shin-1さんの日記

○第10回総理府派遣青年の船班長会の皆さんが愛媛県に集う

 もう32年も前の出来事です。昭和51年6月は私にとっても、今回愛媛県に来られた21人の皆さんにとっても忘れられない記念すべき年なのです。それは全国から選ばれた多くの日本青年、それにアメリカ・メキシコの青年を乗せたにっぽん丸が、建国200年のアメリカへ向けて旅立った思い出の日々なのです。

 「太平洋新時代に架ける橋」「青年の復元力を」をテーマのこの旅は、当時30歳だった私の心に大きな恩恵をもたらしたことはいうまでもありません。「もし私がこの青年の船に乗らなかったらどうなっただろう」と思うと、余りにも大きかった影響にただただ驚くばかりです。あれから30年間、当時の船の運営に深く関わった班長30名が組織した班長会は、多くの人の熱意によって団員を巻き込みながら今日まで延々と開催し続けてきたのです。残念ながら私はその30年間に僅か1回しか参加せず、仕事が忙しかったなどと言い訳しているものの、除名されても仕方がないような不義理をしてきたのです。

 ところが前年の集会で、「来ないのなら出かけてやろう」と、欠席裁判ともとれる痛いお仕置きをいただき、有無を言わせず愛媛県での開催が全会一致で決まったのです。据え膳食わぬ訳にもいかず、はてさて困ったものだと思いしぶしぶ本田班長からの電話で、受諾してしまったのです。

 昔の若いころならいざ知らず、通知を出したりホテルを予約したりする作業は、さすがにこの年齢になると煩わしく、悶々の日々となりました。6月には丸印の付いた方々に第一便の通知を出し、8月には第二便で申し込み依頼書を送りました。私のこれまでの行いにそっぽを向いたのか、来るハガキ来るハガキには欠席の所に○のついたハガキが帰るばかりで、音信さえ届かない人も沢山いました。それでも心ある人が遠くは岩手県花巻市の平藤さんはじめ21人も参加してくれることになりました。

 もともとこの集会は開催場所の班長が実行委員長としてすべてを仕切るのですが、愛媛には林富佐子班長さんもいるのです。しかし残念ながら彼女は現在横浜に住んでいるのです。それでも林さんは帰省を口実にして度々帰省し私の良き相談相手になってくれました。また今回の集会を手伝おうと前日から同じ班の滝田容子さんを伴って帰ってくれました。さらに愛南町内海柏に住む北原さんも駆けつけてくれてくれました。

 昨日の昼にはその準備をでき、皆さんが来る16時までは少し時間がるので、早く来た広島庄原市の松永さんを伴って歩いて10分ほどの四国88か所の名刹石手寺にお参りに行きました。こんなに近くに住みながら石手寺にお参りするのも久々とあって、境内にあるほの暗い洞窟まで見学させてもらいました。

 やがて三々五々一人また一人会場となったにぎたつ会館に参加者が集まってきました。なにせ私にとっては30年ぶりの再開ですから、自分の歳も顧みず寄る年波をまざまざと観察させてもらいました。確かに還暦を過ぎた人たちは見まがうほどになっていましたが、それでも昔の面影は懐かしく、握手の手のヌクモリガ0年の時の流れを埋め尽くしてくれたようです。

 16時から酒井班長さんの進行で会議が行われ、次年度の会議を守山市の住谷班長さんが担当することで決定しました。また3年後の2011年には兵庫で35周年の集いを、有村ご夫妻が中心になって神戸でやることも決定したのです。私も何とか出席したいと思っています。会議の後私が借りた青年の船の映画を上映しました。いきなり私や林班長、中井班長の感涙にむせぶ姿が大写しに映し出され恐縮してしまいました。また宴会の前に記念写真を撮影しましたが、その写真は夕方出来上がり皆さんにお配りさせてもらいました。


 松下副団長も相変わらず知的な笑みを浮かべて遠路出席していただき、参加者一同心からなる感謝をいたしました。皆さんの近況報告を聞いていると、現職の人、すでにリタイアしている人、再就職をした人、自由人となって悠々自適の人など様々ですが、皆さん幸せそうな人生を歩んでいられるようでした。

  「三十年 時の流れは 早いもの 人それぞれに 道は違えど」

  「久し振り 差し出す手と手 温もりが 伝わりジーンと 思わず涙」

  「少し老け 少しゆっくり 老いの道 所作や言葉に 気品漂う」

  「年とれど 変わらないのは 温かさ あいて気遣う 優し心根」  

 


 

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1 Comment

  1. 浅野長武(オサム)
    Posted 2008年10月20日 at 2:41 PM | Permalink
    SECRET: 0 PASS: 若松 さん  何とも胸が熱くなるような内容でした。 アメリカへの船出が今の若松さんに大きく影響したということは、常々聞いておりました。 そんなすばらしい仲間たちとの今も変わらぬつながり。そしてみなさんがそれぞれの立場で日本の青年のリーダーとしてがんばってこられたことに対して尊敬の念がこみあげてきます。  写真を見ましたら、独立行政法人国立青少年教育振興機構の元理事長松下さんの姿も。 本当にすばらしい方で、うれしくなりました。  楽しいブログをありがとうございます。