shin-1さんの日記

○塾の名札を取り付けました

 朝起きると「今日は雨か」と思わせるようなどんよりした梅雨空で、小雨が既にポツポツ落ちていました。台風崩れの低気圧が梅雨前線を刺激して、これから大雨の恐れがあるとテレビで報じていたので、人間牧場へ行くことをあきらめかけていました。でもツルインゲン豆が沢山できているので人間牧場の途中だし、いつも魚を届けてくれる親類へ持ってゆこうと収穫して出かけました。二軒の親類の叔母は大そう喜んで、お礼にチヌ、イカ、太刀魚をいただきました。久しぶりの人間牧場は、夏草が勢いよく伸びて、作物が埋まりそうになっていました。雨も小降りのようなので草刈り機に混合油を注入しスタートです。陽もささず雨に濡れた草は切れ味抜群で、随分作業がはかどりました。

(左・岡本さんと、右是沢さん)

 そのうちズボンのポケットの携帯電話のバイブレーションが肌を伝って電話の着信を知らせてくれました。慌ててエンジンを切り、作業ストップです。今日は次々電話が入っていて、気がつけば留守着信が7本もかかっていました。休憩しながら次々と連絡を取りましたが、県外もあって結構長い休みとなりました。さあ作業開始というようになってまたもや着信です。聞けば宇和島の是沢康久さんが双海町の岡本廣志さんを伴って人間牧場へ来るというのです。先日の電話予約では明日にはずだのに、私の聞き間違いかも知れないと思いましたが、どうやら明日のイベントにも参加するため今日は石畳ふるさとの宿に泊まるとのことでした。岡本さんは双海町の元町議会議長だし、是沢さんとは同級生だそうで、久しぶりに積もる話をしました。世の中狭いもので宇和島市議会の元議長の土居さん(私と水産高校の同窓)とも親類だそうで話が弾みました。

 お二人が帰った後、用意していた人間牧場塾生名札の取り付けにかかりました。等間隔にキリで穴を開け、銅でできた釘をペンチで半分に切り、裏側から開けた穴に差し込んでゆくのです。見苦しくもできないので緊張しながら一人で作業をしました。やがて時計の下の鴨居付近に釘で止め、名札を吊り下げて微調整しました。メジャーもなく紙を半分に折ったりして工夫をしたアバウトなやり方にしては上場の出来栄えに一人満足しました。偶然にも電波時計は午後3時を指していて、何かいい予感を感じさせました。

 その作業が始まる前に高知県四万十市西土佐の和田修三課長さんから電話が入り、塾生に加えて欲しい旨の申し出がありました。和田さんとは高知で一番古い付き合いなので断る理由もなく、OKする事にしました。いよいよ面白くなってきました。高知の木下さんにそのことを話すため携帯を入れたら、彼は北海道網走にいました。北海道へ行くとの連絡は先日メールでありましたが、相変わらず行動範囲の広い男のようです。

 水平線の家もこのところ、少年少女おもしろ教室などで泥んこわんぱくな子どもたちが沢山来訪して、汚したまま帰っているので、今日は丹念に掃除機をかけ、床にワックスを塗りました。小さなお皿にワックスを小出しにして刷毛で塗ってゆくのです。これだけで床は見違えるように綺麗になります。僅か25畳の広さでもワックスを一人で塗ると結構時間がかかります。地べたを這うようにして、透明な液体のため塗り斑ができないように丹念に仕上げます。そしてそのまま部屋を締め切って乾かし、次の機会に乾いたタオルで拭くと綺麗になるという仕掛けです。皆さんそれぞれ人間牧場を使って楽しみますが、草刈りも掃除も口では手伝いますと言うものの誰も手伝おうとしないのです。これまで唯一手伝ったのはわが3人の息子と、囲炉裏の灰を砥部焼の窯元から貰ってくれた稲葉真光さんくらいなものです。まあそんなものだと割り切って今日も黙々一人でやりました。

