人間牧場

〇子ども体験塾秋のハイキング(その4)
 今回のハイキングの最終目的地は、私たちの友人で高野川に住んでいる中尾治司さんが校長をしている佐礼谷小学校です。山道の大貫道から小さな橋を渡って県道に出たました。そして大カーブを回ると佐礼谷小学校の校舎が見えてきました。子どもたちは疲れを忘れて「着いたぞ~」と口々に叫びま、喜びました。

 体育館に入り迎えてもらった中尾校長先生から、誰一人として落伍者もなく完歩したことを褒めてもらい、完歩賞としてお菓子の袋入りをみんなにいただきました。その後みんなは体育館に寝そべって感想文を書きました。やがて小学5年生の三井音奈さんが、自分で感想文用紙に似顔絵を添えて書いた中尾先生へのお礼状を渡したいと申し出があり、嬉しい贈呈式となりました。何という心の優しい出来事でしょう。思わずウルウルでした。

 子どもたちは元気です。感想文を書き終わると体育館を走り回って鬼ごっこなどをして暴れまくりました。やがて幸先生のあいさつで閉講式を行い、道の駅まで森田館長さんや久保主事さんがマイクロで送り、迎えに来た保護者全員に引き継ぎました。思えば長~い一日でしたが、充実した一日でした。私たちスタッフは翠小学校まで戻り解散しました。下小の校長先生、翠小学校の教頭先生、ジュニアリーダーも参加した楽しいハイキングは、一人の落伍者もなく無事終わりました。

「目的地 佐礼谷小が 見えてきた 着いた着いたと みんな喜ぶ」
「山坂や 峠を越えて ハイキング 落伍者もなく 無事に終了」
「メモ紙に 感謝状書き 渡したい いきなり言われ 感動しました」
「誰一人 落伍者もなく 山道を 歩いた歩いた これが一番」

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人間牧場

〇子ども体験塾秋のハイキング(その2)
 山吹御前を笹船に寝かせて運んだという伝説のある急で険しい曳坂を、縦一列になって小学一年生の歩幅ペースでゆっくり歩き、やっとの思いで「左中山、右サカ道」と書かれた道しるべまでたどり着きました。付近は只今四国縦貫道の4車線化工事の真っ最中で、時折資材を積んだ大型トラックが出入りをしていました。山道と言えど気の抜けないコースです。

見返り坂からはるか下界に双海町の街並みが見えました

そのうち高速道路にかかる陸橋に差し掛かり橋の欄干から下の様子をみんなで見ました。突然マイピアに乗ったおじさんに出会いました。東峰の高岡彦一さんでした。「お元気ですか」と声をかけると、マスクをしていたので最初はキョトンとしていましたが、「若松です」と言うと、「おお、役場に勤めていた若松の進ちゃんかい。懐かしいのう」と握手を求められました。彦一さんも歳をとり、勿論私も歳をとりました。懐かしい出会いでした。

スカイツリーと高さが一緒の明神山

 高速道路をまたぐ陸橋から4車線化の工事の様子や忙しく行き交う車の姿を見た後、東京スカイツリーと同じ高さム(6)サ(3)シ(4)(634m)の明神山を横目に見ながらおきよの池に出て説明ののち、東峰集会所に入りお弁当を食べました。この日はおにぎり一個を自分で作って持って来るよう子供たちに支持をしていましたが、しっかりと約束を守って弁当を持って来ていました。残念ながらかく言う私は弁当を自分で作らず愛妻弁当でした。

マイピアに乗った高岡彦一さんに出会いました
私の愛妻弁当

 食事が終わった後、みんなでレクリエーションをして楽しみました。東峰の集会所の床の間上に、かつて私たちが目標にしていた「双海町民憲章」が今もしっかりと掲げられていて、懐かしさ一入でした。この東峰公民館へも40年前公民館主事をしていたころは公民館学級などで足繁く通ってものです。

「ハイキング 空は青空 山紅葉 ワイワイガヤガヤ お喋り楽しい」
「山の上 高速道路が 走ってる 4車線化の 工事も高見」
「懐かしい マイピア乗った 人出会う 何年ぶりか お互い歳とる」
「愛妻の? 作ってくれた 日の丸の 弁当美味しく いただきました」

