shin-1さんの日記

○友人の提案

 私の友人には私に負けず劣らず様々な提案を私に提供してくれる人がいます。「若松さん定年退職したのなら会社を作って一儲けしないか」とか「もうそろそろ次の本を出版したらどうか」など様々です。私は今のままで十分満足しているし、やりかけた人間牧場もこのところの急がしさで手が回らないのですから、これ以上の仕事は持ち込まないようにして欲しいと思うのですが、相変わらず私の行動力に大きな期待を寄せているようです。「そんなアイディアがあるのだったら自分でやったら」といいたいのですが、その人たちは自分で行動を起そうとはしないのです。

 私が仮に会社を作ったらどんな会社だろうかと空想してみました。多分仕入れて物を売るような商売は私には出来ないと思います。妹が立ち上げた海産物のお店も傍から見ると大変なようだしと思いつつ、結局は私が長年培ったノウハウを利用したコンサルのような仕事なのかと思ったりしました。しかしコンサルは人が来んし人が去るなんて散々悪口をいってる私ですからそんな会社は出来ないような気がします。本を出版するくらいなことだったら出来るかもしれませんが、あいにく人間牧場に虎の子の全資産をつぎ込んだため、大蔵大臣の協力なしでは出来ません。退職してこの一年余り、ブログを中心にして書いて書いて書きまくった原稿も沢山あります。その原稿を使えばいとも簡単に本など沢山できるのです。でも今のところそんな暇がないのが実情です。

 会社を作る話は前々からありました。そんな気がない訳でもなかったので有限会社や株式会社の作り方や運営の仕方についても本を読んだりして随分勉強をしました。その結果でしょうか、仕事柄ふたみシーサイド公園の運営に携わる第三セクターを出資金2千万円で立ち上げました。「有限会社シーサイドふたみ」という会社です。産業団体にお願いし出資金も難産の末集まりましたし、その会社は第三セクターでありながら何とこの12年間一回も赤字になることもなく、黒字経営を続けているのです。しかも出資者に5パーセントの配当をしているのですから凄い業績です。「赤字になったらどうするのか」「赤字の責任は誰が取るのか」とあれほど出資を渋った団体のお偉方は、何の疑いもなく何も言わずに配当をこの12年間受け取っているのです。計算すると100万円の出資者はこの12年間で60万円もの配当を受けているのです。血の滲むような努力と知恵を出した私には何の根ぐらいの言葉も褒美もないのですから不思議な話です。しかしその業績は毎日の売り上げが毎月、一年と積み重なった結果であり、数字で表す業績に一喜一憂する胃の痛くなるような日々は私にとって苦痛の連続でした。あんな思いだけはしたくないのです。

 私はこれまで5冊ほど本を出しています。私の本は何故か売れ行きがいいのです。特に「昇る夕日でまちづくり」という本は3千部自費出版しましたが、1年であっという間に売り切れ2版目を出したほどです。しかし思いついて3千部の本を出版しましたが、最初印刷会社からトラックに詰まれて我家へ全部の本が届いた時の驚きは尋常ではありませんでした。家中が本だらけになったのです。ましてや家の座が抜けるほどの重さですから、売れるという保証もない本をどう保管するか正直困りました。幸い私設公民館煙会所へ借り置きし、注文を捌いたものです。あの時の圧迫感は今も忘れられない思い出なので、今でも本を出すことを躊躇しているのです。

 昨日東京に出張したついでに大きな本屋さんに立ち寄りました。書棚に並んだ本を見て自分の本の存在のいかに小さいかを実感しました。日本国内ではこのように毎日毎日とどめもなく本が出版されているのです。

 でも会社も作りたいし本を出したい気持ちも半分半分、まあ熟慮を重ねましょうか。一儲けできるような上手い話はそんなにありません。

  「自由な身 ゆえに誰もが 俺の知恵 使って儲け 上手い話を」

  「言うのなら あなたがすれば いいのにと 思うけれども 人は人当て」

  「あの本を 出さなかったら 俺値打ち 上がっていない 一冊の本」

  「友人の 提案色々 ありまする 無茶は出来ぬぞ 俺の歳では」

 

