留守とあって、結局はトロ箱2つの魚の処分をしなければならず、折から降り出した雨の中を魚を配ったり、外の流し台で魚を粗こしらえをしたりして、結局は風邪の症状を悪化させるようなことばかりしてしまいました。

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 夕方7時30分に妻が帰ったのでバトンタッチし、食事の後妻の風邪薬を貰って飲み、早めに床へ着きました。実は今日大分県、明日は鳥取県、自宅へ帰らず福井県、帰りに広島県と、今月末はまだ京を含めて4つの県へ出張しなければならないのです。ゆえに風邪など引いておれない忙しさなのです。

 今朝4時に起床しましたが、昨晩飲んだ薬が効いたのか熱もなく、まあ何とか旅に出れそうなのです。今日は一旦家に帰りますが、少し遅くなるかもしれません。

 以上のように書いて時間になったので出発しました。今朝7時前に伊方町三崎のフェリー乗り場に着きました。三崎発佐賀関行きのフェリーは7時30分なのです。昨日の雨が多少残っていましたが、フェリーに乗船し佐賀関に着くころには雨も上がって晩秋とは思えない暖かい朝を迎えました。船着き場には大分県ツーリズム協会の田中次長さんがお迎えに来ていただいていて、同乗して海岸線を佐賀関~臼杵~上浦まで約1時間ほど走りました。前回大分でお世話になった里の駅連絡会の河本副会長さんが店長を勤めるお店が会場でした。一度ならず二度までも出会う河本さんとはすっかり馴染みとなって、大入島の奥さんたちが多数詰め掛けた中で約1時間ばかり講演をさせてもらいましたが、奥さんたちも河本さん同様すっかり意気投合して昼食懇談では私の名刺を乱発してしまいました。コートを忘れて引き返したため、河本さんがスピードを上げて佐賀関まで送ってくれたものの、タッチの差で一便遅れましたが、長閑な豊後水道の船旅も心地よい眠りや読書で久しぶりにいい旅となりました。

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(参加した大入島の皆さんたちと再開を約束しました)

  「講演を 聞いた後の 食事会 名刺乱発 親密関係」

  「船旅は のんびり昼寝 読書して ああ長閑なり 忙中閑あり」

  「三崎から 豊後水道 ひとまたぎ 僅か時間で 異国降り立つ」

  「看板に 大友宗麟 墓地とある いつかは訪ね 歴史ひも解く」

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○塾生と二人で水平線の家の大掃除

 昨日は年輪塾塾生の浜田さんがやって来て、人間牧場水平線の家の掃除を手伝ってくれました。浜田さんは私が人間牧場を開設するという話しを聞いて、私の門下生になりたいと志望した人です。まだそのころは人間牧場で人材の育成をしようというかすかな希望はあっても人間牧場の構想実現が最優先であって、年輪塾を開くなどという具体的な話にまでは踏み込む余裕すらなかったので、とりあえず預かりという形でした。その後清水さんと二人で話あった結果年輪塾構想がまとまり、私が塾長、清水さんが塾頭、米湊さんが大番頭、松本さんが小番頭という布陣で年輪塾がスタートし、浜田さんは晴れて年輪塾塾生第一号となったのです。浜田さんは読書家です。彼に出会って年輪塾塾生たちは読書の必要性を痛感し始めましたし、宮本常一に焦点を当てたこの2年間の学習の成果は彼の力に負うところが大きいのです。

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(土山地蔵尊のお堂)

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天井にはめ込まれた般若心経の掲額)

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(壁に吊るされた手繰りの石の掲額)
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(昔は根上がりの松がありましたが松くい虫の被害で枯死しました)
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(人間牧場が目指している手繰りの石の石垣)
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(天然記念物のシイノキの大木)

 浜田さんはウォーキングを趣味としているため、車に乗るのですが週末などはあえて列車に乗ってやって来ます。自分が小さいころ下灘に住んでいたこともあって折に触れ下灘を歩き、今では下灘を歩くコースを探るなど、面白くも変わった行動を取っていますが、昨日は車で登った私と歩いて登った彼と人間牧場で落ち合い、かつてフロンティア塾で使っていた石油ストーブを内子の大野さんから譲り受けていたので、掃除をしたり手入れをしたりして午前中を過ごしました。午後は浜田さんが考えている下灘のコースを歩いて見ようと言うことになり、二人で時間を計りながら池久保のお地蔵さんまで行きました。

 天気も良く、久しぶりのお地蔵さんは長閑な田舎の風情を堪能させてくれました。地蔵さんのお堂の中は天井に般若心経の掲額がはめ込まれ、すっかり見違えるようになっていました。池久保出身の中嶋都貞さんの寄進だそうですが、文字は本村にある慶徳寺の山口住職さんが書かれたそうです。

