shin-1さんの日記

○えっ、中学校で電卓使っているって

 学校の授業も私たちの時代とは随分様変わりしました。文明の利器とてなかった時代ですから掛け算や割り算は勿論のこと、ルートの計算も全て手作業でした。先日飲み会で学校の授業に話が及び、小学校ではハーモニカが教材から姿を消してリコーダーになったことや、中学校の数学の授業に電卓が登場していることを知らない人が随分いることに驚いたのです。「先日息子の授業参観に行って息子が授業に電卓を使っているのを見て驚いた」と真顔で話すのです。電卓を授業でt使う話には賛成派と反対派がありました。賛成派は「だいたい学校の授業は社会に役立たないことが多い。もっと社会に出て役立つような勉強をせんとあかん。電卓は今や常識なのにソロバンを習わせるなんて」と、ソロバンなんか教えてないのに時代錯誤な話にまで及んでいました。反対派の意見は「だいたい電卓があったら算数の答えはみんな100点になるんと違うか。そんな事業はありえない。学校は基本・基礎を習う所だから、電卓に頼るような授業は好ましくない」と一利ある反論でした。

 そういえば日本の英語の授業についても彼らは酒の勢いを借りて痛烈な批判を展開していました。「おらは大学4年、高校3年、中学3年、合計10年間も英語を習って喋ることも読むことも出来ない英語の授業はおかしい」と言う勇敢な意見がありました。ある人が「それはあなたの能力がないだけで、英語を話せる人は沢山いる」で勇敢な彼は二の口が出ませんでした。なるほど納得です。

 『学校で自分の子どもたちが今何を習っているか知らない親のあり方が問題だ」と私も議論の中へ割って入りましたが、『同感、同感」と共鳴はしたものの「じゃああなたはどうするの」には残念ながら答えが返ってきませんでした。

 日本の親は自分の子どもの教育に、特に父親は無関心すぎます。保育園や幼稚園は運動会などビデオカメラの放列で見えないほど子育てに熱中した父親も、中学校や高校では殆ど顔を見れないのがその現実を物語っています。中学校や高校こそ父親の出番ではないかと思うのですが・・・・・。

  「学校は母親行くもの思ってた日本の教育これでいいのか」

  「電卓を叩く数学授業見た親父たまげて酒の肴に」

  「4・3・3・10年習って話せない日本の英語私も同じ」

  「学校へたまには顔を出すように親父の会を作る悲しさ」

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shin-1さんの日記

○夜遅くまでご苦労さん

 私の妻は近所の歯科医院で働いています。職業的にはパートなのですが一応日勤です。所帯持ちの妻としては何やかにやと所用があって休む事が多く、小さな歯医者さんなので従業員も少なくその度に心を痛めています。妻が勤める歯医者さんは月曜日と金曜日に夜7時まで仕事があります。冬の日暮れが早い今頃は帰りが遅い感じがして、暗くて寒い夜道は何かと心配です。といっても私の心配は口だけで、犬も猫も相手にしない中年ゆえ余り心配はしていません。(「まあ失礼」と妻に言われそうなので失言は取り消します)

 私は4月から無職ですからさしずめ私は妻の紐なのでしょう。これまでは私が稼ぐからこの家は成り立っていると心で思っていましたから、態度も何かにつけ横着でした。でも今はそんな自分の態度を深く反省し、せめて少しだけでも妻の手助けをしようと殊勝な考えを持てた自分は偉いと、自分自身を褒めています。

 今日もまだ帰って来ない妻を待ちながらパソコンを打っていますが、本当は料理の一つも出来れば妻がどんなに助かるだろうと思ったりします。でも結局は料理の一つも出来ないのです。あっ、妻が「只今」と玄関の戸を開けました。「お帰り、寒かったろう」と言ったら妻にっこりと私の書斎に顔を見せました。まあこの程度の夫婦関係で幸せなのですから犬も食わずでいいですね。

 それにしても妻はよく動きます。あんなに動いて何で下腹が引っ込まないのか不思議な気さえするのです。炊事・洗濯・掃除・おじいちゃんの世話・民生員・仕事・子どもの世話・家計簿記帳・金のやりくりと、手の指だけでは足りず、足の指まで加えねば数え切れないほどの働き振りです。これは何も私の妻だけでなく日本の女性は実によく働きます。しかしそのことについて最近男女同権が浸透した日本では、女性軽視で叱られますので止めますが、まあ妻に感謝の今日この頃の私なのです。

