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〇第15回地域教育実践交流集会の開会あいさつ
 讃岐先生からバトンを引き継いで地域教育実践交流ネットワークの代表に就任していますが、主な役割は交流集会実行委員会の度の開会あいさつと、交流集会の開会あいさつ程度で、後の仕事は皆さんが役割分担してやってくれるので大助かりです。


当日のパンフレットに載った私のあいさつ文

さりとてその役割も疎かにはできず、無い知恵を絞ってやっています。今回の交流集会はハイブリッド方式でしたが、主会場となった国立大洲青少年交流の家に150人を超える人たちが集まり、久しぶりに活気ある集会となりました。10時半から始まった集会の冒頭、松本さんから借りたワインレッドのジャンバーを着て壇上に立ちました。

(本田さんがfacebookにアップしてくれた写真)
篠原さんがfacebookにアップしてくれた写真

 

 私のあいさつは、先日サイボウズで対談した「森は海の恋人」で有名な宮城県気仙沼の畠山重篤さんとの対談の時の様子とわが町の子ども体験塾を紹介し、未来を担う子どもたちを育てることの重要性をお話させてもらいました。まさに人の心に徳という木を植えることだと訴えました。偶然にもステージの横に立っていた「体験の風を起こす」という幟旗の言葉通り実践の大切さと合致する内容でした。

「団体の 代表ゆえに 集会の 度に下手糞 あいさつ役目」
「今回は ワインレッドの ジャンバーを 友人借りて 壇上上がる」
「さて何を 言おうかいつも 迷ってる アドリブゆえに 的が外れて」
「それなりに やったけれども 今回も 終わってみれば 悔いが残りて」

 

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◯今年はハイブリッドで第15回地域教育実践交流集会開催(その1)
 私が代表を務めている地域教育実践ネットワークえひめでは、毎年12月の第一土日を利用して国立大洲青少年交流の家で交流集会を開いていましたが、4年前突然前触れもなく、新型コロナがあっという間に世界中に広がりました。故に感染予防のため集まることが困難になりました。

 それでも何とかしたいとこの3年間慣れないオンラインで細々と続けて来ました。ワクチン接種や予防効果もあって、感染が下火になったことから、県内は参集、県外はオンラインというハイブリッドで行うために色々な知恵を出し、6回の実行委員会を経て今日12月3日、やっと開催に漕ぎ着けることができました。

今朝も相変わらず4時に起き、今日は開会のあいさつという大事な役目があるので、使うパワーポイントをチェックしてプリントアウトし、午前6時から妻が用意してくれた朝食を食べ、いざ出発しました。長浜からの肱川沿いの道は肱川あらせが吹き、幻想的なまるでドライアイスのような霧の中を走り、予定通り午前7時30分に国立大洲青少年交流の家に到着しました。

「12月 最初の土曜日 15年 続いたイベント 今年も開催」
「午前4時 いつものように 早起きし あれこれ準備 さあ出発だ」
「長浜の 肱川沿いは あらせ吹き まるで幻想 霧中走る」
「7時半 予定通りに 目的地 到着仲間と 準備着々」

 

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〇二宮金治路さんこんにちは
 私は伊予市立由並小学校の学校評議・評価委員をしていますが、この2~3年新型コロナの影響で、一年に2回の委員会も残念ながら開かれず、全て書面でのやり取りゆえに、委員としての務めも疑問符が付くほどで、心苦しく思っています。

 先日学校から経営評価に関するアンケート調査表が郵便で送られてきました。早速記入したので郵便返信せず、久しぶりに学校へ持参することにしました。運よく校長先生も在校していたので、校長室へ案内されマスク越しながら二人だけであれこれお話をさせてもらいました。

 聞けば校長先生はこの学校に赴任して3年目で、来春には定年退職の予定だそうです。今は過渡期でいよいよ定年60歳が5年ほどをかけて段階的に65歳に引き上げられるようです。私が役場に入ったころの定年は55歳、私の定年は60歳でした。超高齢化社会の到来で間もなく定年が65歳になる予定です。