 手繰りの石垣を模写した掲額やお堂の周りの石垣、天然記念物のシイノキなどを見学しひと通りの散策を終えて牧場まで引き返しました。

 その後、二人で水平線の家の荷物をウッドデッキまで出し、板間にワックスを塗りました。二人でやったので30分ほどで作業を終えましたが、ワックスを塗ると水平線の家も見違えるように綺麗いなりました。家はやはり手入れ次第で綺麗になるものです。年末までには板壁や柱や天井もワックス処理をしたいと思っていますが、思いつけば仕事ははかどるのですが、あれやこれやと雑事が入り中々思うようにははかどらないものです。今一番やらなければならないことは作業小屋の片づけです。みかん小屋が潰れたのでとりあえず引っ越ししているキャリーを片づけなければなりません。キャリーも昔のようにみかんの貯蔵で使わなくなったので、処分しなければなりません。焼却処分することは出来ないので、小割りにしてプラスチックゴミとして処分しなければならないのでしょうが、冬の間に片づけたいと思っています。冬といえばもうそろそろクヌギの紅葉の時期になりました。葉が落ちれば宮栄公民館長さん宅のクヌギも切り倒して薪にする作業も始めなければなりません。今年の冬は予想以上に忙しい作業が待っているようです。

 ワックスが渇くまで移りゆく秋の季節を楽しみながら色々な話をし、帰りに稲葉さんの農場を見学して帰ってきました。


  「ワックスを 板間に塗って 磨き込む 一年間の 汚れ落として」

  「塾生と 二人羽毛持ち 中腰で 話しながらも あれやこれやと」

  「また次の 夢が膨らむ 文殊知恵 落伍とウォーク 束ねてやるか」

  「10年も 眠り続けた ストーブを 磨いて火入れ 新たな火種」 

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○孫朋樹の誕生日

 11月23日は勤労感謝の日で国民の祝日です。7年前のこの日、私たち夫婦にとって初めての孫が誕生しました。私はあいにくお産に立ち会うこともなく講演のために新潟へ向かう上越新幹線の車内にいました。孫誕生の知らせは越後長岡辺りを走っているころ妻から携帯電話で第一報を受け、縁もゆかりもない周りの乗客から祝福の拍手を沢山いただいたことを覚えているのです。

 早いものであれから7年の歳月が矢のように過ぎ去り、孫朋樹は順調にスクスクと育ち、今では小学校一年生となっているのです。小さいころから娘が勤めていることもあって、私たち夫婦も何かにつけて面倒を見てやり、私の良き相棒となっていたのですが、二年前に弟尚樹が生まれ、朋樹は近所に友だちが沢山できたため愛撫う役はむしろ尚樹の方に移って、最近は学校へ行っていることもあってご無沙汰加減なのです。それでも今年の夏はわが家の低鉄棒で逆上がりができるようになったり、自転車にも乗れるようになったり、それなりの手助けをしてきました。

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 私が茨城県桜川市へ出張していた留守中に止まりに来ていたため、帰宅後一日早い誕生パーティをすることになりました。一六に頼んでいた小さなバーズデーケーキを取って帰り、食卓の上に置いてローソクを7本立て、灯りを消してローソクの火だけにしました。

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 やがてみんなでハッピーバーズデーツーユーの歌を歌い、朋樹が一気に息を吹きかけローソクの火を消しました。5人の拍手に朋樹は嬉しそうでした。また言葉を覚えた2歳の弟尚樹も「おめでとう」と盛んに拍手を贈っていました。
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 自分の加齢で衰え行く体力に比べ、孫の成長はまるで雨後のタケノコのように日増しに成長してすっかり逞しくなってきました。それはヒナ鳥が巣立ちをするのと同じようで、私たちや親の元から離れて行くのと同じで、少しさみしい気もしますが、動物とはそのようなものなのです。

 昨日は誕生日に合わせて二段ベットを買ったらしく、いつもなら夕方食事をして帰るのにさっさと引き上げて帰って行きました。お父さんと二段ベットを組み立てたらしく、夕方電話で嬉しそうな弾んだ声が電話の向こうに聞こえていました。昨晩は二段ベットの上でどんな楽しい夢を見たのでしょう。


  「孫朋樹 七歳誕生 わが家にて ケーキ火をつけ みんなで祝う」

  「逆上がり 自転車だって 乗れるよう 日々逞しく なりて嬉しや」

  「七本の ローソク一気 吹き消して 拍手まんざら はにかむように」

  「よし俺も 孫の成長 負けぬよう 空元気だし 腕をまくりぬ」

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