shin-1さんの日記

○鳥(酉年)に負けた猿(申年)

 これは動物同士の喧嘩ではありません。わが家の出来事です。どの家にもテレビの2台くらいはあると思うのですが、家族の少なくなったわが家にも居間用、次男息子用、それに空き部屋となって時たま帰ってくる長男と三男用の4台もあるのです。普通は居間で暗黙の了解のようなものがあって、朝はNHKニュース、昼はおもいきりテレビなどを見ながら食事をするのですが、昨晩夫婦間でちょっとしたもめごとがありました。朝新聞を開けてテレビの番組表を見ると北大路欣也の風林火山があるので、今晩は2時間ゆっくり見ようと心に決めていました。さあ見ようとタイトルが出た矢先に妻が外出先から帰って来ました。居間に入るなりテレビのチャンネルをウルルン滞在記という番組に私に相談もなく変えてしまったのです。

 さあ大変、それから少しばかりの口論となりました。「何故変える」「この番組見たかったの」「俺も見たかった」「あなたには先日も譲ったのだから今日ぐらいは」「お前は昨日もそういってチャンネルを奪った」とまあ他愛もない口喧嘩となったのです。昔なら茶碗やコップを投げて自分を主張したでしょうが、結局は私が負けて渋々息子の部屋へ退散と相成りました。わが家のチャンネル権争奪戦に負けた腹立たしさからすっかり興味もさめて、何と妻と同じ番組を別々の部屋で見てしまったのです。

 妻は酉年です。酉は早く寝るそうらしいのですが、酉年の妻は夜が強く朝が弱いタイプなので、夜はっビデオを見たりしながら遅くまで起きています。私は申年です。申なのに夜が弱く朝早い生活リズムなのです。こうして違う生活習慣を持ちながら30数年間もよく夫婦が務まったものだと関心しきりです。

 最近はことテレビのチャンネル権争いは妻に分があり負けてばかりです。でもテレビのチャンネル権くらいは妻にも譲った方がいいかもと、寝ながら反省しました。妻が言うように「テレビはわが家に4台もある。見たかったらそこへ行けばいい」し、「あなたにはちゃんとした書斎があるが私にはない。居間ぐらい私の自由を下さい」にも一利あるようです。

 チャンネル権争奪戦に敗れた猿は去るのみです。ああ寂しいかな濡れ落ち葉。私の行く手はいったいどうなるのでしょう。鳥(酉)に負けた猿(申)物語」一巻の終わりです。お終い。

  「テレビさえ妻に奪われ濡れ落ち葉寂しくテレビ別室で見る」

  「何につけ性格違う二人だが違うからこそオシドリ夫婦」

  「俺見たい私も見たいこのテレビいつも喧嘩はテレビ囲んで」

  「今頃は二つが見えるテレビあり同じ部屋にて夫婦別々」

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shin-1さんの日記

○あなたの未来は何色?

 私たちが子どもの頃、写真といえば白黒でした。親父が持っている古い写真帳はその白黒写真の殆どがセピア色に変色して、歴史の重みを感じさせてくれますが、その写真も元はといえば全て白黒です。でも白と黒だけであのような写真が表現できるのですから面白いものです。 

 私が町の「広報ふたみ」を担当したのは昭和49年4月15日付け299号からでした。月に2回の発行で実に10年間240号もの広報を世に送り出したのですが、その殆どの写真は正月号を除けば白黒だったのです。でもカラーの写真に比べ白黒の写真はシンプルがゆえに中々上手く撮れませんでした。

 あれから何年経ったでしょうか。今は「えっ、白黒写真ってあるの?」と言われるほど、余程カメラに凝った人でないと白黒写真はお目にかかれないのです。簡易カメラだってデジタルカメラだって全てカラーの世の中なのです。

 さて「あなたの未来は何色?」と問われたらあなたはどんな色を連想するでしょう。自分の未来に失望した人は黒なんて色を創造するかもしれません。高齢者のことをシルバーなんて表現するから、将来はシルバーなんていう人もいるでしょう。色は正直なもので着ている服の色を見て、地味な年齢の人が赤い服を着ると「少し派手じゃない?」なんて言われることもあるかも知れません。