 本当はその感謝の心を行動で示せばいいのでしょうが、私も古い日本の男性でブログでしか表現できません。悪しからず。

  「遅くまで働く妻に感謝して遅い夕餉の膳を囲みつ」

  「おらが妻欲を言ったら切りないが気前良いのが玉に傷です」

  「少しでも痩せたい気持ちで歯医者までたった五分のウォーク無理して」

  「おいと言う呼び名で返事のわが妻はまるでロボット今日も元気で」

 

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shin-1さんの日記

○人間牧場に雪が積りました

 双海町といえば青い国四国の中ほどにある瀬戸内海に面した気候温暖な町です。これまでにも雪が降ることはありましたが、積ることは殆どありませんでした。したがって小高い所に位置する人間牧場に雪など積るはずがないと鷹を食っていました。ところが今日市役所税務課から通知文が来て「家屋調査をするから立ち会うように」とのことでしたので、約束の午前10時に人間牧場へ行きました。ひょっとしてと思ったものですから、三男の4WD車に乗って出掛けました。案の定道端には昨日降ったと思われる雪があちこちに残っていました。水平線の家の前のウッドデッキは1センチ程度の白い雪に覆われて、今まで見たこともないような光景です。しまったカメラを持ってくればよかったと思ったのですが忘れてしまいました。

 先日の福井でのドカ雪や大洲青年の家の積った雪を見ているので、大した雪の量ではありませんが、それでも雪の風景は絵になるものでした。昔「南の国に雪が降る」という映画を見たことがありますが、雪の積らないわが町ではやはり雪景色は憧れの風景です。年内に寒波が来るそうなので今度はその風景をカメラに収めたいものです。

 ところで人間牧場のような取るに足らない建物でも税務課はしっかりと目をつけ、調査に来るのです。顔見知りの職員さんでしたが、税金の話になると人が変わったように厳しい顔で査定していました。勿論税金を逃れようなんて考えてはいませんが、こんな小さな、しかも辺鄙な所の建物をよく探すものだと改めて感心しました。職員さんの話によると来年の夏には県税が、4月からは固定資産税が課税されるそうです。また使っていない人間牧場の水平線の家だけに、少し出鼻を挫かれた格好で憂鬱になりました。

 私が全国行脚に出ている間に息子は囲炉裏の上に凄いダスト(集煙装置)を設置していました。自分で作ったのだそうですが、4ヶ月もかかって友人の鉄工所で作った力作に拍手を送りました。

 ストーブが入っていないので畑に入り切り株を2個おがし、身体がポカポカ温まったので下山しました。

  「雪積るウッドデッキにモズ一羽小さな足跡つけて飛び立つ」

  「北陸で見た雪比べりゃこんなもの雪とは言わない大口叩く」

  「先々で人間牧場話すから私のブログ人気高騰」

  「山小屋に税金かけると役所言う無職の財布寒いと言うに」

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shin-1さんの日記

○ゴミの行方

 年末が近くなってくると近くのゴミ置き場には日ごろの倍近くのごみが出されます。多分正月を控え早めの掃除をしているからかもしれませんが、よくもまあこんなにゴミが出るものだなあと感心します。最近は風も寒さも一段と増して、井戸端会議ならぬゴミ端会議をする人もめぅきり減って、どの人もそそくさと帰っていくのですが、このゴミは間もなく朝だのに何故か夕焼け小焼けの音楽を鳴らしたゴミ収集車に積まれて清掃センターへ運ばれ、焼却処分されるのですが、ゴミのルールも随分守られるようになって、積み残しもなく処分されているようです。

 最近気になる話を聞きました。私の町にも一丁前にもコンビニが一軒ありますが、経営者の話だと弁当などは賞味期限が早く、その日に売れなかった物は全て廃棄処分される運命にあるのだそうです。年間の行事予定や土日を当て込んで予約注文をFAXするのだそうですが、弁当は天気によって相当開きがあるのだそうです。天気予報を頼りに天気を予測して注文を増やし当ればそれで儲かるのですが、逆に雨でも降られると大損なのです。その辺は長年の感でといいながら、今の世の中のように先が読めないのが実態のようです。これらの廃棄処分弁当は間違いなくゴミとして処理される運命なのですから勿体無い話です。結局大資本の弁当を卸す側は確実に儲かるようになっているのですが、一日の弁当処分は日本中で500トンといいますから大変な量です。

