shin-1さんの日記

○今朝から岬半島の伊方町へ向います

 三崎半島へ行くのは、国道378号(夕やけこやけライン)を通り、瀬戸内海側と宇和海側を貫通する八幡浜市ゴゼ峠の長いトンレルを抜けて国道197号(潮風メロディーライン)を走るのが一番の近道です。昨晩えひめ地域づくり研究会議の事務局を務める松本さんから電話が入り、一緒に行こうと誘ってくれました。「じゃあ9時に自宅で」約束しました。センターの松本さんと坂本さんが9時少し過ぎに迎えに来てくれました。早速車に乗り込み、12時までに会場に着くよう逆算し、3ヶ所を見学しながら目的地を目指しました。

 まず最初は大洲市長浜町の今坊にある慈光寺を目指しました。国道378号を左に曲がってJRの高架橋の下をくぐり、山道へと差し掛かりました。何度か来た道ではあっても狭い道なので慎重に運転して昇って行きました。田舎らしい風情や海に突き出たようにポツンとある喜多灘小学校を横目で見やりながら、幾つもの分かれ道を、手づくり看板を目印に辿ってゆくと、山の中腹にお寺が見えてきました。何年か前に来た時は古くなったお寺の印象を持っていましたが、何と1ヵ月前に普請が終わったまるで湯気の出るような新築のお寺でした。

 久保さんという住職さんの兄弟が津島町の住職をしていることもあって、福祉の集会で頻繁にお会いをしていましたが、今は津島がすっかり遠のいていますが、この慈光寺はイチョウとハゼもみじの隠れた名所で、季節柄どうしても松本さんや坂本さんを案内したかったのです。いい思い付きでした。イチョウもハゼも今が見ごろで、すっかり紅葉した姿は、山寺ともマッチして絵になる光景なのです。今は別棟を新築中でしたが、出来上がった暁には是非再訪したいものだと思いました。幸い住職さんもいて立ち話をして去りがたい気持を残してその場を去りました。

 その後旧長浜町の商店街を走り、肱川にかかる赤橋を見ました。最近塗りなおしたのか幾分赤味が消えて赤黒く感じたのは光のせいでしょうか。それでも周囲の山々はすっかり色づいて、河口に新しく出来た近代的な長浜大橋と対比するのもいいものです。そういえば長浜町には色々と特長あるものが多いようです。肱川といい、国宝沖浦観音といい、金山出石寺といい、水口さんの日本海老根園といい、色々な素材が存在しています。残念ながら合併してその色を生かしたまちづくりは遠のいた感じがしますが、白滝のもみじだって立派な観光資源なのです。さらに草深い山道を経て土佐藩を脱藩した坂本龍馬が小船で山口県に向った記念すべき海上ルートの拠点なのです。大洲藩船いろは丸にまつわることも多く、私だったらとまるでかつての坂本龍馬のように胸をときめかせるのです。

 私たち一行は夕やけこやけラインを西に向ってひた走り、磯津に出ました。ここはもう合併して八幡浜市なのです。国道沿いの海を見下ろす小高い丘の上に銅像が建っています。この辺りを通る度に一度は訪れたいと思っていましたが時機を逸していましたので、今日は思いきって車から降りて記念公園と書かれた急な坂道を登り丘へ駆け上がりました。瀬戸内海に向って建っている銅像はシーボルトの愛弟子二宮敬作の顕彰銅像なのです。

 眼下に広がる瀬戸内の海は穏やかで空の青が見事にマッチしていました。先人はこの海を見て何を思ったのでしょう。

  「山寺を イチョウとハゼが 彩どって 行く秋惜しみ 一葉散り落つ」

  「赤橋と 並んで架かる 大橋を 通っていつも 無視して走る」

  「敬作は この地に生まれ 偉業成す われも瀬戸内 何を残すか」

  「気が付けば わが住む町は 明媚なり この地に住める 喜び感じ」

 

 

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