 昔高倉健と倍賞千恵子が主演した「黄色いハンカチ」という映画がありましたが、「黄色いハンカチ」という色だけで何かハッピーエンドを連想することが出来ます。

 「私の未来は」いい予感の「伊予柑」色か、「真赤なリンゴ」色か、「若緑のキャベツ」色か、それともそれらの「色を配合したまったく新しい」色か、迷ってしまいます。

 でも色を想像すると具体的な物を連想してしまいます。人間牧場の「水平線の家」の外観は周囲に配慮して淡い山吹色を選んで自らが塗りました。ウーン山吹色も捨てがたい。私のハーフコートはベージュ系の白だからこれも清潔感があっていい。

 結局只今のところ「私の未来の色」は決まりませんでした。でも少し色について意識の中に色の存在をインプット出来ただけでも良かったと思います。

  「白黒に何時の間にやら色がつきそのことさえも分からぬ暮らしに」

  「ある人にあなたの未来何色か問われたものの答えも出せず」

  「赤い服着た妻幾分若返り少し見直す正月の朝」

  「気がつけば好みの色しかない私似合っているのか似合わずなのか」

 

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shin-1さんの日記

○体重計に一喜一憂

 現代人は体重計がやたらと気になるようです。それもそのはず現代人の食生活は「水を飲んでも体重が増える」と嘆くぐらい肥満な人が多いのです。自分の周りの人を見渡し頭に浮かぶ特に中年の女性は、どちらかというと釣鐘型の寸胴で、失礼な話ですがくびれが少ないのが実情です。勿論この傾向は男性だって同じで、温泉族といわれる温泉愛好家の目的は減量と美味しいビールを飲むことにあるのですから・・・・。

 妻に言わせると「体重を減らすのは余程覚悟がないと難しい」のだそうです。妻の場合勤めている近所の歯医者さんまでは僅か500mくらいなのですが、減量のため万歩計をつけて歩いて出勤です。健康な人の一日の歩く歩数は1万歩が目安だそうですが、妻はその努力の甲斐もなく毎日1万歩には届いてないようで、時には1万歩を稼ぐために遠回りをしたりして帰ってきます。夕方帰るなり「やったあ、今日は1万歩超えた」などと自画自賛です。でも万歩計なるものくらい当てにならないものもありません。仕事で身体をゆすってもカタカタと歩数を加えるのですから、正式歩数1万歩を確保するためには2千歩は余分に歩かないと1万歩に届かない計算になるのです。私の場合は携帯電話に歩数計がセットされているのでだいたいの目安が分かりますが、これも目安なのだと過信しないようにしてます。

 歩くことも大事な運動量なのですが、食べるものにも気をつけなければなりません。現代の食生活は高脂肪・高カロリーな食べ物が多いようです。肉類を減らし食事にせっかく気をつけていながら、お菓子や清涼飲料水、それに果物などを知らず知らず口にすると、体重計は正直な目盛りを指すのです。

 お正月は「食うては寝る」まるで豚のような生活をするといわれますが、その運動しない高脂肪な豚を食べれば豚と同じように太るのです。低カロリーな鶏の肉だってブロイラー肉はやわらかいとよく食べますが、鶏も雛から出荷まで僅か3ヶ月だそうで、運動させないで大きく育った鶏肉も高脂肪な食べ物なのです。

 少し運動に気をつけ、食事に気をつければ体重計は下がります。「女性の天敵は運動不足と食生活なのですから」と言う口の下、妻は相変わらず菓子と果物を口に放り込んでいます。

 私も正月に1キロ増えました。私の場合は正月に高脂肪なハマチの刺身を毎日食べた結果かもしれないと、食生活の見直しよりも、むしろ運動を増やそうと人間牧場の開墾に汗を流しています。さて1週間後の体重変化が楽しみです。

 日々の暮らしの中で毎日計る体重はまさに長生きと深い関係を持っています。体重計が憎らしく思えないよう毎日の暮らしに注意したいものです。

  「えっこんなはずじゃあないと思うけど針は正直ピンと跳ね」

  「一万歩歩いた安堵は菓子でふい増えるはずだよよく見ていると」

  「豚食って豚が寝るよな過ごし方そのうち豚に豚も驚く」

  「冬だから体動かす意味がある親父せっせと室内散歩」

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shin-1さんの日記

○土の香り

 今年の冬は寒波が度々やって来て、新潟県津南町では3メートルを超える積雪だと報じられています。綿のようにふわふわした雪も積もって水分を含むととんでもないような重さになって屋根を押しつぶし、尊い人命が50人を超えて奪われたといいますからただ事ではありません。特に独居高齢者の家では雪かきもままならず、苦悩の色がありありで正月早々暗い影を投げかけています。

