shin-1さんの日記

○地域づくり人養成講座

 昨日は驚きました。集会の会場となった愛媛県美術館は松山城を見上げる堀の内にあって、モダンなその建物の2階にある研修室へ通じる階段を昇ってゆくと、何やら会場の前に見慣れた人が立っているのです。しかも私そっくりで木になるカバンまで持っているではありませんか。直感で私の人型パネルと分りましたが、それにしてもこんなたくらみを誰がしたのでしょう。察するにえひめ地域政策研究センターの清水研究員と新居浜の加藤さんが仕組んだに違いないのです。この人型パネルは私の持っているものより少し小ぶりなような気がしましたが、電光掲示板も私の名前も、「しずむ夕日が立ちどまる町」にキャッチフレーズまでもが入ってプリントされていました。よく見ると移動に便利なように二枚に折りたためるよう工夫が凝らしていていました。センターの谷本さんに比較のつもりでモデルになってもらい、デジカメで撮影しましたが、モデルになった人が男前過ぎて私が見劣りする結果となってしまいました。

(谷本さんより少しだけ男前が落ちる私の人型パネル)

 昨日は地域づくり人養成講座があり、「地域をいかにコーディネートするか」というテーマで、19年度にまちづくりアシスト事業の指定を受けた団体の成果発表を聞いてコメントをさせてもらう機会を得ました。5団体の発表はそれぞれ僅か10分の持ち時間だったため、詳しく述べることはできませんでしたが、それでもみんな一生懸命発表していました。誰でもそうですが発表は発表する自分自身もさることながら、目の前の聴衆にいかに伝えるかという点がややもすると忘れられがちだし、逆に聴衆を意識し過ぎて自分を忘れる事だってあるのです。発表した後に「ああ、いい発表だった」と思わせる発表は、やはりそこら辺のテクニックがないと、せっかくの発表が居眠りの対象となってしまうのです。

 私と邑都計画研究所の前田さんがコメンテーターとなり、調査役の丹羽さんがコーディネーターで2時間を過ごしました。私も発表の都度にコメントを求められましたが、適切な意見が述べれたかどうか気になるところです。発表に先立って上勝の横石さんが「彩~気を育てる地域づくり~」について講演をしました。何度も出会っている私が部屋にいるとやりにくいと思って、私は講演が終わるまでロビーで待機をしていましたが、今をときめく横石さんの話しにみんな満足したことでしょう。

(右がマーマレードの谷晴美さん、左は同僚の松尾和さん)

 昨夕はオフライン交流会と称する懇親会が農協会館地下の会場で行われました。今年の講座生は22名とか、特に活気のいい女性の姿が目立ちました。宇和島市商工観光課の小林祥子さんや愛ワークの大内さん、西条市教育委員会の谷さんなど知り人が多く、色々な話しに花が咲きました。また人間牧場の塾生第1号にこのほど

なった濱田さんやメダカの井上さん、朝降フル会の丹下さんなどいい人の顔ぶれが揃っています。

 さてさて期待はずれにならぬようせいぜい頑張って欲しいし、できる限りのサポートをしたいと思っています。

 人を育てることは容易なことではありません。心の変容とそれを実践に結び付け、波及しなければ意味がないのです。毎年こうして新しい人が育って行きますが、その人たちが巡り巡ってまた新しい人を育てるような人間に育って欲しいと願っています。

  追伸   浜田さんが酔った勢いで即興オペレッタをやりました。突然のことでみんな開いた口が閉じませんでした。やはり浜田さっは鉄人28号ならぬ変人1号のようです。でもその馬力には敬服しました。存在感誇示率は100%でした。さすが人間牧場塾生1号です。


(この顔でオペレッタとは)
  

  「入口に 見慣れた人が 立っている よくよく見れば 俺の看板」

  「発表を する人熱を 帯びてきて 時間呼び鈴 二回鳴らされ」

  「オペレッタ 突然大声 驚いて 開いた口を 閉じることさえ」

  「キーワード やはり女性だ 感性が 男と違い ジーンとしたね」

 

