○松山工業高校の卒業式
私には40歳になった娘を頭に4人の子どもがいます。その子どもたちも成長して独立しそれぞれの道をそれぞれに歩んでいますが、3人の息子が3人とも松山工業高校に進んだため、常任理事1年、副会長1年、会長6年と都合8年間も松山工業高校のPTA活動に参加しました。松山工業高校には私の8年の長さなどまだ序の口で、子どもがいないのに会長を長らく務め全国高等学校PTA連合会の会長まで務めた中川幸男元参議院議員がいるのですから驚きです。そんな校風もあって私もPTA会長退任後もPTA役員OBで組織するまさご会の会長をやったり、学校評議員をやるなど、未だに松山工業高校とのご縁が続いているのです。妻からは「いつまでやるの?」とか、「もうそろそろ辞めたら」などと悪態をつかれますが、そのうちそのうちと請われるままに長引いてしまっているのです。
学校の評議員会は学期ごとに年3回行なわれますが、その他にも入学式、運動会、文化祭、卒業式の案内があるので、その都度顔を出さなければなりません。それでも現職の先生やPTA役員さんと顔を合わせると、何となく元気をいただき軽いカルチャーショックを受けるのです。
3年前松山工業高校は100周年を迎えた伝統校で、少子化の影響で定員削減や閉校する学校が増え始めた風潮の中でも1年9学級3年27学級1000人規模を維持しているのです。この3年間で一番いい出会いは喜多岡校長先生との出会いでした。先生はひた向きな実行最優先の方で、年末には高知県佐川町から松山の自宅まで100キロの道をたった一人でランとウォークで踏破しているのです。「一歩上」を目指す学校経営姿勢はとても立派で、私など足元にも及ばない努力家です。sの姿勢は生徒にも先生にも波及し、昨日の卒業式では何と3年間皆勤者が全体の40パーセントを超えているというのですから驚きです。
学校の評価は様々ですが、実業高校なので皆勤者が40パーセントを超えるという数字は何よりも高い評価で、そのためスポーツも資格取得も群を抜いているのです。数値目標を立て、その目標を一丸となって達成しようとするそのプロセスこそ教育だと、今年の3月で35年間の教員生活にピリオドを打つ喜多岡校長先生に大きな拍手を送りたいと思うのです。
昨日の卒業式には知事代理として県の保健体育課長さん、議長代理として菊池県議会議員さんが見えられていました。私のような無位無官な男でもその横に席を構えていただき恐縮しながら卒業証書授与式を見学しましたが、キビキビした式典には大満足でした。
お昼にかかったため、魚亀の美味しい弁当までご馳走になりました。OB会の役員さんや列席した歴代校長さんとも久しぶりにお会いして、懐かしく昔のことを思い出しました。
「子もいない 何故に卒業 式に行く? 妻冷やかしの 言葉をかける」
「えっ?俺の 席がこんなに 高いとは 少々あせり お尻かゆくて」
「三ヵ年 皆勤多さに 驚きて 日本一では ないかと思う」
「校長の やる気学内 伝播して 色々あるが 大きな成果」