 今日は人間牧場の畑を耕しに出かけました。南国四国だというのに日の当らない畑の影には白い雪が申し訳なさそうに残っていましたが、春の植え付けの準備のために土を地掘り鍬で掘り返し、根や雑草を取るのです。勢いを込めて土に挑むのですがいかんせん体力の落ちたこの腕ではカズラの根などそう簡単には掘り起せないのです。それでも急斜面の畑を少しずつ少しずつ焦らず掘り進んで行きました。

 北国は地面など見えぬほど雪が積もっているのに私の畑は黒々とした土がどんどん出てきます。山百合の球根などはもう春の芽吹きの準備なのでしょうか少し赤くなった芽が出ていました。

 土の匂いは何ともいいものです。鍬で掘り起こす度にプーンと匂ってくるのです。「どんな匂い?」って言われても土の匂いは表現が難しく、結局は「土の匂い」としか表現できないようです。

 時折粉雪舞うあいにくの天気で、地下足袋からは冷たさが体に伝わり、途中で止めようと思いましたが、身体はポカポカとして汗ばむほどでした。寒い冬はコタツやストーブの番をするより、やはい戸外で身体を動かす方が気持ちがいいものです。軽い昼食をはさんで4時まで作業をしたお陰で、狭い段々畑2枚が綺麗になりました。この分だと春の作付けまでには何とか間に合いそうです。

 畑を耕しながらふと沖合いに浮かぶ周防大島辺りに目をやりました。今日の大島は海を渡る雪雲にさえぎられてかすんで見えましたが、あの大島で民俗学者宮本常一はどんな気持ちで畑を耕したのだろうと思いました。農作業の基本である土を耕しながら何かを感じたに違いありません。日本のこと、島のこと、自分のこと、将来のことなど、色々なことが頭をよぎりました。

  「鍬打ちて荒れた畑を耕しぬあれこれこれ思いつひいふうみいよ」

  「冬眠の蛙ミミズが迷惑と言わんばかりに土の中から」

  「修養と思えば鍬も軽々と二枚の畑新地のように」

  「冷たさが履いた地下足袋襲い来る小雪舞い散る段々畑で」

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shin-1さんの日記

○一秒一分1時間一日

 電卓を叩くと実に面白いものです。たかが1万円弱のお金で買った使い古しのソーラー型電卓ですが、もう20年以上も使っているというのに壊れもせず、外の光はおろか蛍光灯の光にも反応して、何の電源も持たずせっせと働いてくれるのです。新しい年が始まって今日で一週間が経ちました。今は7日の7時ですから2006年は8760時間の内の151時間も消化したことになります。543600秒・9060分・151時間と電卓は正確に時の流れを数値化してくれるのですが、その間私はおおむね一日5時間寝るとして30時間寝て、毎食事を3時間とすれば18時間食事をしてきました。結果的には103時間を時にはパソコンに向かい、時には人と出会ったり、雑事に追われて暮らしてきたのです。

 私は大まかな生活の目安としてここ数年間、シーサイド公園の清掃を毎朝3時間やろうと心に決めて早起きに心がけました。また2000年からは、朝1時間余りは決まってパソコンの前に座って思いつくまま日記風のエッセイを書いてきました。特にこの4ヶ月間はブログと出会い書き綴ってきました。これも数値化すると4ヶ月で120時間以上の成果となりました。時は金なりといいますが、私にとって刻み続ける今日一日の24時間、1440分の使い方は自分の人生を決める、いわば一秒一分の積み重ねが一日であると、電卓は私にメッセージを送ってくれるのです。

 私は凡人ですから賢人のような日々は残念ながら暮らせません。ゆえに毎日「あーしもた。こんなことするんじゃあなかった」といつも後から後悔します。「今度は絶対失敗しないぞ」と思って望んでも、また同じような失敗を繰り返してしまうことだってあります。でもその日のうちに反省し、その日のうちに自分に言い聞かせ、出来るだけその日のうちに対策を講じると、失敗の数が段々減って行きます。その結果塵も積もれば山となって成果が上がります。

 居間の日めぐりも6枚が破られ、7の数字が顔を出しました。明日からまた新しい一週間が始まるのです。

  「一生は一分一秒の積み重ね一日大事おろそかせずに」

  「時は金金は失せても返せるが時はもどらぬ肝に銘じろ

  「過ぎし今近づく今と今はある今の連続俺の人生」

  「昨日悔い明日を憂える人がいるそんな暇ありゃ今を楽しく」 

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shin-1さんの日記

○あなたはどのレベル

 自分のレベルは一体どの程度だろうと思ってみても、誰と比較してとかどの時点と比較してとか、絶えず比較対照となる人や時点がなければレベルを計ることは難しいものです。これも生涯学習の資料に載っていたものをメモしていたものなのですが、特に生涯学習は人間の値打ちという物差しでも斤量でも計れないものを計ろうとするのですから、基準となる方式を作らなければなりません。