 面会を終え外に出ると庭に二宮金次郎の銅像があり、毎日海の彼方に向いて左手に持った大学の本を読んでいる姿に一礼して、空暗記している大学の一節「一家仁一國仁興 一家譲一國譲興・・・」を声を出して朗読しました。

「このところ 新型コロナ 影響で 委員の仕事 役目果たせず」
「郵便で 送られてきた アンケート 記入し学校 直接持参」
「通された 校長室にて 校長と 面談しつつ よもやま話」
「前庭の 金次郎像 対峙して 大学一節 声上げ朗読」

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〇長~いコン柱利用のベンチ
 先日通学合宿「夕やけ村」に参加している子どもたちに夕日の話を頼まれて出かけました。コロナ禍で順延になっての開催ゆえ、季節の替わり目ということもあって寒さを心配していましたが、温かい気温と夕日夕焼けが見える天気にも恵まれ、いい雰囲気で終えることが出来ました。

 ふれあいの館横の広場で毎年のようにやっていることなのに、毎年ゆえ気付かなかったのか、広場の西側に4本のコン柱が横倒しになっていることに気づき、当時のことを思い出しました。この場所にベンチがなかったので、双海町出身の電気工事会社三徳電気の三井社長さんに頼み、不要になった電線用のコンクリート柱を4本いただきました。

 いただいたついでに現場まで運んでもらい、枕木の上に下ろしてもらいました。コン柱は丸いので少々座り心地は悪いものの、全部に座ると100人以上座れる優れもので、特に年中風雨に晒されても劣化することもないのです。この日も子どもたちを座らせ、沈みゆく夕日や刻々と変る小焼け風景を心行くまで堪能することが出来ました。

「忘れてた 遠い記憶に なりにけり コン柱使い ベンチを作る」
「出身の 電気屋社長 頼み込み ついでに運んで 貰った一品」
「100人は 座れる代物 ただ冬は 座ったお尻 少し涼しく」
「夕日見る 絶好スポット 子どもたち 座らせ私 ハーモニカ吹く」

 

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〇アメリカフヨウの名残花
 秋から冬へと季節は動き、昨日の雨で家の入口の枝垂れモミジの葉っぱも殆ど落葉してしまいました。そんな中ひと際目に付くのは裏庭に植えているアメリカフヨウの木で、真夏ほどの数は咲いていませんが、1本に1~2輪ながら真っ赤な花が咲いて、心を和ませてくれています。

今朝も綺麗な名残花を咲かせたアメリカフヨウの花

 近所の人からこの時期剪定し終えた枝を2~3本いただき3年前に挿し木をしましたが、どういう訳か挿し木した20本の挿枝全てが活着し、半分は地植えに、半分は植木鉢に定植したお陰で今年の夏は咲に咲いて、未だに名残花と思える花がさいているのです。

 私が枝を貰った人から「これは紅芙蓉」だと聞かされました。ところがインターネットで調べてみるとどうや学名は「アメリカフヨウ」のようでした。私が挿し木した苗木を差し上げた人には、「これは和名では紅芙蓉というそうですが、学名はアメリカフヨウのようです」とお知らせしましたが、その方は大事に育てて、今では立派な庭木として今年も沢山の花をつけたと喜んでいただきました。

「剪定枝 いただき小切り 挿し木する 枯れることなく 全て活着」
「半分は 地植え半分 植木鉢 管理いいのか? この時期まで咲く」
「紅芙蓉 聞いてたけれど ネットでは アメリカフヨウ どっちがどっち」
「紅芙蓉 知人欲しいと お裾分け アメリカフヨウ かもと注釈」

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〇愛媛県社会教育研究大会の基調講演
 昨日は愛媛県社会教育研究大会が、松山市道後のエスポワール愛媛文教会館であり、基調講演を頼まれ出かけました。このところ新型コロナの影響で大きな大会は中止が相次いでいましたが、100人規模の大会は久しぶりで、10月の500人規模の公民館研究大会以来です。