 この廃棄した弁当を拾いにホームレスが来るのを見て、その上に食べられないように泥水をかける風景は富める国日本の貧しい心の表現としか言いようがありません。外国ではレストランで余ったものをパックに入れてホームレスにさりげなく渡す光景に出会い、感動した場面も報告されています。

 先日北陸福井への旅の途中、大阪駅の地下街で寒い路上に平然と寝ているホームレスを見て心が痛みました。彼らには彼らの人生理論があっての生き方でしょうが、正月間近なこの寒空にこんな人生もあるのです。

 限りなく出るゴミ、そのゴミを処分するために使われる膨大な費用、ああ日本もいよいよ末期症状、何とかしなければなりません。両手に提げたゴミを見て心が痛んだ朝でした。

  「このゴミは金を出して買ったもの寂しく焼かれ土に返るか」

  「カラスさえ見向きもしない喰えぬゴミ元はといえば石油変身」

  「食った後裏書見たら過ぎていた賞味期限の気持ち悪さよ」

  「このミルク実はミルクじゃありませんミルク混ぜ飲む人に教える」

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shin-1さんの日記

○人気です私の新作名刺

 役場の職員時代に使っていた名刺の台紙がなくなったこともあって、思い切って名刺のイメージチェンジを試みてみました。私たちまちづくりに関わる者にとって、いや私のように全国を歩く者にとって今や名刺は携帯電話と共に必需品になってきました。一枚の名刺によってその人やその人が住んでるまちのイメージが広がってくるのですから、名刺は最も身近なPR手段だと思います。

 新しい名刺は前にもブログで書いた山口県岩国市で出会った「わたなべえつこ」さんのサイン入り色紙をパソコンスキャナーで取り込んだものですが、その色紙の横には残念ながら2001のサインが入っています。今のパソコン技術だと簡単に消せるのですが、私はあえて消しませんでした。つまり似顔絵にせよ私は5歳も若い5年前に若返ったのです。

 地域政策センターの清水さんの紹介する印刷屋さんにお願いして差し当たり500枚作ったのですが、これが中々の評判で、福井市の大会と大洲青年の家のシンポジウムで100枚も使ってしまいました。妻曰く「名刺も考えて使わないと」と釘を刺されてしまいました。名刺は名を刺すですが、妻は釘を刺しました。

 でも私の似顔絵の後ろは日本一と自認する夕日で、手書き文字の「沈む夕日にちょっと待った」が、「しずむ夕日が立ちどまるまち」というキャッチフレーズに負けず劣らずこれまたいい表現のようで気に入りました。

 「全国の若松進一を知っている2005年11月末までに私と出会った皆さーん。そして私が差し上げた名刺をお持ちの皆さーん。あなたの記憶の若松進一や名刺をお持ちの方は残念ながら賞味期限が切れております。お早めに新品と交換しましょう。」

「名刺一枚で30分喋れる男」をスローガンに掲げている私ですから、肩書きに書いた「人間牧場主」というのも、「これなんですか?」と必ず質問が返ってきます。私は「うんうん」とうなずきながら薀蓄を語るのです。

「ヤッホー新作名刺は成功だー」と大声を出したくなるような心境です。多分これはテレビコマーシャルという極めて短い時間に商品を売り込む術に似ています。出会いが勝負のまちづくり、少しの間この名刺の売れ行きを見定めて、また新しいアイディアに挑戦したいものです。

  「どれ程の名刺貰うも取っておく気乗りするのは二枚か三枚」

  「新作の名刺ポッケに今日もまた西に東に北へ南へ」

  「一枚の名刺の値段幾らなる電卓叩いて原価計算」

  「自分の名使い使って60年それでも世界でオンリーワン」

  「私とて何時かは賞味期限切れ早めに更新危険ですから」

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shin-1さんの日記

○若いっていいねえ

 「この歳になると」なんて言いそうな年頃になると、決まって「わしが若い頃は」とか「わしがもっと若かったら」なんて過去と未来に思いをはせてついつい「若さへの願望」を言葉にするのですが、この数年随分と若い人との出会いが多くなってきました。昨日今日の「大人を考えるシンポジウム」も大学生相手の講義も、また卒論指導も年齢的に大きな差がありながら、あえて若者族にアプローチしようとする姿こそ「最後の悪あがき」なんて悪口を言われそうです。