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shin-1さんの日記

○親類とはいいもんだ

 私には沢山の知人友人がいて、何かにつけて出会い、楽しいお喋りやボランティア活動などをしています。またメル友、ハガキ友、風呂友(風呂で知り合った人)もいます。お酒を辞めたため主流だった飲み友はさすがに激減して限りなくゼロに近くなりましたが、それでも年に何回かは飲まない私を会費負担の片棒だけ担がされて、誘い込まれることがありますが、まあ仕方がないと諦めノコノコと出かけています。最近増えたのは学習友で、たとえば限界集落勉強会のように、そのことを深く学習しようと誘われたり誘ったりしながら、加齢とともに右肩下がりになろうとしている気力と体力、それに知力をせめて落さないよう懸命に努力している所です。

 さて先日の日曜日、嬉しい出会いがありました。私の従兄弟洋子さんです。洋子さんとは従兄弟でありながら同級生ということもあって、子どもの頃から何かにつけて出会っていました。しかしお互い結婚してからは別々の生き方をしていることもあって、お目出度やお悔やみに顔を合わせる程度、同級会で顔を合わせる程度で、それほど深くもなく、そうかといってそれほど浅くもなく丁度よい距離で出会っていました。

 先日ひまわり塾という学集会に招かれ講演に行ったことはブログに書きましたし、洋子さんや万寿恵との出会いも書きました。その後お礼を言おうと妻の作っている親類知人のアドレス帳で電話番号を探し、お礼の電話をしようと試みましたが、間違い電話で三回も同じ人に電話してしまい恐縮してしまいました。その後104で電話番号を調べてもらったところ、1と7の数字が違っている事に気がついたのです。妻にそのことを指摘したら、「ああそうだったの」と軽くいなされ少しだけ頭にきましたが、グッと堪えて電話をしました。電話口に出た洋子さんは、先日私の講演を聞いた感想を話してくれました。一般の人から見れば90分という長い時間も話すことは驚きのようで、「あなたは凄い」と少し持ち上げてくれました。早速私の「夕日徒然草」が読みたいので何処で購入すればいいのかとという話になりました。近々松山へ行く所用があるのでその折にと電話を切りました。

 昨日はあいにくの雨でしたが、洋子さんと約束した甘夏柑を菜園の横の木から数個取り手土産ほどでもなく持って行きました。ご主人はあいにく留守でしたが洋子さんは在宅で、「まあ上がってお茶でも」と誘われるまま上りしばしの談笑です。最近の家族の音信や同級生の消息など、この2~3年話していない近況を矢継ぎ早に話して、午後の集会の時間もあるので早々においとましました。洋子さんは手先が機用でパッチワークなどは玄人です。お土産にと妻と近所に住む姉のために手づくりの手提げバック二個いただきました。

 この歳になるとといってもまだまだ若いつもりの63歳ですが、それでもこの歳になると親類の人が恋しくなるもので、親類とはいいもんだとしみじみ思いました。

 洋子さんは筆まめな人で、ひまわり塾で出会って一枚、そして昨日一枚とハガキをくれました。一日三枚のハガキを書く自分でさえ、忙しさにかまけて一枚も出していないのに二枚もハガキが届いてビックリです。

 昨夜は研修会の修了後懇親会があり家へ帰ったのは午後9時半を回っていました。妻に洋子さんからの土産を手渡すと早速お礼の電話をかけていました。甘夏柑を使って早速マーマレードを作ったそうです。美味しく仕上がったかどうか、味見に伺わなければなりません。

(洋子さんの送ってくれた短歌)

 さて、洋子さんに叱られるのを承知でちょっと遊んでみました。私のブログ末尾にには笑売啖呵と称する短歌を毎回四首載せていますが、それに感化されたのか洋子さんはハガキに短歌を一首作って送ってくれました。「ふる里の 訛で話す 進ちゃんの 二時間余りが アッと過ぎゆく」でした。名句です。私などは足元にも及びません。余り褒めるとお世辞に聞こえますのでこの程度に留めますが、久しぶりにホットな出会いでした。またお会いしましょう。

  「この歳に なると従兄弟が 懐かしい DNAが 呼んでいるのか」

  「私書く 笑売啖呵に 呼応して 名作一句 ハガキしたため」

  「手づくりの バッグ手土産 喜んで 早速電話 妻の素早さ」

  「進ちゃんは 立たされてたと 告げられて 目玉食らった 従兄弟懐かし」

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