 

 

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人間牧場

〇夕日の表現方法
 夕日を表現する手っ取り早いものは何といっても画像写真です。でも私のような素人は、同じシャッターチャンスに出くわしても、ただ無造作に景色として撮るだけで面白味もなく、しみじみ無能さを嘆いています。

 この1週間ほど全く雨が降らず、秋の頃で空気が澄んでいるゆえ、夕日を写真に撮るには絶好のチャンスでしたが、逆に私のスケジュールが詰まっていて、中々上手く行かないものです。

 一番手っ取り早いのは、私が発想し私が整備に深く関わった、道の駅シーサイドふたみの恋人岬のモニュメントをモチーフに、夕日の写真を撮るのが一番いいのでしょうが、さてモニュメントのどの位置に夕日を置くのが一番か?、決めかねてこんな写真を撮ってみました。

 あなた的にはどの写真がお気に入りですか?。将来の参考のためにご意見をお聞かせください。

「雨降らず 空気も澄んだ 秋の頃 夕日の写真 シャッターチャンス」
「素人の 私にゃいくら 奇麗でも 夕日の写真 満足いかず」
「素人の 写真はどこか 味気ない もう少し早く
                    気づけばよかった」
「素人が 撮るからいいと 誉め言葉 上手い人ほど
ジーンと来ます」

 

 

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人間牧場

〇ピクニックコースの事前踏査
 いよいよ明日に迫った子ども体験塾のピクニックですが、翠小学校から曳坂を登り、高速道路の上を越えて国道56号沿いを歩き、佐礼谷小学校を目指す10㎞余りの道のりですが、既に10月29日に曳坂の草刈り作業を終えているものの、犬寄から山吹神社までの山道のコースが決まっておらず、昨日は実行委員長の私と副委員長の幸さん、それに事務局の出海さんの3人で、事前踏査に出かけました。

山吹神社鳥居
立派な本殿
故事来歴の看板
蜘蛛の巣と倒木に行く手を阻まれました
迎えてくれた佐礼谷小学校の二宮金次郎陶像

 山吹神社に到着し参拝見学した後、細い山道を3人で歩きました。かつては大貫道だった道も今は廃れて通る人もなく、蜘蛛の巣や倒木が行く手を阻みましたが、2ヵ所を除けば危険個所もなく、何とか通れそうな雲行きでした。途中今は伊予市に住んでいるというおじさんに出会い、立ち話で昔のことを聞きました。その後一旦引き返して佐礼谷小学校まで車で向かいました。

 佐礼谷小学校は児童数11人の小さな山間の学校ですが、双海町出身の中尾治司さんが校長をしていて、校長室へ案内され色々なお話をしました。明日午前中は佐礼谷小学校の体育館で老人クラブの軽スポーツ大会があるようで、その準備のために来られていた松浦千恵子さんと久しぶりに出会い、立ち話をしました。さあ明日はハイキングと言いながらいよいよ山坂越え11㎞の難コースに挑みます。今のところお天気は良いようなので、今日は骨休めをして子どもたちと一緒にしっかりとお歩きたいと思っています。

「明日歩く ピクニックコース 下準備 細い山道 今通る人もなく」
「蜘蛛の巣と 倒木阻まれ 難儀して ズボンにいっぱい 盗人草が」
「伊予市から 通って来てると 言うおじさん 昔に話 聞けて納得」
「さあ明日は 子どもと一緒 ピクニック お天気男 天気上々」

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〇じゃこ天おばさんのお葬式
 じゃこ天おばさんこと富岡喜久子さんが93歳で亡くなり天国へ召されました。昨日は月心会館でお葬式があり出かけましたが、喜久子さんと長年親交のあった知人友人が沢山集まり、私もその殆どの人を知っているため、さながら同窓会のようで、立ち話ながら再会を喜びました。

 集まった人たちはそれぞれ年齢を重ね、それなりに生きているようでしたが、体に不調を訴える人も沢山いるし、明らかに見るから老化を感じる人もいて、「ひょっとして自分自身も人から見れば老化を感じて見られているのかも知れない」と思い、洗面所の鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめました。