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shin-1さんの日記

○このハマチハウマッチ

 今日外から帰ってみると玄関に見覚えのある発泡スチロールが置かれていました。直感したのは毎年この頃になると宇和島市嘉島の宮本正勝さんと千里さんご夫婦が手塩に掛けて育てた養殖ハマチを送ってくれるものですから、もしやの期待に胸を躍らせ送り状を見てみると案の定直感ズバリで当たったのです。早速密封のガムテープをはがすと中にはハマチどころか10キロにもと土管とするような大きな鰤が本も氷詰めにして入っているのです。一昔前は天然と比較して養殖ものは脂が乗り過ぎて敬遠されていましたが、今は養殖技術が進歩して天然にも負けない立派なブリとして市場の高い評価を受けているようです。特に鹿島のブリは外洋性の元気な海で育てるため市場や消費者の人気も高く、特に名古屋地方では大きな信頼を得ているとのことでした。送り主の宮本正勝さんは私と同年代で、養殖漁師でありながら短歌の本も出すなど文化人であり、奥さんの千里さんも宇和島市の漁協女性部の部長として活発な活動を展開しているおしどり夫婦なのです。離島青年協議会の活動で知り合った二人は子宝にも恵まれ島ゆえの厳しさと戦いながら活き活きと暮らしているのです。正月前には里帰りの最中に立ち寄り死んだ母とも交流していたので、まるで親戚のような感じのする方なのです。

 ハマチが届くと最近は私が包丁を使います。10キロにも近いブリは最早お魚ママさんの妻といえども出刃包丁はちょっと荷が重過ぎるようなので、余り包丁など持ったこともない私が粗方を捌き、小切りは妻が料理するという仲むつまじさです。

 専用のデカイ包丁を砥石で研ぎ、まず頭を落します。最近は血の出る部分や内臓部分がどういう位置にあるか分るようになって極力血の出ない調理を心がけているため、今日も僅か20分ほどで3枚に下し、後は妻が仕事から帰るのを待つばかりとなりました。私は胆嚢手術後殆ど肉を食べれなくなり魚党を貫いています。したがって頭やあらや腹身といった付属品が好きで、はまちのカマなどは塩焼きにすると絶品だし、あらもブリ大根にすれば極上の料理に変身します。最近は刺身をまな板の上で味噌と混ぜ合わせながら叩いて大葉やもみ海苔と一緒に炊きだちのご飯の上に載せて食べると食欲が進むのです。

 最近料理番組が多く放送されていますが、特に料理の苦手な有名女性タレントなどが各地を訪ねてその土地の食べ物をさも美味しそうに食べる姿を見るにつけ、「俺の家なんか妻が毎日そんなご馳走を作って食べてるよー」と言ってやりたいような心境なのです。料理の上手な奥さんをもらうとその男性は幸福だといわれますが、私のお妻はその点では三重丸なのです。

 明日早く起きて鳥取県日野町へ行き、帰るとその足で東京へテレビ会議に二日ほど行きます。帰ると広島県熊野町へ、更には馬路村の木下君が人間牧場へ、そして生協の理事会とまあ来週は一日も休まないはーどな日々が続きます。今晩の集会も少し早く切り上げないと明日の早立ちには間に合いません。

 せっかく宮本さんから送られて来たブリの料理をゆっくり味わう暇はないようですが、せめて今夜の集会に出かける前に美味しさを堪能しようとよだれをたらしています。冬の魚は何といってもやはりブリだねえ。

  「宅配で 生きてるような ブリ届く 早速包丁 俺の腕前」

  「ハウマッチ 単語覚えた 中学で ハマチ連想 だから忘れず」

  「今晩は ブリの料理の フルコース 楽しみたいのに 何故に会議が」

  「若夫婦 まな板包丁 ないと聞く 料理はもっぱら ハサミだそうだ」

  