 その資料によると人間の成長方式には次の6段階があるそうです。これはかつて習った有名なマズローの欲求階層説に似ています。

 ①動物レベル

 ②近代人レベル

 ③移行レベル

 ④バランスレベル

 ⑤本物レベル

 ⑥識者レベル

 ①の動物レベルは良心なく目先のことや自己中心的な人間です。

 ②の近代人レベルは良心はあるが金銭欲、物質欲、権力欲、快楽欲求で麻痺して自己中心的、反社会

   的行動に走る人間です。

 ③の移行レベルは自己中心的だが反社会的行動をとらない人間です。

 ④のバランスレベルは自我欲求と公欲のバランスがとれている人間です。

 ⑤の本物レベルは他人の足を引っ張らない、信頼できる、マクロな判断が出来客観的に行動できる人間 

   です。

 ⑥の識者レベルは自我欲求皆無な人間です。

 さて私はどの程度まで自我が高まっているのだろうと、この際テストしてみてください。またあなたの周りの人間の顔を思い浮かべながら、当てはめてみるのも面白いかも知れません。しかしその結果については決して他言無用にしなければ、いらぬ揉め事になっても知りませんよ。

 大切なのは自分のレベルの発見です。自分がどのレベルの人間なのか分かれば、次のレベルを目指す明確な目標が見つかるからです。このレベルを見て子供時代の通知表を思い出します。6なんて最高点は取れなくても、せめて3か4ぐらいの人間にはなりたいものですね

  「さて俺はどんなレベルか自らに問うと答えはえ潜水艦」

  「せめて5のレベルぐらいはなりたいな思うんだったら今から努力」

  「レベルよりラベル気にする人多しレベル上げればラベル自然と」

  「その歳でまだ生きたいと我欲あり死欲よりまし逝けば帰れず」

  

 

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shin-1さんの日記

○発想の転換

 若者のよく利用するお店にコンビニがあります。私たちの町のような田舎にはコンビにも1軒しかありませんが、松山周辺に行くとこれでもかといわんばかりにコンビニがあり、視界の中に3つも見えることだってあるのです。先日田舎出身の若者に会ったら、「俺の村も田舎だと思っていたらコンビニが出来ちゃって」とうれしそうに自慢話を話すのです。若者の暮らしは最早コンビニなしでは立ち行かないのかも知れません。

 しかし、コンビニ社会を支えるエコノミック発想もこれからはひょっとしたら変化するかも知れません。

 エコノミック発想の基本は、①もっと使わせろ、②もっと捨てさせろ、③無駄遣いさせろ、④季節を忘れさせろ、⑤贈り物にさせろ、⑥きっかけを投じろ、⑦流行に遅れさせろ、⑧気安く使わせろ、⑨混乱を作り出せだそうです。これらの条件のどれもが人間を無視し自然を無視した状況であることに、日本人の殆どは正直まだ気がついていません。気がついていても「私一人でこの大河の様な時代の流れを止めることはできない」と諦めるでしょう。しかし、「俺がやらなきゃ誰がやる」の気概を持った人が出なければ今の日本は変わらないのです。

 私の父は88歳になりますが、発想の豊かな人間です。今日もこんなことがありました。私の家には私設公民館「煙会所」と海の資料館「海舟館」という二つの私設があります。その真ん中に通路があるのですが、冬になるとその通路を北西の季節風が容赦なく通り抜けます。父は何を思ったのかこの通路に廃材のサッシで防風んための戸を私の知らない間に入れました。私は格好が悪いから止めろと言ったのですが、聞く耳持たない親父はそのまま作業を続行しています。親父の発想は「風が吹きぬけて寒いから風を止める」から始まります。そして金をかけず風を止めるには集めた廃材サッシを使い自分で作業することを選んだのです。私だったらまず「格好」と周囲を気にしますが、父はあくまでも自然の風と向かい合っているのです。結局は親子の意見の食い違いの溝は埋まらず、春になったら取り外す約束で認めざるを得なくなりました。風は強風から微風に変わりましたが、今年の寒さが尋常でないだけに助かりました。やらないことをやれないといってる私よりよっぽど発想も実践もしっかりしています。この分だと90を超えて生きることでしょう。

