人間牧場

○チェンソーアートと竹細工

 最近は田舎暮らしがブームで、都会の暮らしに疲れた人たちが田舎のあちこちに住みつき、様々な活動をしています。「退職したら百姓でもして田舎でのんびり暮らしたい」と思っての人、「テレビや新聞で紹介されているような、自然を友とした楽しい田舎の暮らしがして見たい」と思っての人、はたまた「農業で生計を立てたい」と就農を決意した人などその考えや行動はまちまちですが、いずれの人も田舎に新しい風を吹かせてくれる意味では大歓迎なのです。
 しかし田舎をユートピアだと思ってやって来るものの、簡易水道や農道の維持管理、コミュニティ組織の役割や活動参加などなど封建的とも思われるしきたりに馴染めなかったり、農業の厳しい現実についてゆくことが出来ず挫折したりする人は、水面下には意外と多いようです。

 私のところへも、「海が見えて、夕日が見えて、家の横に農地があるような空き家を探して欲しい」と仲間を通じて相談が舞い込むのですが、そんな夢みたいな場所は草々あるものではなく、ましてや農業で飯が食える新規就農となるとそれ相当の覚悟がないと夢と現実の大きなギャップに足元をすくわれ、人生までも駄目にしてしまうことだってあるのです。
 私は常々「遊びの農業は楽しいが、飯を食わなければならない農業は厳しい」と言っています。定年で仕事を終え、相応の預貯金を持ち年金で暮らせる人が、田舎に入って遊びでやる農業は楽しいものです。週末には都会の仲間が遊びにやって来て、野外パーティをしたり時には小旅行に出かける姿も見かけるようになりました。これこそ西田敏行さんと菊池桃子さんがテレビでやっている「人生の楽園」なのです。カラスやイノシシ、ハクビシンに襲われても、仕方ないと諦めればそれで済むのですが、農業で生計を立てる人にはそれはもう死活問題なのです。農薬や化学肥料を使わない安心安全な農業をと意気込んでも、ホウレンソウや小松菜などの軟弱野菜等は虫が食ったら売り物にならないのです。

チェンソーアートのフクロウの置物

 先日親友である大洲市田処の亀本幸三さんから面白い形をしたフクロウの木彫り置物をいただきました。早速家の玄関の靴箱上に飾っていますが、妻が趣味で集めているフクロウの置物の中では多少大きいため目立ち過ぎるほど目立っています。聞けばこのフクロウの木彫りは何とチェンソーアートだというのです。テレビではその彫刻風景を見たことがありますが、手に取ったのは初めてで、こんなきめ細かい作業がチェンソーで出来るのだろうかと思うほど精巧な出来栄えなのです。
 都会から田舎にやって来る人の中には、一芸を持った人が何人もいて、絵や書を書いたり、草木染、アートフラワー、木彫、陶芸、ブロガー等時にはその質の高さに目を見張る事だってあるのです。そんな一芸に秀でた人が集落に入ってくると、異文化ギャップで新しい風が起こるのです。安心安全に胡坐を書いて急激な変化を望まない田舎人の心情を大いにくすぐるのですが、私は田舎人に「人生とは何か」とか、「人生は楽しむためにある」ことを知らせる意味では、こうした革命が必要だと思っているのです。

微妙な感覚で竿の先に止まる窪田先生が作った赤とんぼ

 ふと元校長先生だった窪田公博さんが竹細工で作った赤とんぼを思い出しました。当時百個もいただいたのに、手元にはもう1個しか残っていません。人間牧場へやって来た人たちが欲しがり半ば強引に持ち帰ってしまったのです。早速窪田先生に在庫はないかと相談し、近々持ってきてくれる相談がまとまりました。まるでやじろべえのような不思議な平衡感覚で竿の先に止まるとんぼの竹細工も、当時は異文化ギャップと感じていましたが、時とともに忘れ去られようとしています。
 もう一度窪田先生の竹とんぼや垂直に空高く上がる竹トンボの作り方教室を人間牧場で開いてみたいものだと思い始めました。

  「遊びなら 田舎暮らしは 楽しいが 飯喰う田舎 かなり厳しい」

  「チェンソー 間伐材で フクロウの 置物作る 凄いと感心」

  「何年か 前に校長 赤とんぼ 作った姿 思い出しつつ」

  「楽しさを 見せびらかせて 生きている 田舎者ゆえ 俺は楽しい」

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