shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年12月6日

○ひらめき

 私はひらめきで生きているといってもいいくらい、ひらめきを主体に意の向くまま暮らしている人間だと時々思います。私のような人間を泥縄というのでしょうか、泥棒を捕まえて泥棒を縛る縄のないことに気付きその場で縄をなって使うことをいうのでしょうが、昨日も共栄網という双海町の漁業の元祖ともいえる漁業団体の会合の一人の委員として招かれ、突然座長を言い渡されました。三回予定されている会議ですから初回の前回に座長は前町長で現教育長に決まっていました。ところが前回は行政から一人も出席しないトラブルがあってのことだったので、今回行政がいきなり参加者のブーイングに応えて大挙して出席するようになり、組織体系からいうと座長が変わった方がいいとの申し出で、急遽自由人たる私に白羽の矢が当たったのです。会場で会議が始まる数分前に言われれば、普通の人は誰でも断るし、仮に受けても当日の会議の進行などできぬと突っぱねるだろうと思うのです。断る理由もやれない理由もないので、軽率ながらあっさり引き受けてしまいました。

 私は会議の進行を時間によって組み立てます。1時半から3時までという目安を事務局からみんなの前で聞き出し時間の共通理解を得ました。そして話す内容がおおまか三つだったので30分ずつ三つに分けました。事務局の説明と協議、それに項目ごとに座長のショートコメントでまとめ、結果的には3分間時間を延長してしまいましたが、まずはその場のひらめきで物事を進める日ごろの訓練のお陰で見事大役を果たしたのです。

 多分難しい出口の見えにくいテーマだったので時間がかかると予想していた参加者からは大好評で、随分感謝されました。主催した共栄網では共栄網の再生をかけた一大プロジェクト事業だけに、熱い思い入れもあって次回2月に開かれる予定の3回目で結論を出し、スピードアップしながら事業化されることでしょう。

 ひらめきは、ひらめいたからってそれ自体はなんの意味もありません。そのひらめきが自分というファインダーを通してどう人様のお役に立つたかという事実なのです。夕日でまちおこしをしようと二十年も前に私の頭がひらめきました。多分「何て馬鹿なことを」と誰もが思ったことでしょう。その証拠に多くの方々の反対に会い夕日は潰される運命にありました。しかし若かったのでしょうか全てのエネルギーをつぎ込んでひらめいた夕日という自然現象を地域資源にしました。そしてコンサートなどのソフトとシーサイド公園などのハード事業をミックスしながら双海を代表するレッテルにして、じゃこ天や夕焼けソフトなど売れ筋商品を作りました。それらはまだ発展途上ですが、シーサイド公園を中心に人々の暮しに役立っているのです。

 私の夕日へのひらめきは、隣の町の人もひらめいていたはずです。現に海岸周りと山周りを一周するコスモス鉄道2001年の旅

をやった時は「わしらもしようと思っていた」と長浜町で、夕日の名刺を見た時「俺とこにも夕日は沈む」と伊予市でそれぞれ聞いた話がそれを物語っているのです。ひらめきを行動に起す、そしてその起したことが人々の役に立つ、そこまで行かなければひらめきとは言えないのではないかと思うのです。

 ひらめきは時として実現不可能なこともあります。夕日も当時は実現不可能なひらめきでした。不可能を可能にするのもひらめきです。「人生は爆発だ」は有名な岡本太郎の言葉です。若松進一流にいうと「人生はひらめきだ」のようです。小さなひらめき、中ぐらいなひらめき、大きなひらめき、ひらめきは人それぞれ様々です。いいひらめきが出来るように日頃から訓練しないといいひらめきは生まれません。私と同じようなことを作詞家の「なかにし礼」さんもいっていました。

  「禿頭 でもない私 ひらめいて おもろいことを どんどんやって」

  「どこにでも あるのに夕日 俺のもの 今では本当に 双海のものに」

  「止めとけと いつも言われる その中に 成功の種 隠れています」

  「失敗を 何度したか 分らない それが土壌で 種は芽吹いた」

  

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