 発想はやはり自然体、疑問を知恵の原点にする。その知恵を実行に移す。いい見本が側にあります。親父の3分の1も年齢が若いのに、発想は父の足元にも及びません脱帽です。

 風が吹く。この風で風車を回したら電気が起せる。風車を作りたい。金が要るから止めとこう。まあ現代人の私たちの発想はこんなものです。

  「芋食うて出るガス生かせばガスボンベ買わずにすむと思った昔」

  「この知恵は金になるかも知れないと思う瞬間アイデア枯渇」

  「偉そうな口は叩くが手や足は動かず終いのアイデア倒れ」

  「散る葉っぱ商品にして大もうけ誰でもできそう誰にもできぬ」

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shin-1さんの日記

○タバコをのまない人には理解できない風景

 私は生まれてからこの方タバコをのんだことがありません。高校生の時先輩からタバコをのめと言われ拒否したら殴られました。それでも私はたばこをのみませんでした。高校の同級生がタバコをすっているのがバレて謹慎処分を受けた時も、「タバコで謹慎処分なんて馬鹿らしい」と言った記憶があります。

 昔から「タバコは百害あって一利なし」といわれますが、今はタバコを吸う人を蔑んだりしないし、同じ部屋でタバコを吸われても別に嫌だとは思いませんが、今日市役所に所用で行った時、ある住民から「あなたは役場の職員だったのだから外でタバコを吸っている人に注意しなさい」と唐突に言われました。その人の言うのには「市役所の外で職員が灰皿の置いてある場所にたむろしてタバコを吸っているのを見て、あなたは何も感じないのか」と言うのです。「気がついたら自分で言いなさい」と言いたかったのですが、それも出来ず、少し後ろ髪を引かれる思いで帰って来ました。

 市役所は多分禁煙でなく分煙だと思います。灰皿のある喫煙場所での喫煙は認められているのです。喫煙者の権利に配慮したこの判断は正しいと思うのですが、さて昼食時や休憩時ならいざしらず、仕事中に吸うことは如何なものでしょう。役場を辞めた私は極力役所には行かないようにしています。何故ならかって私が役場に勤めていた頃役所を退職した先輩が、朝な夕なやって来て、やれコーヒーを入れてくれとか、この仕事をしておいてくれとか、こちらの忙しさもお構いなしに土足で踏み込んで来られたものですから、私はあんな先輩にはなるまいと心に決めていたのです。自治会長をしているので呼ばれたりしますが、その場合もカウンターの外で極力要件を済ませることにしています。

 合併して9ヶ月が経ちました。人事交流とかで旧他市町から来た職員も、最初は緊張からか控え目な行動でしたが、今は時間中m堂々と喫煙するようになって、喫煙場所は沢山の人が群がっているようです。ある人がこれを見て「タバコを吸う時間の給料を差し引いたらいいのに」なんて話していました。

 タバコは嗜好品で、タバコを吸うと精神が落ち着くことは仕事の能率を上げる意味からも大切なことですが、だからといってむやみやたらと時間中に飲むのも如何なものでしょう。

 そこで提案です。合併によって支所化された役所は空き部屋が随分できたはずです。どこか一室を喫煙室にして、集煙機を置いてあげると見た目にもいいのではないかと思うのですが・・・・・・・。

  「時間中外でタバコを吸い駄弁るあんたの時給幾らですやろ」

  「スパスパとタバコ飲めたは昔事今は肩身の狭い思いで」

  「止められぬおかしい俺は七回も止めたぞタバコ今度は禁酒」

  「胃を切るが酒は別腹飲み始めいのち縮むは側の奥さん」

  

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shin-1さんの日記

○笑いのある人生

 私は駄洒落が大好きです。少し変な雰囲気になった会合でも駄洒落を連発すると、「寒むーい」なんて時もありますが、殆どは会場が和んだ雰囲気になるものです。笑いのない人生は「クリープを入れないコーヒー」と同じで、まろやかさがありません。でも笑いって本当に奥が深いと思います。

 最近のテレビのお笑い番組は、殆どが下品でどうしても笑わせようとする姿がありありで、時にはやらせが問題になることすらあるのです。品の良い笑いは相手の心が思わず和むものなのです。