「若松さんは相変わらずお若いねえ」とお世辞を言ってくれましたが、かく言う私も歳相応のようです。受付で芳名録に名前を書き、香典を渡しお返しを貰いましたが、挨拶状に亡くなった喜久子さんの思い出など色々なことが書かれていました。残念ながら文字が薄く、スキャンできませんでした。

「悲しいな また知り人が 天国へ 臆目もなしに 涙流して」
「在りし日の 笑顔の姿 思い出し お棺の中の お顔を撫でる」
「人間は 必ず死ぬと 言うけれど そのうち我が身 少し近づく」
「葬儀場 まるで同窓 会のよう 元気でしたか 私は元気」

 

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〇玉ねぎ苗の苗床づくり
 昨日は畑に出て、先日石灰と牛糞を撒いて中耕していた畑に、少し広めの畝を立て、地ならしをして軽く元肥をやり、穴の開いた黒いマルチをかけました。退職して18年目を迎えていますが、今ではいつ頃何を植えるかという農作業も、メモを見なくても、大体のことが分かるようになってきました。

 わが家では晩成の玉ねぎ「もみじ」という品種の定植は、文化の日が終わった後の土日くらいが適期だと思ってやっています。その前段として植える予定地の夏野菜の残骸や雑草を取り除いて、1週間ほど前に石灰と牛糞を振り撒き、耕運機で中耕していたので、造作もなくマルチをかけ終わりました。

 畝立てには畝が曲がらないよう棒縄を張りますが、昨日はそれもせず感でやったので、2本目の畝は多少曲がり気味でしたが、素人ゆえこれもお愛嬌です。さあ準備は出来ました。今日は富岡喜久子さんの葬儀に参列するため出かけるので、昨日電話を入れている水口種苗店へ立ち寄り、ついでに玉ねぎの苗を受け取って帰り、定植する予定です。

「石灰と 牛糞振り撒き 中耕を していた畑 畝を立てならす」
「穴開きの 黒いビニール マルチかけ 四隅に土を 被せて完了」
「近頃は メモ見なくても おおよその 適期を覚え 準備着々」
「さあ出来た 電話で予約 入れていた 玉ねぎ苗を 葬儀のついでに」

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人間牧場

〇黄色いつわぶきの花が咲き始めました
 私の住んでいる双海町は、瀬戸内海・伊予灘に面しています。ゆえに町内のあちこちに水仙とつわぶきが自生していて、文化の日前後のこの時期になるとつわぶきの黄色い可憐な花が咲き、秋の深まりを告げています。

黄色いつわぶきの花が満開です

 つわぶきは春になると綿毛を被った新芽が親株から出てくるので、引き抜いて皮を剥ぎ、水やお湯であく抜きをした後煮つけにして食べますが、ほろ苦い味はこの歳になると嗜好にあって、年に4~5度は人間牧場に出かけ、佃煮にして食べる山蕗とともに山菜として楽しんでいます。

紅葉し始めた双海町のシンボル本尊山

 夏の間葉っぱが枯れて見えなかった水仙も、濃い緑の葉っぱが出始め、まだ秋真っ盛りだというのに植物は、早くも春を迎える準備をしています。わが家から見える借景の本尊山周辺も、ハゼモミジが赤く色づき、クヌギも黄色く色づき始めました。やがて寒い北西の季節風が吹く、束の間の穏やかな日々です。

「町内の そこここ自生 ツワブキの 黄色い花が 可憐に咲いて」
「ツワブキと 水仙菜の花 花暦 四季を通じて 花が彩り」
「ツワブキの 親株見れば 新芽見え しっかりバトン 受け継ぐように」

 

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人間牧場

〇廃棄処分のレッテル
 先日ジュニアリーダー会の国道沿い草刈り作業を終え、廃校となっている下灘中学校の図書室整理を少しばかり手伝いに出かけました。旧校舎の一階露地に、「廃棄処分」と書いた赤紙を張った小さな書棚を見つけました。


(綺麗に修復した木製書棚)

 恐らくこのまま風雨に晒され捨てられるであろうことを思い、了解を得て持ち帰りました。車から降ろし水をかけてタワシで積った汚れを落とし奇麗に洗ったのち、隠居の縁側で陰干しをしましたが、背側に張っていたベニヤ板は完全に破れてしまいました。

