shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年6月9日

○送られて来た画像

 昨晩出張先の岡山県笠岡市から帰ってパソコンを開いたら、笠岡市職員の守屋さんからお礼状に添えて何枚かの画像が送られていました。私がわが家へ帰るより一足早くその時の情報が届くなんて便利な世の中になったもんだと感心しながら、その画像をブログ用500KB以下に落として、ブログの記事に利用することにしました。

 笠岡へ行く前日の夜、守屋さんから携帯電話が入りました。講演が予定されている研修会に部長さんの住民基本条例説明と担当者の協働のまちづくり説明を組み合わせるために、落語形式で統一したいとの申し出です。もとより私は落語ならぬ落伍家として芸名夕日亭大根心を名乗っているので、面白い企画だと一も二もなく引き受けましたが、落伍をするには小道具が必要で、めくりや拍子木、出囃子、扇子とタオル、座布団、羽織などなどを用意しなければならないのです。その小道具は全て人間牧場の水平線の家の備品として置いているため、急遽夜遅く8キロ離れた人間牧場まで取りに行きましたが、妻が随分不思議がっていました。最初の計画では私のまちづくり講演会、次の計画では観光カリスマ講演会、最終的には夕日亭大根心講演会と二転三転も思考の結果だと思いつつ、悪乗りに遊び心で乗ってみようと思いながら、しまなみ海道を通って片道3時間の道を走りました。

 会場となった文化会館の入り口には手作りの奇妙な看板が立っていました。私以外の出演者もみんな落語の芸名がついているのです。面白い企画についニンマリしながら真打の責任の重さに少し心が沈みました。やがてダンディーな協働のまちづくり課長天野さんの案内で控え室で談笑したり、島弁という目ずらしアナゴ飯弁当を試食したりしていると、副市長三島さんやいかにもヤクザ風の髭を生やした政策部長柚木さんがやって来て、みんな浴衣に着替え本格的に落語風の姿にお色直しをして、前座の席へ姿を消して行きました。

 会場は大入り袋を配らなければならないほどの大入りで、後ろには立ち見までいて大盛況です。いよいよ私の出番が来ました。お囃子に乗って高座に上り、さあそれから背広を裂き織の高座着に着替え、楽しい話しを90分、高座本やカンニングペーパーやレジュメも持たず、澱みなく話しをさせてもらいました。会場の設えも壁に貼った私を紹介する幾つかのポスターも全て絵になる光景でした。高知県馬路村の木下さんが仕掛けた移動寄席ライブ、兼頭さんが愛媛県上島町弓削島で仕掛けた希望の島寄席ライブ以来の楽しい研修会となりました。それにしても僅かな時間に提灯を吊ったり、ここまでやるかといわれるような準備をしている守屋さん松浦さんたちのパワフルな行動力には脱帽する以外はありませんでした。



 昨日の中國新聞の朝刊にその模様が出ていたのでしょか、その新聞の切り抜きも写真に添えられて送信されていましたが、落語風で新聞に載ったのは勿論初めてです。


 それにしても笠岡市の市役所の何とフットワークの軽いことでしょう。普通こんな企画をしても「馬鹿なことを」と一蹴されるに違いありません。この企画は多分天野課長、柚木部長、三島副市長と上がっていったのでしょうが、課長も部長も、何と副市長までもが浴衣に着替えてあいさつをするとは嬉しい限りです。人口僅か5万人余りの市でありながらも、このような遊び心で市民に分りやすい行政を心がけている姿に深い感動を覚えたのです。協働のまちづくりもまちづくり基本条例もある意味難しく話せば難しく市民は受け止めます。しかし協働も基本条例も市民が主役であることを考えれば、自分たちの暮らしをよりよくするためのものですから、分り易くしなければ何の役にもたたないのです。まちづくり基本条例があるから街がよくなるのではなく、市民がまちづくり基本条例を必要とするとき街はよくなるのです。いやあ勉強になりました。

 「部長さん 副市長さんまで 浴衣掛け 楽しなければ 先へ進めず」

 「新聞に 落伍姿が 載るなんて 赤面になる 今頃になり」

 「はい私 夕日亭の 芸名で 高座に上がり 笑い誘いて」

 「高座降下り 求めるままに サインする 本まで売れて 嬉し恥かし」   

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