 私はこのところ、えひめ地域政策研究センターが隔月に発行している「舞たうん」という雑誌に、シリーズで毎回執筆を続けています。そのタイトルが「若者とまちづくり」なのです。このタイトルを聞いた限りではまちづくりと若者の関係に首をかしげる人が多いのも事実です。でも本当は若い頃からまちづくりについて正しい知識をもっともっと教えて、社会の一員としてまちづくり活動に積極的に関わって欲しいという願いからこの執筆を思いつきました。

 執筆を始めてもう6回が終わり新春には7回目の原稿が掲載される予定で、その校正ゲラがインターネットで担当者から今夜送られてきました。ゲラを見て驚いたのは写真の多さです。今回のテーマは「大学生が考えた住みたいまちの条件と訪ねたいまちの条件」なのですが、昨年の学生が授業の一環として考えた図表が色も鮮やかに再現されているではありませんか。今年度から職員がパソコン技術を駆使して作る紙面は全てカラーのままフロッピーで印刷業者に電送されるのでしょうが、素晴らしいの一言に尽きるのです。

でも文字の校正まではパソコンはやってくれませんから、結局は最後に人間の手が入ることになるのです。

 本当はこれらの記事を若者にも読んで欲しいのですが、配布先の向こうには若者の姿は残念ながら見えていません。それでも配布先である行政や機関が若者を理解する一助にして若者政策に生かしてもらえるならこんな喜びはないでしょう。ウーン、でもダメでしょうね。

 かつて青年団が活発な時代は、まちづくりの主役はどの町や村でも青年でした。その青年がいなくなった町や村では比較的若者と思われる30代、40代が若者らしい活動でまちづくりをしています。年齢は関係ないといいながらやはり若者の不在は大きな社会問題となっています。もう一度「若者とまちづくり」について考えてみましょう。

  「若者の一字違った馬鹿者がもうすぐ成人式を乗っ取る」

  「私とて若い頃があったのよ本当か嘘か入れ歯ガクガク」

  「赤紙で戦地赴くあの頃は国を思ってただひたすらに」

  「今だから言える若さの過ちも過ぎれば懐かし思い出彼方」

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shin-1さんの日記

○人間何が幸せか

 私を勝手に「ししょー」と仰ぐ丹原町、いや今は合併して西条市丹原町に住んでいるちろりん農園の西川君に逢う度に「人間何が幸せか」考えさされます。彼は大阪出身で鳥取大学農学部を出て高校時代から付き合っていた彼女とともに丹原町にやって来て、農業を営むようになりました。丹原町来見という地名がかつての人気番組「ちろりん村とくるみの木」に似ていたのでこの名前の農園を作りました。鶏を飼ったりその糞で有機野菜を栽培したりする循環農業で生計を立てていますが、儲かる農業とは程遠く、年収100万程度だというのです。奥さんは空いた時間にピアノを教え、当の西川君は消防団や文化会館運営員など世に言う俗世と隔離することもなく普通の暮らしを穏やかに暮らしています。彼の生き方に共鳴する海外や国内の若者を研修生として迎え入れ、ギターを弾いたり、自家発電をしたり、自家製造のアルコール飲料を持ち歩くなどとにかく人生を楽しんでいるようです。

 彼の凄さは「みのり通信」というB4タイプの通信文を長年にわたって書き綴り、「晴れときどきちろりん」を出版しています。私も序文を書いてくれと頼まれ書きましたが、書く、喋る、実践できる数少ないマルチ人間です。

 いつどこで知り合ったのか未だに思い出せませんが、彼と会うたびに余分なお金など必要ないとしみじみ思うのです。自分の暮らしを見つめ直してみれば、人とのお義理的な付き合いや日々の暮らしがいかに贅沢で無用なものにお金をかけているかがよく分かります。昨日も軽四トラックに乗って平気で私たちの前にさっそうと屈託もなく姿を現わしました。

