人間牧場

○富田香代子さんからの手紙(第3弾)

 「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い 姓は車名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します」とは、ご存知「男はつらいよ」のシリーズ映画に出てくる、渥美清さん演じる寅さんが必ず使う名セリフの啖呵です。「大和の国が富士ならば、一富士二鷹三茄子・・・」などなど、大道商売をする人が客寄せのために語る啖呵は、「江戸っ子、神田の生まれ」と言わんばかりの気風のよさと、小気味よい流暢な節回しで、見る人を夢の世界へ誘い込むのです。
 そんな言葉と寅さんの似顔絵を染め抜いた日本手ぬぐいが、達筆な手紙とともに昨日私の手元に送られてきました。8月8日付け読売新聞「駅前模様・JR予讃線・下灘駅」の記事を読んで数日前、「下灘駅 元双海町役場職員 若松進一」という、いとも面白い私宛宛名で届いた手紙の主富田香代子さんからの手紙に入っていたものです。

富田香代子さんから送られてきた寅さんグッズの日本手ぬぐい

 下灘駅に寅さんがやって来たのは昭和52年(1977年)、当時私は双海町役場で広報を担当していました。寅さんがロケにやって来るという噂話を聞き、カメラを持ってロケ風景を撮りに行きました。ロケをしている山田洋次監督にお願いして寅さんの写真を撮らせてもらいましたが、その時寅さんから返ってきた言葉は、「やあ」が3回だけでした。その逸話は平成23年7月19日発行の、「寅さんDVDマガジン」V0l.14で詳しく紹介されていますが、今回富田香代子さんから送られてきた日本手ぬぐいは、お盆月ということもあって、あの世に逝った寅さんからの贈り物では?と思ったりしました。

私が広報マンの時撮影した下灘駅の寅さん映画の撮影風景

 しかし富田香代子さんの達筆にして筆まめさには驚かされています。しかも内容が濃くて、私が返信した便りに、私が毎日書いているブログのコピーを同封したところ、早速質問が何点か記されていました。
 私はつたないながら五行歌をやっていますが、「五行歌って決まりがあるの?」が第一の質問でした。私も始めてまだ間がないので、詳しいことは分かりませんが、俳句のような季語や季題もなく自由だそうです。五行の短文で表現する自由律詩のようなもので、種田山頭火を連想するといいのかも・・・。私は自分で勝手に「笑売啖呵」という短歌風(5・7・5・7・7)31文字にこだわって、毎日ブログ1本の巻末に4首の笑売短歌を作っていますが、これもある意味五行歌なのです。

 第二の質問は、予讃線沿線の景色と愛の関係についてです。下灘駅も夕日も花も全て「愛」と結びついています。私の持論は「人でも仕事でも愛する所に集まってくる」です。ゆえにこれまでの30年に及ぶ私のまちづくりの物語は全て「愛」がキーワードのような気がするのです。故に青春18キップのキャンペーンポスターに3度も紹介されたり、下灘駅や夕日や花に人が集まって来るのです。第三は柴又帝釈天と寅さんです。第19作目のマドンナは未亡人を演じる真野響子さんでした。
 たった一つの読売新聞の記事が取り持つ縁とでもいうのでしょうか。富田香代子さんからの便りには、どこか懐かしい私の記憶を見事に蘇らせてくれました。このブログも今日あたりプリントアウトしてお頼りに添えたいと思っています。富田香代子さんは一体どんな素敵な女性なのでしょうか。

  「寅さんを 染めた手ぬぐい 便り添え 送られ嬉し 盆過ぎの夕」

  「手ぬぐいの 寅さん元気 久しぶり 死んでいるゆえ 歳もとらずに」

  「柴又へ 一度は行きたい 思いつつ 夢叶えずに 今の今まで」

  「新聞の 記事が取り持つ ご縁にて 素敵な女性 便り友なる」

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