shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年6月20日

○立つか座るか和服か洋服か、それとも椅子か畳か

 私たち日本人の暮しも随分洋風化したもので、おばあちゃんの代名詞とまでいわれた和服を着たおばあちゃんなど、今では日常生活ですっかり見れなくなりました。先日相次いで行われた親類の結婚式や葬式でさえ、「和服の方が楽だ」と訴える人が随分多く、時代の流れを感じつつ、今に日本から和服が消えてしまうのではないかと思わせるのです。昔の人は好んで和服を着こなしていました。しかし今の若者は余程のことがない限り着ないから帯の締め方も分らず、着ないのではなく「着れない」のです。

 私が町の教育委員会で成人式を担当していた頃、本当にあった笑い話です。ある女性が美容院や親の手助けを得て和服で着飾り、成人式に出席しました。成人式は同級生の集まりで、親しい仲間と飲みに行きましたが、その女性は中学時代に憧れていたプレイボーイからの誘いに乗ってラブホテルへ直行したそうです。和服を脱ぎ捨てて束の間の愛を楽しんだまでは良かったのですが、そのうち着物を着れない事に気付き、ラブホテルにタクシーを呼び、まるで裸同然で家へ帰り親から大目玉を食らったそうで、その話は当分の間村の巷で話題となって、女性は周りから「尻軽女」と随分冷たい目で見られ、戯言の度に引き合いに出され笑いものにされました。和服を着れない悲劇が生んだ笑い話です。それ以来根強い人気があった和服の成人式が私の町では和服自粛に統一され、県下でも珍しい洋服成人式が最近まで続いたのは何とも皮肉な話しです。

 私たちの暮しも随分洋風化しました。私たちが家を新築した三十年前は、ご飯を机と椅子で食べることに随分親子で議論を交わしました。親父達夫婦は畳がいいといい、私たち若夫婦は机と椅子を主張し、若者の意見が勝ったのです。その親も4~5年後隠居の台所へ机と椅子を持ち込んだのですから、あの激論は何だったの?と妻が笑って述懐するのです。最近親類が集まった葬儀や法事なども、高齢化を反映して畳に座布団といった風潮は完全に払拭されて、足腰膝の不調を訴える伯父叔母などは、マイ椅子を持ち込むほどの用意周到さなのです。

 さて立つか座るかというのはトイレの話題です。私はまだ足腰が丈夫ですから、他所の家に行って洋式トイレに座ることに抵抗感がありますが、最近はこれも高齢化の結果でしょうかウォシュレット付きの洋式便器が主流を占めるようになってきました。最近は田舎の宿屋もウォシュレットの洋式便器があるかどうか、申し込みの段階で聞く人が増えたそうなのです。そしてフェミニズムを反映して男性の便器不要論まで飛び出し始めました。男は立ち小便、女は座り小便と昔から決まっているように思うのですがフェミニストたちは、この風習こそ差別だと息巻いています。「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性が支配的な文明と社会を批判し、それを変革しようとする思想や運動」をフェミニズムというのですが、男も座って小便をする子どもが密かに増えていることを聞いて唖然としました。確かに観光地などの男性の便器はおこぼしやタバコの吸殻で汚れ美観を損ねていますが、男性の既得権だと思っていた小便器まで否定されると、さすがの男性たちも声を上げるに違いないと思わず笑ってしまいました。

 立つか座るか、自律していない男性にはまたまた厄介なお話のようです。

  「小便を 座ってしろと 諭す親 便器汚すが 理由らしいが?」

  「フェミニズム ここまで要求 するのかと 呆れチャックを 閉めるの忘れ」

  「そういえば 昔婆さん 尻まくり 立ちションするの 見たよな記憶」

  「そのうちに チンチン不用 言うかも知れぬ 男女同権 ここまで来れば」



 

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