人間牧場

投稿者: | 2021年7月26日

〇人間牧場の由来(その2)

 私が代表を務め主宰しているボランティアグループ「21世紀えひめニューフロンティアグループ」では、「ふるさとを空から見る運動」を皮切りに、「無人島に挑む少年のつどい」「丸木舟建造と瀬戸内海航海」「無人島竪穴式住居造りと語り部のつどい」「ブーメランテーブル製作」「10年で40回のフロンティア塾開講」「千本桜の森づくり事業」などこれまで多岐にわたって活動をしてきました。

 

 その活動の企画や運営の知恵が生まれたのは、家の横に手作りで建設した「私設公民館・煙会所」です。勿論わが町の「夕焼けプラットホームコンサート」や「夕日によるまちづくり」の発想もここから始まっていますが、私の元に何度かやって来た東京浪漫亭の鈴木繁夫さんは、これらのことを仲間とともに楽しそうにやっている私の姿に強い興味を示していました。

 今にして思えば自分の構想していた人間牧場への思いと、私のやっている活動をダブらせていたような気もするのです。先日出会った国立青少年交流の家の次長さんは浪漫亭の鈴木繁夫さんと深い交友があったそうで、私以上に鈴木繁夫さんの人間牧場構想を知っている数少ない人のようでした。私はこれまでの活動をしながら、鈴木繁夫さんと約束した人間牧場をどのようにしたらできるか考え、退職前準備した構想と資金を基に、教育長を最後に退職したと同時に実行に移しました。

 16年前その構想は曲がりなりにも実現し、今に至っていますが、次長さんとの出会いのお陰で、忘れかけていた鈴木繁夫さんの存在と遺志を継ぐ約束、そして人間牧場構想の発端を思い出すことができました。このことは私の遺志を継ぐであろう息子にもしっかりと伝えておかなければならないと思いました。今年は外反母趾の手術で長期入院を余儀なくされて草刈りもままならず、人間牧場が草に埋もれてしまいましたが、少しずつ元気を取り戻しつつあるので、折に触れ草刈りなどを行い、人間牧場にスイッチを入れ直し再起動して、今は亡き鈴木繁夫さんに元気な姿を報告したいと思っています。

「牧場を 造ってあれから 16年 すっかり忘れて いた人存在」

「今年は 長期入院 あれやこれ 草に埋もれて 初心すっかり」

「忘れてた 記憶スイッチ 再起動 次なる人に 伝えなければ」

「いい人に 巡り合わせて くれました 元気回復 心の持ちよう」

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