shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年12月20日

○教育基本法って

 つい先日まで霞ヶ関を震源地として全国に激震を走らせた「教育基本法ってどんな法律?」と案割の人に聞いてみると、私たち田舎に住む庶民は「関係ないわ」と言わんばかりに顔を背けます。でも一回のタウンミーティングに1千万円以上のお金を使っていた事実を振り向けると、「俺たちの税金を金がないといいながら、赤字財政といいながらこんなに使って許せん」と、声をあらわにして反論するのです。このように肝心の法律がどうなろうと自分には関係がなく、ことお金のことになると「俺らの税金」と主権在民を叫ぶ、まあこれが日本社会の現状でしょう。

 与党の自民党と公明党がいうことも分るし、野党の民主党や社民党がいうのも分るような気がします。でもその主張にはいつも国民不在で、次の参議院選挙にどう影響するのかという目先のことだけを考えての発言が目立ちました。結局は政治家も私たち庶民が法律よりもお金と同じように、法律よりも議席なのだと分っているから、政治家の言うことは余り信用しないようにしています。

 しかし私は少なくても去年まで小さな町の教育長であったわけですから、「辞めたから知らない」「私には関係ない」なんて無責任なこともいえないので、教育基本法の議論の行方を注意深く見守り、時には自分の考えをメモしながら「私だったらこうするのに」という思いを持っていました。だから教育の職にある人たち、特に教育委員会の職員や委員、それに校長先生に議論を吹っかけてみましたが、残念ながら期待したほどの議論も出来ず、むしろ「何も考えていない」ような振る舞いや議論にむなしささえ覚えたのです。

 私の手元には現行教育基本法の全文と、改正教育基本法の全文が対比されるような形で載っている新聞のスクラップがあります。両方を比較してみると現行の教育基本法と改正教育基本法には大きな違いがあることが分ります。現行教育基本法は僅か11条からなっていますが、改正教育基本法は4章に分けられ18条まであります。第1章の教育の目的及び理念では、これまでの1条から3条までが1条から4条までに広がり教育の目的、教育の目標、生涯学習の理念、教育の機会均等に分けられています。特に3条の生涯学習の理念は真新しいものです。

 第2章は教育の実施に関する基本で、義務教育、学校教育、大学、私立学校、教員、家庭教育、幼児期の教育、社会教育、学校・家庭及び地域住民等の相互の連携協力、政治教育、宗教教育と5条から15条まで細かく教育が分類されています。現行法が6分類だったことを考えると隔世の感があります。男女共学という表現が過去のものとなったことも時代を反映していると思います。しかし生涯の各時期における教育のあり方を列記しながら第9条に教員がサンドイッチのように挟み込まれていたりして何か違和感を感じるのも事実です。

 第3章は教育行政については国と地方公共団体の責務が分けて述べられていますが、教育委員会の形骸化や無用論が台頭するこの頃なので多いに議論しなければならないところです。また17条では教育振興基本計画のを国は国会に報告し公表しなければならないようになっていますが、地方公共団体では定めるよう務めなければならないと、法律用語のあいまいさが垣間見えるようです。

 この改正教育基本法が出来たことによって教育がどう変わるのか、またこの法律に基づいてどんな教育が行われようとしているのか、これこそ議論しなければならないことが山ほどあるのです。法律は人が運用して初めて魂が入ります。いい法律にするには国民がもっと教育に関心を持って教育に当たらなければなりません。野党も反対したのだからと逃げることは出来ない、与党も法律を作ったことは教育の第一歩と考えて欲しいと思います。

 教育基本法論議がオーバーヒートし過ぎて、防衛庁が防衛省に昇格したことなど議論もなくみんなが賛成して法律が出来ました。野党が言うように、近隣諸国が言うように教育基本法が改正され、防衛庁が防衛省になったことだけを考えると、何か戦争に突き進んだ戦前の日本を思い起こします。戦争を放棄した平和な国日本が何時までも平和であるよう祈っています。

  「法律が 変わって暮らし 変わるのか 居直る男 税金未納」

  「ミーティング 金かけ賛成 意見言え 先導した人 誰だったのか?」

  「反対や 賛成いうが 結局は 次の選挙で したい当選」

  「教育は 子どもだけでは ないんです 自ら学び 死ぬまで学ぶ」

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