shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年7月10日

○合歓の花の咲く頃

 いつの間にか季節は夏、気がついて辺りを見渡すとあちこちに夏を告げる花がいっぱい咲いています。夏の代名詞は何といってもひまわりと朝顔でしょう。黄色い花を咲かせて太陽に向かって一生懸命首を振る姿は何とも愛らしく迫力を感じます。最近は生花切花用に小型のものが開発され、昨日も種公民館の壇上を飾って参加者に愛嬌を振りまいていました。ひまわりとともに朝咲いて夕方にはしぼむ朝顔もやはり夏の季題季語にピッタリでしょう。東京では朝顔市などが立っているようですが、子どもたちが理科の実験で朝顔を育てているのをよく見かけます。そのためか家庭にも随分普及して色とりどりの花が花壇や花垣をよじ登る姿は暑さを忘れる涼感です。グラジオラスやダリアなども咲き始め夏は花の一番多い時期なのかもしれません。

 この頃になると野の花の中でも余り話題にならない控え目な花だけど合歓の木に花をいっぱい咲かせて、「見て見て」と言わんばかりに主張をしています。レ点をつければ歓び合うとも読める合歓の木はその気になって見れば意外と多く、その花もピンク系、赤系と様々な色模様をしています。多分自然交配によって花の色が多彩になったのでしょうが、見る人もなく、愛でる人もなくひっそりと咲く花だけに、私は大好きな花になっています。

 合歓の木を一躍有名にしたのは宮城まり子さんだった思いますが、ねむの木学園という名前でした。合歓の木は葉を閉じて眠ることから眠る木が捩ってねむの木といわれるようになったと母親から聞いたことがあります。夕日が沈むと眠る木なんて夕日のまちづくりを進める私にとっては最高の植物です。夕日の駆け出しの頃、合歓の木を沢山植えて夕日とのコラボレーションを考えたほどでした。用材は主にくり抜き火鉢や下駄の歯ににも用いられ、その皮は漢方薬として虫下しや打撲傷に良く効くと教わりました。虫下しも火鉢も打撲傷も下駄の歯も全て遠い昔々の出来事になりつつあり、合歓の木が世に出ることはもうないものと思われますが、せめて花ぐらいは人間の風流として、田舎人のたしなみとして多いに楽しみたいものです。

 先日内子町へ行った帰り、内子と中山の境目付近の国道沿いに合歓の木の大木が2本見事な花をつけていました。夜のことでありましたが、車のヘッドライトに照らされた合歓の木の花は何とも幻想的な姿をしており、思わず減速し振り返ってしまいました。テールライトに照らされて合歓の木もまた味わい深いものがありました。

 合歓の木のように自然に咲く花は派手さや強烈なインパクトはないものの、まるで初恋の思い出のように何時までも淡い余韻を残してくれます。カメラに収めたいと思いつつ今年もその思いは実現していません。「そうだ今日は朝倉中学校へ行くのでカメラ片手に合歓の木散歩としゃれ込みましょうか。

  「合歓の木に 淡いピンクの 花が咲き 今年も夏は いよいよ盛りに」

  「人知れず 咲くから花は 美しい せめて花見る 余裕くらいは」

  「葉を閉じて 夜寝る合歓の木 いとおしい 朝は葉広げ しゃきっと元気」

  「用無しと なってしまった 合歓の木を せめて一本 牧場横に」 


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