shin-1さんの日記

○子育て講演会

 来年一年生になる子どもを持つ親を対象にした子育て講演会に招かれました。最近は修学前の説明会や身体検査をする日に、講演会をする学校が多くなりました。子どもが学校へ上がる前にどういう子どもの育てたいか夢を描くための予備知識なので余り難しいことは語らないつもりでしたが、熱心で素敵なお母さんの集まりとあって、余り関係はないと思うのですが理髪店で散髪までする熱の入れようで、たっぷり1時間30分しゃべりました。

 講演会が終わって子どもの手を引いて帰る何人かのお母さんたちに立ち話インタビューを試みましたところ、午後1時30分からの講演会にもかかわらず、面白かった。ためになった。眠くなかったそうです。私としては嬉しい回答でした。

 今日の学校は私たちの町の小学校から比べたら月とスッポンくらい違う千人弱の大規模校で、顔見知りの校長先生は子どもの名前を覚えられないと嘆いていました。私自身も学校の何処が正面玄関なのか裏口なのか校内で迷いましたので、子どもに職員室は何処か聞いたところ、わざわざ連れて行ってくれました。子どもは小さい頃こんなに優しいのに、教育を受けて大きくなったら何で悪くなるのか不思議でなりません。

校長室での雑談話題を二つ、ひとつは学校で何を学ぶかという話です。勉強といえば簡単な答えでしょうが、現代の子どもは知識だけを吸収し人間的感性は二の次のようです。子どもを茶碗に置き換えて考えてみましょう。もともと人間が人間たるゆえんは知識と感性が半々の双魚図で茶碗の半分は知識、もう半分は感性であるべきです。しかし学力テストによって外国と日本、県と県などの成績が公表されるとやれ学力が低いと騒ぎ立て、結果てきにはやっと定着し始めたゆとり教育など、忘れていたかのように消されてゆきます。教育は国家百年の体系で右往左往すると混乱するだけで終わってしまいます。要はだれも子どもの結果に責任を持とうとしないということです。

 もうひとつの話題は校長室にかかった掲額についてでした。何処の学校の校長室にも偉い人物の書いた掲額がありますが、広瀬淡窓の「鋭きも 鈍きもともに捨てがたし きりと槌とに使いわければ」は味わい深く、ついつい紙の端にメモして帰りました。教育の現場では使えそうです。

 

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