人間牧場

〇間もなくツバメの巣立ち

 わが家のコンクリート造車庫の内側軒先にツバメの巣が2つあります。いつの頃南の国から飛来して、巣の中に納まったのか定かではありませんが、最近車庫の中に前向きに入れた自家用車のトランク付近に、やたらとツバメの糞が付着して、汚い思いをしていますが、これも子育ての間だろうと見てみぬふりをして我慢しているのです。それでも昨日は出かける時、さすがに余りにも見苦しいので水洗いをして、糞を取り除きました。これを「ウン(運)がつく」と思えばポジティブ、「ウン(運)のつき」と思えばネガティブになるので、できるだけポジティブに考えようとしていますが、糞をほおっておくと塗料が変色し始めるので、時々掃除をしなければならず、やはり少し煩わしい感じもします。

車庫の軒先に作ったツバメの巣

車庫の軒先に作ったツバメの巣

 ツバメは春の彼岸のころにやって来て、彼岸のころ旅立つため、約半年は雨が降ろうが風が吹こうが、無用心ながら車庫のシャッターを開けておかなければなりません。ツバメは働き者で、巣作りが終れば卵を産み、卵を温めてふ化すると生まれた子ツバメに、雨が降ろうが日が振ろうが、朝早くから夕方までせっせと餌を運び続けるのです。この時期の子ツバメはもう既に大きくなって、親ツバメが巣の近くに帰ってくると、わが身を乗り出し、大きな口を開けてチュウチュウ鳴きながら餌をせがむのです。
 やがて数日もすれば親鳥が電線に止まって見守る中、子ツバメの飛行訓練を経て巣立ちとなるのです。何の変哲もない自然の営みですが、ツバメの子育てを見るにつけ、人間が忘れつつある親子の人間関係や子育てのあり方について、考えさせられることが多いようです。

 ツバメはその家に不幸のある年は来ないとか、ツバメの巣立ちは大安の日等と昔から言われていますが、本当かどうか分りません。何年か前本当に大安の日に巣立ったのを一度だけ確認したことがあります。94歳の親父は、「今年もわが家にツバメが巣作りしたので、わしも今年いっぱいは死ぬまい」などと軽い冗談を言って、私たち家族を笑わせています。
 私たちの日々の暮らしは、毎年どこからともなくやって来て、どこかへ去って行くツバメのように、何げなく過ぎて行きます。ああもう7月、今朝は梅雨明けを思わせるように空は青く晴れ渡り、暑い日ざしが照り付けています。今日もこのままだと巣立ち間近なツバメのように、何げなく過ぎて行くことでしょう。

  「軒先に ツバメ巣作り いつの間に 子ツバメ孵り 巣立ち間もなく」

  「大安に 巣立ちのツバメ 今年こそ 確認したい 忘れてしまう」

  「不幸ある 家にツバメは 来ないそう 親父安心 納得しつつ」

  「運がつく そう思ったら 糞もまた どこか嬉しい 考えようで」 

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