人間牧場

○使えるようになった携帯電話

 妻が誤ってズボンのポケットに入れたまま、洗濯してしまった携帯電話は、息子に頼んで手続きを終え、電話の機種も電話番号も元のまま、新しくなってわが手元に帰って来ました。お盆を挟んだこの3日間は携帯電話に追いかけられることもなく、のんびり過ごしましたが、携帯電話がないと何かにつけて不便で、あらためて自分の日々の暮らしの中で、携帯電話がいかに役に立っているかということを、思い知らされました。携帯電話に記憶させていた電話帳も無事新しい携帯電話に移し替えてくれていて、ホッと胸を撫で下ろすのです。


 私が携帯電話を持つようになったのは、そんなに古い話しではありませんが、携帯電話にアンテナのような棒が内蔵されていて、それを引っ張り出して通話していたのですから、スマートフォンが主流となった携帯電話は偉い技術革新が進んだものです。三男がテレフォンカードを集めていた時代もそんなに古くはないのに、テレフォンカード等もう何年も使うこともなく、机の引き出しにしまったまま忘れ去られようとしています。やはりこれも時代の流れなのでしょうか。

 私はメールをパソコンでするため、携帯電話でのメールは余程のことがない限りしません。たまに旅先へ向かう途中手持ち無沙汰な時、車窓を眺めながら思いつくままにメールを入れ、知人に近況を報告したり、時には旅先の感想をショートなコメントにして送るのです。メールに馴れている相手からは、即座に返信が帰ってきますが、私はその返信に返信する余裕もなく読み過ごしてしまうのです。それにしても現代は携帯電話でメールする人が沢山見受けられます。電車の中は勿論のこと、時には自転車に乗って、あるいは歩きながらメールをしている人を見かけますが、危なかしいものです。

 先日大阪へ出張した帰り、瀬戸大橋の上で瀬戸内海に沈む綺麗な夕日を見ましたが、車内の人はその感動的な光景にも気づかず、ただ黙々と携帯電話でメールを打ち続けていました。日本の若者の全てが携帯電話に夢中になって、本など読まない時代がやって来ました。何とかしないと日本人は本を読まない軽薄な人間になってしまいはしないか心配です。「そんなことあんたが心配してもどうにもならない」と言われそうですが、便利は不便の始まりです。過ぎたるは及ばざるが如しの例えのとおりでしょうか。

  「同じ機種 同じ番号 携帯が 手元に戻り ホッと一息」

  「携帯の 機種を変えたら 如何かと 勧められたが 首立て降らず」

  「携帯と パソコンなくば 手も足も 出ない現代 そろり卒業」

  「携帯に 気を取られつつ 時過ごす なくすることも 多いと気づく」

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