 午前中「新しい発想で生きる」と題して90分間お話をさせてもらいました。会場には知人友人も多く参加していて、少し冷や汗ものでしたが、パワーポイントを使ってまあそれなりにお話をさせてもらいました。私はかつて教育委員会に勤めていたころ、隣県香川の国立香川大学で1ヵ月余り社会教育主事講習を受講し社会教育主事の資格を取得していますが、その後法律が変わり社会教育士という制度が出来たため、今年の始め意を決して4単位のオンラインと集合講習で社会教育士の資格を取ることを思いつきました。

 聞けば昨年度の受講者では全国で最高齢の受講者だったそうですが、難儀の末見事合格し社会教育士を名乗ることを許されていて、いわば昨日集まった人は同じ志を持った人たちなのです。昨日の話は不易と流行にに重きを置き、発想の転換をして行動することの大切さを訴えましたが、はてさて心に響いたかどうか・・・です。

 18歳で青年団に入団してから60年間、社会教育と直接間接に関わって生きてきました。その間やったまちづくりも、ある意味社会教育的発想で取り組んできました。ゆえにそれなりの成果を得、それなりの記録と記憶が今も残っているのです。テレビのCMにキオクシアという新語が流れていますが、まさに記録+記憶=キオクシアです。これまで記録した過去は記憶となって残っていますが、これからもしっかりと新記録+新記憶をし続けなければなりません。そんな話をさせてもらいました。

「高止まり 新型コロナ 故なるか 集会続々 復活兆し」
「60年 よくも続けて 来たもんだ 社会活動 あれこれやった」
「若い頃 社会教育 したお陰 私今ある お陰と感謝」
「キオクシア CM新語 聞く度に 私ぴったり 新記憶づくり」

 

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〇連日綺麗な夕日が見えました
 サンデー毎日で自由人だというのに「何でこんなに忙しいのだろう?」と自分で思う程毎日忙しく、昨日も今日も忙しく動き回っていました。それでも今日の夕方は、朝のウォーキングが忙しくてできなかったため、とりあえず「1日1万歩」の目標を目指して夕方周辺の道を、上灘漁港中突堤まで歩きました。

 その後シーサイド公園まで国道沿いを歩くと、奇麗な夕日が見えました。運よくタブレットを持っていたので、夕日の写真を何枚か撮りました。若いカップルが手をつないで砂浜にいたので、「ここから奇麗な夕日をバックに写真が撮れますよ。撮ってあげましょうか」と言葉をかけると、「お願いします」と頼まれました。

 その後私も2~3枚撮りましたが、晩秋のこの時期は陽足も長くなり、準日本人で足の短いはずの私の足もまるで足長おじさんのように長く格好よく見えました。「秋の夕焼け鎌を研げ」と言いますが、天気予報だと明日は朝から一二十雨が降るようで、その後寒さが一気に真冬並みに下がるようです。寒いのは苦手です。

「1万歩 歩いてないと 気が付いて 町内の道 ひたすら歩く」
「万歩計 夕暮れ時の 薄明り 目標やっと 達成しました」
「モニュメント 夕日を入れて カップルの 写真撮影 手助けしました」
「予報では 明日一日 雨という あれこれ予定 変更余儀なく」

 

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〇私の役目は夕日の話と火の神でした(その2)
 通学合宿夕焼け村の私の今年の役目は、5日目の夕方から屋外で夕日夕焼けを見ながら子どもたちに夕日の話をレクチャーすることと、キャンドルサービスで火の神になることでした。

 毎年の役目なので、事前打ち合わせもこそこで殆どせず、アドリブな演出に終始しました。それでも子どもたちにとってはこのプログラムの総集編なので、しっかり心を込めてやりました。