 今日の新聞に萩本欣一さんの面白い言葉が載っていました。萩本さんはかつて坂上二郎さんとコンビを組んだコント55号として、お茶の間の人気者でした。萩本さんに言わせると「笑いは風」だというのです。「空気や水はないと困るけど笑いはなくても生きていける。でも風と同じで絶対にあったほうがいい」そうで、的確な表現だと思います。

 萩本さんは野球のクラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」を立ち上げ監督を務めています。笑いと野球は水と油のような関係だと思うのですが、野球に笑いを取り入れ、キャンプ地に活力を与えたり、野球の楽しさを確実に増やしているのです。

 「風は強すぎると害になり、風鈴を鳴らせば喜ばれる。笑いは風だから心地よければいいが、それが難しい。生涯勉強なんです」という、お笑いプロの萩本さんの言葉は深い意味があると感じました。私たちは日々の暮らしの中で、どれ程相手の心を和ませる笑いの心を持っているでしょう。

 先日生涯を独身で通している町内の女性に出会いました。「若い頃は連れ添いも子どももいない暮らしは快適でした。人はチヤホヤしてくれるし、儲けたお金は全て無駄がなく全部自分の自由になる、これほど楽しいことはありませんでした。正月など気の会った仲間と旅に出て美味しいものを食べ楽しかったです。でも定年になって自分の暮らしが一変しました。周りを見たとき自分の話し相手がいないのです。そして自分が一年中殆ど笑わないで暮らしていることに気がついたのです。今頃気がついて、多分若気の至りだったのでしょうが、寂しい人生だったと反省しています」

 この話を聞いた時、笑いのない人生がいかに味気ないかしみじみと考えさされました。

  「ラッキョウが転げて笑い屁で笑い笑い絶えないわが家明るし」

  「電気つけ幾ら明るくしたとても笑い消えたら真っ暗闇です」

  「ひょっとことおかめの顔したわが夫婦だから今日まで面も取らずに」

  「孫ひとり増えただけでも百ワット明るくなったよワッハッハのハ」

 

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shin-1さんの日記

○辛さと幸せ

 この2字を見てよく似ているなあと何時も思います。鍋蓋と土蓋だけでこうも意味合いが違うものなのでしょうか。鍋蓋は辛いと読みます。鍋の中のお湯がグラグラ煮立てば熱くてたまらなく、本当に辛いのです。一方土蓋は幸せと読みます。人の名前にも幸子という名前が付いているくらい人々は幸せを求めています。多分土の持つ温かさや包容力、植物を育てる土の力が幸せをもたらすのだと思います。

 私たちは仕事をする場合、人に命令されたりその仕事に身が入らないと辛さを感じます。一方自分の意思で使命感に燃え進んで仕事をすると幸せ感を味わうことができます。辛さと幸せのどちらを与えれば仕事の効率が上がるかは誰が考えても一目瞭然ですが、実は世の中幸せに暮らしたいと幾ら思っても以外と辛いことが多いのです。

 私の経験でも辛い仕事は随分ありました。町を二分するような町名変更騒動を担当した時は、側で見かねた妻が「そんな辛い仕事なら辞めたら。私も働くから」と助け舟を出してくれました。今考えても辛い仕事だったと思います。まt夕日をまちづくりのテーマにすえ、シーサイド公園を建設する時も「何処にでもある夕日が何故双海町の地域資源なのか。巨額の投資をして人が来なかったり赤字になったらどうするのか」と沢山の反対に会い、孤軍奮闘辛い日々を過ごしました。

 でも私には希望があって辛い仕事を辛いと思わず、辛い仕事の後には必ず幸せがやって来ると信じて、決して逃げることなく、辞めることなく幸せの青い鳥を追い求め続けました。結果は鍋蓋の蓋が取れ、土蓋に変わったのです。

 こんな公式を思い出しました。①与える幸せ-与える辛さ>0 ②与える幸せ-与える辛さ<0の2種類です。①派辛さを与えるより幸せを与える方が大きい働き甲斐のあるやり方です。②は辛さの方が大きい働き甲斐のないやり方です。私の場合は世間の風は冷たかったのですが、家庭やトップの温かい励ましが①の方式を生んで行きました。いい家族、いいトップに巡り会うのもまた幸せの第一歩なのです。

  「振りかえりゃ何でもないと思うこと何であんなに辛かったのか」

  「幸せと辛さ文字まで良く似てる表幸せ裏なら辛い」

  「幸せは皆身にあると人は言う心持ちよで辛く感じる」

  「一生は辛さ幸せ交互来る足して二で割りゃ皆同じなの」

 

 

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