shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年12月25日

○整理整頓

 「整理整頓」という言葉があります。昔小学校の壁に学校の先生が達筆な毛筆で書いて貼っていたのを思い出します。先生は部屋が散らかっているのを見ていつも「整理整頓の必要性を説いていました。しかしその言葉には具体性がなく、「片付けろ」というだけで「整理整頓」の意味も話してくれませんでした。年末になって自分の書斎を見てみると一年間の手紙やハガキ、名刺や書類が山のようになっていて、足の踏み込む場もないほど散らかっているのです。ふとあの先生の具体的でない話と四文字熟語の「整理整頓」という貼り紙を思い出しながら、「整理」と「整頓」について考えてみました。

 私の知恵袋とでもいうべき分厚い広辞苑を書棚から取り出して、「整理」と「整頓」という見出しのページを索引、細かい文字に虫眼鏡を当てて調べてみたのです。「整理」とは乱れた状態を整え秩序正しく整えること、「整頓」とはよく整った状態にすること。きちんと片付けることと書かれてました。ついでに「掃除」「清潔」についても調べてみました。「掃除」とはゴミや埃をはいたり拭いたり取り除き清潔にすること。「清潔」とは汚れがなく綺麗なこと。衛生的なことだそうです。もう一つ「習慣」についても調べました。「習慣」とは日常の決まりきった行い、しきたり、ならわしだそです。

 まず「掃除」をし「整理」「整頓」して清潔」にする、そしてそれを「習慣」化すれば、部屋はいつも綺麗であるはずなのです。ところが人間はつい先のことが気になって今したことをそのままにして次の作業に取り掛かるのです。例えばこの文章を書くのに書棚から広辞苑を取り出しました。そして広辞苑の小さい文字が読みにくいので虫眼鏡を机の隅にあるペン立てから取り出しました。調べながらパソコンに打ち込むのですが、打ち込み終わり、広辞苑も虫眼鏡も既に必要がなくなったのに机の上に置いたままなのです。遠くで妻が「お父さんご飯」と呼ぶ声がします。私はパソコンも広辞苑も虫眼鏡もそのままにして部屋を出ます。これでは整理整頓が出来ないばかりか、今度朝食が終わって部屋へ帰ると、広辞苑や虫眼鏡の存在を忘れてパソコンを打つことに集中してしまうのです。そのうち親父がやって来て「ちょっと手伝ってくれ」と部屋を離れるともうアウトなのです。再び部屋に帰り調べるために虫眼鏡を探し始める、「ここへ置いたはずなのに」で、まるで健忘症、まあこんなことの繰り返しが日々の生活なのです。

 あるべきものをあるべき所に置く、こんな当たり前のことが当たり前に行われないところに整理整頓はないと分っていても、日々の暮しの急がしさを理由に中々上手く行かないのが今の自分の姿です。それでも文章の置く場所を決めてみたり、分類してファイルしてみたりと少しは努力の成果が実って、書斎も前よりましになってきました。

 昨日妻に諭されて一年に一回の大掃除を決意し掃除を始めていますが、1ヶ月使わないものは片付ける、一年使わないものは捨てるを基本原則に今年一年各方面から送られてきたり収集した文書類を分類しました。昔はこの紙類は闇雲にゴミ袋に入れて、あるいは資源ごみに出していましたが、今年の10月からわが伊予市ではゴミ袋が有料化になり、ごみの減量化に取り組んでいるので、思い切って畑の隅にあるドラム缶自家製の焼却炉で処分することになりました。まあ一年間の紙類は凄いです。段ボール箱五個分はあったでしょうか、まるで焚き火のように紙ごみを燃やしました。お陰さまで親父と私は今朝も焚き火で暖を取りポカポカなのです。

 私の書斎には仕事柄、未処理のものが沢山あります。大学の授業で使った資料の整理をして大学へ提出しなければならないものもあります。また講演依頼の文章もあります。さらには年賀状に今年の分を加えるための名刺類も捨て切れません。これらはこの冬休みの作業として残ってるのです。この捨てると残すの判断が難しいものは、昨年の大掃除で残すと決めていたものですが、一年経って見直してみると何で残したのか不思議に思うものまであります。

 新聞のスクラップや写真類は整理整頓して置くべき場所におかなければなりません。とりあえず捨てるものは捨てましたが、さて整理整頓と習慣化は私の永遠のテーマとなっているようです。

 親父は整理整頓の名人です。私が鍬や鎌を黙って使うと直ぐにばれるほど正確に物を元の場所に置くからでしょう。そんな父でさえ最近は置いた場所が分らないと一日中探していることもあるようです。やはり歳なのでしょうか。

  「あれ程に 残しておきたい 資料でも 一年経てば 炎と消えて」

  「あっしもた 焼いてしまって 反省し 炎の中の 文字を追いつつ」

  「次からは 綺麗にするぞ 決意した 三日坊主の 結果こうなる」

  「習慣を 直さなければ 同じこと 決意毎年 六十二年も」


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