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shin-1さんの日記

○忘年会

 昨晩請われるまま地元の忘年会に出席しました。そういえば酒を愛した現役頃の年末は毎晩忘年会があり、家へは寝に帰るだけのような日々が長く続いたものでした。酒の席は延々と続き一次会が二次会となり、時には三次会とはしご酒をしたものです。あの頃の体力と財力は一体何だったのだろうと懐かしく思うのです。そんな馬力も今では遠い彼方の思い出でしかないのはちょっぴり寂しい気もしますが、まあそれはそれとして今晩は楽しもうと近所の料理屋さんに歩いて出かけました。酒を飲まない私にとっては飲酒運転などするはずもないのですが、要らぬ詮索をされても困るので歩いて行きました。今晩の宴会は私を除いて10人中9人までが酒好きなのでウーロン茶一辺倒は私一人なのです。せめて今夜は色気を入れて楽しくやろうとコンパニオンという名の女性が3人松山からやって来ていました。料理は4千円だそうですが食べきれないくらいの日本料理が並んでいて、酒を飲まない私はもっぱら食べることに専念をしました。横の席を見るのですが酒飲みはそんな立派な料理には箸をつけるでもなく、飲むほどに酔うほどに声も高くなってボルテージは上がりっぱなしです。素面な私とのん兵衛な9人とでは到底議論もかみ合わず、「トイレに行く」といっては席を立ち、お店のカウンターに座ってテレビを見たり、まあ2時間の長く感じられることったらありゃあしません。やがてカラオケが登場し、思い思いの演歌を順番に歌い続けるのです。すっかり私の世界からカラオケが影を潜めていたので、懐かしく一通り聞かせてもらいました。酒の悪戯でしょうか、日ごろは無口でお硬いと思われた人が何と喋りながら踊り狂うのです。「ヘー」と意外な一面に驚きながら付き合っていましたが、もうもうと部屋の中に立ち込めるタバコの煙に根を上げついには退散となったのです。

 それにしても、これほど世の中の流れが禁煙に傾いているというのに、何故に酒を飲んだらタバコを飲むのでしょうか。愛煙家の彼らに言わせると、「タバコは百害あって一利なし」は百も承知のようでした。付け加える言葉は愛煙家たる自らへの援護のようにも聞こえました。「俺はタバコは吸いたくないけど財政的に豊でない町に税金を払うためにタバコを吸っている」「タバコを吸わないとイライラして病気になるので精神安定剤のつもりで吸っている」「タバコを止めると、ニコチンがアルコールに溶けて体内に入るので酒を飲むときだけでも止めた方が健康にいいと力説しましたが、私の話などはタバコの煙と共に消えてゆきました。「酒とタバコどっちを止める」と質問したら「どっちも止めない」とあっさりです。挙句の果てに「タバコやお酒を飲めないのなら死んだ方がましだ」などと豪語するのです。健康な人の言い分でしょうが、そのうちえらいしっぺ返しを食らうことでしょう。

 忘年会の回数が減っても私は「忘年会」を「望年会」と位置づけ、今年あった様々な反省をするようにしています。このグループにとっても今年一年は様々な出来事がありました。思いどうりに出来ない事案で空中分解しそうになったこともありました。でもみんながそれぞれの立場をわきまえて苦労を重ねた結果、こうして美味しいお酒が飲めるのです。失敗や苦労の後の成果は美酒の味が格別でした。

 今朝ひょっこり昨晩忘年会に参加した人からお礼の電話が入りました。「お陰さまで楽しい一夜を過ごしました」「昨晩はウーロン茶でのお付き合いありがとうございました」「私は酒の席で余計なことを言いましたか?」など、酒の力ですっかり記憶の失せた記憶を引き戻しながら反しているような感じでした。「会費の元がとれなくて御免」と電話を切りましたが、ひょっとしたら酒を飲まない私が一番料理を味わったのですから、元を取ったのは私だけだったのかも知れませんね。