今年も一日だけ雨でしたが雨もまたよしで、それ以外の日は天候に恵まれ、トラブルもなくすこぶる順調に終えることが出来ました。公民館職員さんの頑張りと、おばちゃんたちのボランティア、それにジュニアリーダーたちの助っ人のお陰で無事終えることが出来ました。

「今年も 新型コロナの 影響で 日延べや延期 余儀なくされた」
「下支え 大きな力 感謝する ご苦労さんと 言ってあげたい」
「凄いねえ 閉講式では 思い出の アルバム映写 心に焼き付け」
「何よりも 大事なことは 事故もなく 終わったことだ 村長あいさつ」

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〇通学合宿夕焼け村
 もう20年以上も続いている双海町の通学合宿夕焼け村は、当初9月4日~10日までの予定でした。ところが新型コロナの感染拡大でそれが出来なくなり、また愛媛県知事選挙でやむなく11月21日~26日に変更しました。

 私のようなサンデー毎日の自由人でも既に予定が入っていて、スケジュールを調整するのに苦労をして、どうにか昨日25日金曜日に変更してもらい、夕日の話とキャンドルサービスをセットにすることができ、昨日の夕方ふれあいの館へ出かけて行きました。

 既に子どもたちは学校から帰り、夕食の準備をしていました。昨日の友食メニューはメインは手巻き寿司でしたが、下灘の漁師さんから鯛の差し入れがあったらしく、アルミホイルで包みフライパンで蒸し焼きにするチャンチャン焼きまである豪華メニューでした。

 早速ふれあいの館横の広場に子どもを集め、昨日の日没時間5時1分を目安に夕日の話をしてやりました。夕焼けとこやけの違い、夕日は沈み始めて沈み終わるまで何分で沈むか、双海町の春分の日の夕日は何処の国の朝日か、冬至の日に最も西寄り、夏至の日に最も北寄りに夕日が沈む場所はどこか、などなど楽しいお話に加え、ちょうど鳴ったミュージックサイレンにちなんで手持ちのハーモニカで童謡を吹いてやりました。

 昨日の夕日は随分西の端に沈みましたが、天気も良くいつまでもこやけが綺麗に見え、折からJR上灘駅プラットホームに入線してきた観光列車伊予灘物語も下界に見えて、最高のシチュエーションでした。

「コロナ禍や 知事選などなど もろに受け 日程変更 余儀なくされて」
「今年も 規模縮小を したけれど 止めることなく 何とか出来た」
「私でも サンデー毎日 だけれども バッティングして 紆余曲折で」
「今年も 夕日の話 出来ました 子どもの心に 夕日種蒔く」

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〇冬野菜の収穫期となりました
 わが家の横の家庭菜園には夏野菜の名残であるピーマンやシシトウがかろうじて生き延びて、最終収穫をしていますが、夏の終わりから初秋にに植えた苗や蒔いた種がそれなりに育ち、早いレタスなどの葉物野菜類は毎日食卓に上って美味しく食べています。

 昨日その畑に有害鳥獣が侵入し、かなり広範囲に荒らし、逃げ場を失ったのか?通路側に張った金網に体当たりして破って逃げたようで、大きな穴がぽっかり空いていました。先日も同様の被害に遭い、難儀をして直したばかりなのに、あ~あのため息が出ました。

 荒らされた畑に入ってみると、大根やカブ菜も踏み潰されていました。今年はカブ菜が良くでき、漬物や酢漬けにして美味しく食べていますが、カブは煮てアンカケにしても柔らかい食感が美味しいので、早速5~6本引き抜いて水洗いして若嫁にもお裾分けしてやりました。

「夜のうち 有害鳥獣 わが畑 入って荒らし 金網突破」
「先日に 続いて被害 どうしよう 腹も立つけど イノシシ軍配」
「冬野菜 カブ菜収穫 お裾分け 今日はどんなの 料理楽しみ」
「無農薬 有機栽培 徹してる 安心安全 自己満足です」

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