shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年12月7日

○リビングホームって何?

 高齢化社会を反映してか、日本全国各地には高齢者を対象としたいろいろな施設が出来ています。10年前、高齢者の福祉施設は郡市というエリアに1つ程度でしたが、今ではシルバー産業とでも呼ぶべき様々な施設が市町村の隅々まで乱立し、お互いが水面下で高齢者たるお客を奪いあう目に見えない厳しい下等競争が繰り広げられているようです。これほど高齢者福祉施設が普及したのは、高齢者の年金と介護保険を当てにしてシルバー産業を起す人たちが増えたからだと見る向きもあるようです。いずれにしても世界一の長寿国になった日本の最も関心の高い問題は、少子化と子育て、高齢化対策と年金という人生をキセルに例えるなら、入口と出口ともいえる子どもと高齢者など、社会弱者を大きくクローズアップしなければならない、人口構造的変化が社会背景にあるようです。

 確かに私たちが小さい頃、日本全体の人口構造も私たちの住んでいる田舎の人口構造も三角形のピラミッド型をしていました。当時は高齢者が少なく子どもが多かったのです。ところが最近は高齢者が長生きするようになり、子どもは一人か二人しか産まないという極めて深刻な少子化で、全人口に占める65歳以上の人口の割合で示す高齢化率は年々ウナギ上りなのです。3人に1人が高齢者なんて聞いても別に驚かないような社会がやって来たのです。

 昔は役場・農協・郵便局が過疎の町の一大産業でしたが、今では毎朝出会うのは高齢者福祉施設の車と関係者だけといわれるくらいで、いつの間にか役場も農協も郵便局もしのぐスターダムに上り詰めているようです。

 数日前、友人の玉井さんから「松山のリビングホームでボランティアとしてお話をしてくれないか」と頼まれていたので、朝から冬の冷たい雨が降る今日、道後祝谷まで出かけて行きました。講演料など出ない小さな催しなのでと念を押され、こんなこともあるだろうと引き受けました。行く道すがら「グループホームなら聞いたことはあるけど、リビングホームって一体どんな所なnだろう」と考えながら会場へ着きました。グループホームのように認知症の高齢者を相手とする施設ではなく、自立したした方々が個を尊重しながら夕食など許せる範囲で共同する、今までにない珍しいスタイルでした。昼食やリビングホームに入居している方々の話を聞くにつけ、日本という国の高齢化社会における「エデンの園」のような理想がリビングホームにはあると思いました。施設を提供しているみのりホームの社長さんも、リビングホームの代表を務める女性も口々にその素晴らしさを口にしているようでした。

 かつて私が10数年前ニュージーランドを旅した時、外国の老人ホームを見て驚いたようなカルチャーショックがリビングホームにはありました。老いを迎えて自分としっかり向き合い生活設計に沿って生きている姿には感動する覚えました。戦争の悲劇や家族の人間関係、貧乏暮らし経験、家財道具など過去のしがらみを捨て切れず重い荷物をしょって生きてる高齢者が、過去の重みに耐え切れず死んで行く姿を考えながら皆さんの話を興味深く聞かせてもらいました。

 最後の締めに私の一時間足らずの話が組まれておりました。世の中は広いようで狭く、顔見知りや知人も多くて昔の出会いを懐かしんでくれた人もいましたし、わざわざ「今日の講師の話を楽しみに来ました」という物好きな人もかなりいて、大爆笑の中で私の役目を終えました。終りは私の下手糞なハーモニカを伴奏にみんなで「夕焼け小焼け」「みかんの花咲く頃」「ふるさと」を大合唱し、総勢70人ほどの小さな会場の小さな集会を終えました。

?(今日、孫を眼科病院と幼稚園に連れて行き、お昼に帰ってメールを開けたら、宇和島で知り合った「あさぎまだら」さんからメールが届いていました。彼女は私のメール一本で昨日の会に参加していました。カメラを忘れた私に代わって、私の写真を撮影してメールで送ってくれました。ハーモニカを吹く若松進一というおっちゃんの姿です。結構格好よく撮れています。腕がよいのでしょう。その写真をブログに再掲しました)


  「老い先を 自分で考え 生きている リビングホームの 新た生き方」

  「ボランティア 私を道具に 使う人 それでもみんな 喜び聞いて」

  「ああ俺も 歳をとるのか 将来は いやいや既に お年寄りです」

  「笑わせる 意図もないのに 笑われる 笑い広がり 入れ歯ガクガク」

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