shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年6月19日

○小さなイノベーションを起した小さなイノベーター

 何年か前ある人がある会で私に、「あなたは小さなイノベーションを起した小さなイノベーターだ」と、夕日によるまちづくりを総括して形容したことがありました。その後各地の集会でイノベーションとか、イノベーターとかいう言葉が飛び交い、意味を辞書で調べたことがありました。

 その時辞書を引いた言葉の意味をわが防備録に書いています。それにによると
イノベーションとは、1、新基軸、革新、2、新製品の開発、新生産方式の導入、新市場の開拓、新原料、新資源の開発、新組織の形成などによって、経済発展や景気循環がもたらされるという概念、シュンペーターの用と書いているのです。

 その当時は革新運動とか革新者などと勝手に解釈し、わが自著本「昇る夕日でまちづくり」にも、「革新とは今を否定して生きること」などと戯言を披瀝しているようです。

 先日黒川清著「イノベーション思考法」という本を読みました。今までモヤモヤしていたその意味が明快に書かれているのです。

 「イノベーション」は、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが、20世紀のはじめに提唱した経済学の原理のひとつである。企業や社会は成長し、成熟するにつれて保守的になる。そしてこれを中から壊していこうとする人たちが出てこない限り、いつか必ず朽ち果てる。したがって、組織を健康的に継続するためには「創造的な破壊」が欠かせない。これがシュンペーターのいうイノベーション・セオリーの基本的な考え方なのである。

 このことについて、OAK・TREEフォレスト羅針盤で、詳しく解説しています。つまり「イノベーション」の本質は、過去の成功体験と既存権益を守ろうとする内部の抵抗をはねのけ、組織や社会の持続のために必要な変革を、積極果敢に成し遂げることにあるのです。新しいアイデアや技術的な新基軸を見つけて終りにするのではなく、それを社会に広め、新しい価値体系をつくり、新しい経済成長を呼び起こし、結果として社会全体を変えない限り、イノベーションと呼ぶことはできないのです。

 ふと、夕日によるまちづくりのことを思い出しました。確かに夕日などという新しい地域資源でまちづくりをすることは、封建的で保守的な組織や意識を中から壊そうとするのですから、大きな抵抗があることは当然のことです。それは反対という行動で潰されていく運命にありましたが、小さなイノベーターによってイノベーションは起こったのです。でもその小さなイノベーションさえも次第に過去の成功体験と既得権益となって、それをを守ろうとする人たちによって守りを固められ、ついにはマンネリの道を進んでいるのです。

 ふと、合併後のまちづくりのことを思い出しました。確かに合併は地域にとって大きなイノベーションでした。しかし3年が経った今では、旧市町村の既得権益を守ろうとする人たちの必死の抵抗によって、議会も行政も醜い骨肉の争いをしています。市町村合併は外から壊したため内部が壊れずイノベーションの失敗事例かもしれませ。

 ふと、私が務めるまちづくり組織のことを思い出しました。確かに安定成長のように見えますが、この激しい時代変革の世の中で組織を守ることに汲々として、中から壊すイノベーターがいないのです。だとしたら、身を引くことだって小さなイノベーションのような気がするのです。指導者はいかに早く去るか、いかに早く死ぬかが命題なのです。

  「ふと思う イノベーションを 起したが それを守らば 元の木阿弥」

  「さあ起そう イノベーションの 波風を 出来ない人は 去るか死ぬかだ」

  「シュンペーター 俺はさしずめ シンペーター 気概を持って も一度トライ」

  「壊さなきゃ 新しきもの 生まれない 坂本龍馬 言ってるようだ」