  「鯛持って 弁当持参の お客様 あっけに取られ 私驚く」

  「手伝いに 行くよというが 誰も来ず 今日も黙々 一人ワックス」

  「名札吊り 準備万端 できました 性根を入れて 完塾目指し」

  「午後三時 電波時計が 時告げる 今は間もなく 過去になりつつ」

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shin-1さんの日記

○11年目の出会い

 毎日毎日、毎年毎年、色々な人に出会い、色々な人から学び、少しずつ少しずつ進化していく自分、そのアリのような歩みを確かめるように始めた1日3枚のハガキを書く活動ももう22年になりました。単純計算すると22年×3枚×365日=24.090枚という気の遠くなる尺取虫のような歩みを振り返る時、よくぞ頑張ったと、自分で自分を褒めてやりたいような気分になるのです。

 私がハガキを出した人の中には、定期的に出す人もいれば、1回だけの人もいます。多分1回だけの人の方が圧倒的に多いのですが、昨日そのハガキと11年ぶりに再会しました。昨日所用で松山から一人の女性がわが家にやって来ました。私の都合で午前9時の約束だったものですから、彼女が松山を出たのは8時ころではないかと思われます。失礼とは思いましたが急ぎの用だったので仕方なく失礼とは思いながらこの時間を選んでしまいました。彼女は4月にもわが家へ来て今回が2回目なので、わが家への新入路が狭いという思いがあったのでしょう、車を市役所支所へ止めて500mも歩いてやって来ました。

 東屋に案内し一通り打ち合わせが済んで雑談していると、彼女は手提げバッグから封筒を取り出しました。「若松さん覚えていますか。実は若松さんの講演を聞いて、旅先からおハガキを出したんですよ。その折若松さんは丁寧にも私に返事をくれました。嬉しくてそのハガキをずっと持ってるのです」と封筒の中から一枚のハガキを出して机の上に置きました。驚いたのは私です。そんなこともうとっくに忘れていました。でも記憶の糸をたどれば確かに彼女から届いたハガキの存在は知っていました。

(私が11年前彼女宛に書いた、双海の夕日をあしらった絵ハガキです。消印は平成9年です。切手の下に押した朱色のゴム印はまだ合併していない「愛媛県伊予郡双海町」のままで、激動の後が垣間見えるようです。それにしても下手糞な字ですね。汗顔に至りです)

 というのも私は人から来たハガキの中で「これは」という素敵なハガキは小さなイーグル風のハガキ立てに入れて机の上に飾って、来客に自慢していました。彼女からのハガキも私の机の上で約一ヶ月間自慢の種にしていたのです。残念ながらそのハガキは捨てられてはいないものの、退職時のどさくさにまぎれてダンボールに入れられ、倉庫の隅に眠っているのです。いつか日の目をと思っているのですが、残念ながらその日はまだもう少し先のようです。

 自分が書いたハガキとの11年目の面会に嬉しくなってデジカメで一枚写真を撮らせていただきましたが、しかし何という几帳面な人なのでしょう。有名人ならいざ知らず私如きから届いたハガキを11年間も捨てもせず大事小事に持っていてくれるなんて感激です。でも私はこのハガキを見て字の不味さと文章の不味さに戸惑ってしまいました。でも過ぎたことなのでまあいいかと思いつつ、手にとって懐かしい再会を喜びました。

 私はお礼に、赤とんぼ先生が作ってくれた竹のとんぼを彼女の手の指先に止まらせてあげました。心地よい浜風が指先に止まったとんぼを揺らし、彼女は驚いていました。土産に一匹差し上げました。多分何処かでとんぼは驚きの目に触れることでしょうが、これもまた出会いの印となったようです。満面の笑みを忘れまいと、有無を言わさず写真まで撮ってしまいました。

 丁度庭木を剪定手入れしていた90歳の親父がそこを通りかかり、親父は座布団を二枚、それにオロナミンC2本まで用意し、久しぶりの感動に浸る気の効かぬ息子のサポートまでしてくれました。

  「9の文字 切手の上に 消印が 時の流れを しみじみ思う」

  「あの頃は 伊予郡だった 今伊予市 時の流れを しみじみ思う」

  「十年余 手元に置きし 絵ハガキと 再会なんて 感激ですね」

  「座布団と オロナミンC 差し出して 気効かぬ息子 親父サポート」

  

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