 バンダナを頭に巻いた姿も格好いいし、私の憧れの人でしょうね。これから彼の生き方に少しでも近づきたいものです。

 「人間は何が幸せか」、この遠大で究極の自分自身への問いかけに、退職を機に出会ったいわば「何が幸せか元年」とでもいうべきこの一年でした。残りの日めくりの枚数の方がこれまで日めくった枚数より酸くなった今こそ幸せについてもっともっと考えて生きてゆきます。この一年ではっきりしたのは「人生お金じゃないな」でした。

  「あれだけの収入よく喰う人は言うそれでもその人人より楽し」

  「お金など持っては行けぬあの世には何故にあくせくお金に執着」

  「俺見ろよ歳末義援に寄付をしたちょっぴり一善いい年来るかも」

  「傷跡が痛むからとてサポーター妻が配慮の上から撫でる」

 

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shin-1さんの日記

○青年の家で泊まりました

 社会教育の仕事が長かったため、私は北は北海道大雪青年の家から南は沖縄青年の家まで、全国13箇所もある国立青年の家全てを訪れ、全てに宿泊した経験を持っています。青年の家の関係者を除けばそんな珍しい人はいないのではないかと思われますが、私の場合若い頃から青年の家で随分大きな宝物をいただきました。人様の前で主張が出来るようになったり、多くの仲間だ出来たり、ふるさとを愛する心が育ったり、はたまた感動する心が育ったのは、青年団と共に青年の家での学びでした。とりわけ思いで深いのは地元愛媛県大洲市にある国立大洲青年の家で、若い頃青年の家誘致運動に明け暮れ、多くの人の力を借りて大洲に建設が決定した時は涙がいっぱいこぼれたものでした。

 昨日、今日と二日間、その思いで多い青年の家が主催する「大人を考えるシンポジウムに出掛けました。この事業の企画委員会委員長に就任しているものですから、一泊二日青年の家で過ごしました。ニートや引きこもりが大きな社会問題になっている昨今ですから、多くの人に集まってもらおうと様々な知恵を出し合って企画しました。1部は作家椎名誠さんの記念講演会とあって、内外から体育館が満員になるほど参加者がいましたが、2部の職業を考えるワークショップでは60人余りが6ブースに分かれ、地元で輝いている人たちの話を熱心に聞き入りました。夜は車座になってフリートークを若者たちと色々な意見のやりとりをしました。

 関係者が集まって深夜に及ぶミーティングを終え、講師室のベットに潜り込んで、暗闇から舞い落ちる粉雪を窓越しに眺めながら講師室のベットに潜り込んで眠りました。早朝の青年の家はまるで冷蔵庫のようで、朝のつどいや清掃、毛布たたみ、朝食などかつて青年の家で暮らした日々が懐かしく思い出されました。忙しい日々の暮らしの中で忘れかけていた青春の営みが、今もここでは毎日毎日行われているのです。30年間で300万人の人がこの青年の家を利用しているのですから、凄いことだと思います。

 一時期青年の家と不仲になったりして足が遠のいたこともありましたが、やはり青年の家には心をときめかせる何かがあるように感じられました。

  「雪踏みて望み抱きつ登り来る若者たちに生きる力を」

  「世の中も歳も進むにこの家は変わらずわれを迎え励ます」

  「朝昼夜弁当不味いとケチつける贅沢慣れた若者たちが」

  「若い頃女性の握る手ときめいたふとわれ帰り少しときめく」

 

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shinn-1さんの日記

○めっきり減った忘年会

 酒が飲めた現役の頃は酒のお誘いが幾つもあって、特に忘年会シーズンの年末などは妻が「お父さん、年末は松山から通っているよう」と錯覚するほど松山へ飲みに行っていました。あの金は何処から出てたのか?、あの飲み代を使ってないのだから相当お金は貯まるはずと思いきや、「下戸に建った蔵がない」といわれるように、酒を止めた下戸の私に蔵など建っていません。あっ、そうだ人間牧場の水平線の家が建ったので「下戸に建った蔵がある」に訂正したいと思います。

 昨日は久々に地域づくり研究会議の運営委員会終了後仲間と忘年会をやりました。会費5千円でしたが酒の飲めないウーロン茶一辺倒の飲み放題でしたが、酒の飲めない私を気遣って食べ物をどんどん回してもらうので、あいにく昼食を忘れていたものですから、お腹いっぱい食べてしまいました。