 さてどうするか?、とりあえずベニヤ板を剥がし小さな釘を釘抜きで抜きました。「そうだ杉板を張ろう」と、倉庫から端材を取り出し、寸法を測って鋸で裁断し、抜いて集めていたステンレスの釘を打ち直しました。

 いやはやわが不器用な腕前ながら、見違えるような書棚になりました。今日にでも暇を見つけて側面にカンナをかけたり、ワックスを塗って磨きをかけ、仕上げたいと思いますが、息子に「また古いものを持って帰った」と、皮肉を言われました。いいんです。何と言われようと自分で満足しているのですから・・・。

「赤い紙 廃棄処分と 書いている 勿体ないと 昭和のおじさん」
「持ち帰り 水洗いして 陰干しし 破れたベニヤ 張り替え作業」
「杉板を 倉庫取り出し 採寸し 鋸で切り分け 抜き釘打ち付け」
「さあできた これぞ私の SDGs 書棚作って どこに置こうか?」

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人間牧場

〇関東地方は紅葉の真っ盛りでした
 私の住んでる四国愛媛県でも、Facebook仲間から紅葉の便りが届いていますが、海沿いに面したわが双海町は温かいため、少~し色づき始めた程度です。

 一昨日まで東京経由で出かけていた、山梨県の紅葉は今が盛りで、紅葉をバックに日本一の富士山を見ることが出来ました。特に会場となった富士研修センターの中庭の紅葉は目が覚めるようでした。

研修所の前庭紅葉
研修所裏広場の紅葉

 その話をタブレットで撮った写真を見せながら帰宅後妻に見せると、随分羨ましがられ、「私も紅葉を見に連れてって」とせがまれましたが、残念ながらスケジュールが入っています。

「列島は 東西南北 細長く 紅葉一気に 南下中です」
「今年は ラッキーですね 山梨で 一足早く 紅葉楽しむ」
「富士山と 紅葉セット 見るなんて 少し贅沢 妻羨ましがる」
「この国に 生まれてよかった 四季あって あくる日雨と メールが入る」

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富士山の朝日と双海の夕日
双海町には天気が良い日だと西の水平線に奇麗な夕日が落ちます。悠久の時を超えてこれまでも、恐らくこれからも時間と場所を少しずつ変えながら、夕日は沈み続けるのです。私たち人間は自転と公転を繰り返す地球上に住んでいて、天動説で宇宙は動いていることが分かってはいても、凡人の私たちはあたかも太陽や月が動いている地動説のような錯覚をしながら夕日、朝日を見て暮らしています。

11月2日の双海町の夕日

 私は11月3日、車~飛行機~モノレール~電車~タクシーを乗り継いで、富士山の麓山梨県富士吉田市へ出かけました。到着したその日はプログラムが忙しくて太陽のことなどすっかり忘れるほどでした。夜寝る時、「明日は朝日に輝く富士山を見てみたい」と思い、身支度を整え研修所2階のバルコニーに出て、少し冷え込んだ冷気の中で、樹間に輝く朝日と朝日に照らされた富士山を見ることが出来ました。

11月4日の朝日と朝日に照らされた富士山

 20年も前「双海の夕日夕焼け物語」という詩を作りました。

   双海の夕日夕焼け物語
  西瀬戸の 海と空を染め分けて
  詩情豊かにしずむ ふたみの夕日は美しい
  陽がしずみ始めてから 没するまで
  ゆったりとした 時の流れの中で
  人の思いは深くなる
  過ぎ去った歳月への 回想もあれば
  明日への夢や期待もあるだろう
  思えば地球上の人類は
  ひとつの太陽を見て 暮らしている
  同じ夕日を どこかで
  朝日として 見ている人がいるのだから
  不思議である

「前の日に 双海の夕日 見た記憶 目に焼き付けて 富士の裾野へ」
「明日の朝 朝日見ようと バルコニー 冷気の樹間 朝日輝く」
「富士山を 朝日が照らし 神々し 同じ太陽 今夜夕日に」
「20年 前に作った 拙いし詩 夕日の不思議 感想したため」

 

 

 

 

 

 

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