 年末までにあと2つ、忘年会と称する会合が予定されています。さあ体調を崩さない程度にウーロン茶を飲みながら美味しい料理に舌鼓を打ちましょう。

  「酒飲まず それでも俺は 元を取る 飲めないことも 楽しいものだ」

  「俺歳か コンパニオンの スカートも 胸の谷間も 興味示さず」

  「あの人が 何で豹変 酒のせい 歌に踊りに 凄くハッスル」

  「煙草飲み 勝手な言い分 言いながら さも俺偉い 言わんばかりに」

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shin-1さんの日記

○税務調査

 「若松さんですか。市役所の税務課です。山の上に建てられた家の件で、○月○日税務調査に伺いたいのですが、よろしいでしょうか」と、調査の依頼文が届いたのを見計らって電話がかかってきたのは昨年でした。「さすが税務課、課税対象物の情報をいち早くキャッチしている」と褒めてあげたいのですが、税金など少しでも少ない方がいいに越したことはない市民にしてみれば迷惑な話です。でも仮にも役所に勤めていた経験のある私としては市民として甘んじて受けない訳にはいかないのです。

 約束の時間前に人間牧場へ上がり鍵を開けて待っていると顔見知りの職員が2名やって来ました。私の説明などは余り聞かず事務的にメジャーで測りながら図面を書きまるであらを探すように色々と書き込んで帰って行きました。何日かして愛媛県から新築税という納税通知書が届き、文句のつけようもなく否応なしに振り込みました。これで晴れて納税者だと思いきや、今度はロケーション風呂とツリーハウスも納税対象だといいたげに通知が来て同じ職員が調査にやって来ました。「えっ、これも測るのですか」と怪訝そうに言うと「建物は全てです」と冷たい答えでした。その調査も一昨日終えて間もなく来るであろう納税通知をびくびくしながら待たなければならないのです。だって年金暮らしの私には何とも気の重い出来事なのですから。「年金暮らしで新築税や固定資産税が嫌ならそんな贅沢なことをするな」と言われそうなので止めますが、税金を取る市役所にはかなりの不満があるのです。

 というのも合併して間もない一昨年、市役所の課税調査間違いが発覚し世間をアッといわせました。新聞がスクープして市民は初めて知ったのですが、なんのともお粗末なこの失態に市民のブーイングは強く、今でも市役所への不満はくすぶり続けているのです。重く掛け過ぎていたわが家のような人には何がしかの還付がありましたが、軽く掛け過ぎていた人は5年に遡って税金が掛けられたのです。正しい方に合わせたといえば聞こえはいいのですが、取られる人は溜ったものではありません。税金は否応なしです。でも反対だと強制執行されるのに市役所だと笑って済ませるのですから、甘いといわれても仕方がないのです。何の関係もない市役所職員が借り出され各戸を訪問して理解を得たようですが、かつて役所の職員だった私にまで文句を言われたまったものではありません。まあ新聞やテレビで役所が絡んだ不祥事や夕張市の財政破綻などが頻繁に報道される度に、目をつけられるのですから役所の人もたまったものではありますまい。でも役所は市民に雇われていることをしっかりと自覚して謙虚に、それでいて間違いのないようにお願いしたいものです。

 税金はそれぞれの財産や所得に応じて課税されますが、さらに重くなりつつあるわが家の税金分のお金をどのように家計の中でやりくりするか、妻と私の暮らし方の大きなテーマになるようです。入るお金は分っているのですからその尺度に合わせて節約する以外はありません。そんな矢先の昨晩、仕事で遅くなる妻の手助けにと、日ごろはすることも殆どない風呂を沸かしました。私も昨晩は地区内の忘年会に出席のため夕方風呂の湯を止めて出かけました。9時過ぎに帰ると妻が「お父さん風呂が溢れている」というのです。私は記憶を辿りながら「確かに元栓は締めた」と言い張りましたが、結局は私の締め方がゆるかったのでしょうチョロチョロ水で風呂は溢れていました。「ああ、勿体ない」でした。一事が万事と文句を言われ、私の善意は妻には届かなかったようで、少しイライラの就寝でした。まあこんなことにめげず節約、節約です。

  「納税の 義務があるとは 知りつつも 税務調査は 嫌なもんだな」

  「こんな家 税金掛けるの? 嘘だろう 風呂に税金 木の上税金」

  「俺の芋 食うたイノシシ 税金を 逃れて暮らす 知恵があるのか」

  「そんな目で 見られていたのか 何年も 役所を辞めて 初めて気付く」


 

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