 飲むほどに酔うほどに話が盛り上がり、2時間があっという間に過ぎて行きました。一年の速さを感じる人もいれば、多くの感動の場面を思い出して感慨深げに話している人もいて、仲間ゆえ端々の共感を共有し共鳴もしました。人の記憶は忘れがちですが、私の言った何気ない一言がその人を勇気付けた話は、当の私が当の昔忘れていたことだけに、絶好の酒の肴でした。

 古くなったのでしょう。私の元へは多くの人から様々な難問相談が持ち込まれます。その都度私流に親切に、時には冷静にアドバイスするのですが、そのアドバイスのお陰で随分助かりましたと、酒の飲めない私に形だけでいいからとお礼の返盃をいただきました。車の運転をすること、酒を飲めないことの了解を前提に盃に並々、うれしい盃でした。

 酒は思い出酒・忘れ酒・やる気酒など様々です。時には酒の勢いで喧嘩酒・涙酒・慰め酒だってあるでしょう。どの酒にも味がありますが、せめて喧嘩酒だけは控え、美味しい酒を飲んで、忘年会ならぬ望年会といきたいものです。 

  「酒飲めぬ身体になって早五年今ではウーロン酔った気持ちで」

  「今日の酒思い出酒と洒落込んで慣れぬマイクで小林幸子」

  「忘年会五回もやって忘れたよそれは誤解だ酒のせいでは」

  「ふらふらと歩く人たち眺めつつ俺も昔はあんな姿で」

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shin-1さんの日記

○民という言葉

 35年間も官職をいただいて生きてきた私にとって、官を捨て民に立場を置いてみると、想定内のこととはいえ想定外の場面にも相当出くわします。官社会では常識なことが民からみると非常識なことはいっぱいあります。そのことに気付くには官ながら絶えず民的発想で考える習慣を身に付けることと、官から民に変わった私のような人間の助言に耳を傾ける方法など、幾つもの選択肢があるようです。最も悲劇は官の側にいる人が官の非常識な考えにまったく気付かず、そのまま一生を過ごしてしまう愚かさでしょう。

 公民館、民活、民力、民衆、民具、民話など民と名のつく言葉は多いのですが、その言葉の響きに何故か田舎的な匂いがすると思うのは私だけでしょうか。官は盛んに民に参加や協力を求めたがり、そのことを少しの言い訳に行政を進めています。しかしよくよく考えれば本当にやって欲しいのは、住民参加ではなく行政参加、つまり官が民の活動に参加しなければいけないのです。

 私は300戸余りの自治会の会長をしていますが、一斉清掃や盆踊り大会、同和教育講座など開催しても官たる役場職員、学校の先生などの参加は殆どなく、あれこれ忙しいと理由をつけて顔を見せません。

 先日もある自治会の集会を日曜日に計画しました。ちらしや有線放送で2週間前から周知をしていました。たまたま知人の役所の職員に一週間前顔を出くわせ、参加するようお願いしました。彼が言うには「その日は重要な会議があるのであいにく行けない」というのです。からり晴れたその日、私は集会の準備のため早朝、単車で集会所へ出掛けました。途中にその職員の家の前を通って驚きました。部下数人と一緒にゴルフの道具をトランクに積んでいました。私は顔を合わさないようにその場を通り過ぎましたが、彼は私の姿に気付いてそそくさと車に乗り込んでしまいました。

 彼にとって重要な会議とはゴルフのコンペだったのです。しかし官の平気で嘘を言う習慣は民から見ると非常識な世界以外の何ものでもありません。ゴルフに行くも結構、ゴルフコンペを断れない義理もあるでしょう。そうであれば「先約があるので」と正直に言えばいいではないですか。後日私に彼は断りの電話をかけてきました。

 官の嘘つきは官の信用失墜を意味します。昔あなたの給料は誰から貰っているのと尋ねたら「市長さん」と答えた大馬鹿な公務員がいました。給料は民の納めた税金、つまりあなたの給料は市民からいただいているという心をしっかりと肝に命じて欲しいのです。

  「常識と思う人あり公務員民から見るとそれは非常識」

  「給料が下がった減った嘆くけどそれででも高いあなたの値打ち」

  「たばこ吸うお茶飲む時間もメーターは回りぱなしのあなたの給料」

  「時給率計算すると直ぐ分かるあなたはいかに特権階級」

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