shin-1さんの日記

 昨日は来年に予定されている県立松山工業高等学校創立100周年記念事業の設立実行委員会が開かれ、私もかつてこの学校のPTA会長を6年間も務めたため、顧問として名を連ねる事になり、長年ご愛顧いただいている高須賀先生が準備室長ということで逃げる訳にも行かず就任し、会議に出席しました。学校にとっても卒業生にとっても、また私たちのようにPTAとして間接的に携わった者にとっても、一世紀という気の遠くなるような時空に身を置いたことを感慨深く感じました。

 会議は1時間の予定が40分も長引きましたが、それだけいい議論が出来たようです。会議中に妻から携帯電話がかかってきました。一度は電話を切ったのですが、再度の電話です。年寄りを抱えているため何事か心配になって部屋の外に抜け出し電話を取ると、次男が今日は非番なので遅ればせながら父の日のお祝いをしてあげると、自宅に帰って来たようです。「何時に何処で待ち合わせるか」というのです。久しぶりに寿司でも食べようと相談がまとまりました。妻は追い討ちをかけるように、「お父さん、帰ったら驚くよ。一生君がお父さんに椅子のプレゼントをするのだといって、お父さんの書斎で椅子を組み立てている。持つべきものは子どもだねえ」と感心して電話を切りました。

(立派な椅子が入り、まるでオフィスのようになった私の書斎)

 やがて妻と次男は待ち合わせのお寿司屋さんへやって来ました。「今日は僕のおごりなので大船に乗ったつもりで沢山食べて」と金もないのに太っ腹なところを示してくれました。私「夏のボーナスが出たのか」、次男「いいやまだだがこれくらいは何とかなる」。妻「おごってもらうと喉を通らないから気にしないで」。私「仕事は慣れたか」、次男「大分ね」、私「そうか頑張れよ」。次男「うん頑張る」・・・・・・・・。そういいながら親子3人で寿司を食べました。やがて食事も終り息子は自分のマンションへ帰って行きました。私たち夫婦は途中で買い物を済ませ午後8時過ぎにわが家へ帰って来ましたが、まあ凄い立派な椅子です。何年か前、私が希望して長男に買ってもらった巾の広い机にはまるで不揃いの豪華さです。私が在職中に使っていた教育長時代の椅子と座り心地もデザインも殆ど一緒で、一辺に気に入りました。やがて次男から電話が入り「お父さんどう、座り心地は、気に入ってくれた?」、「高かっただろう」「それ程でも」「有難う」、少なめながら息子との会話に子育ての嬉しさを感じました。

 次男は高校の機械科をを出ると直ぐ、自分で見つけたコンピューターの関連会社に技術者として就職しましたが、思うところあって8年間も勤めた会社を円満退社し、看護師の資格を取るため医療専門学校に5年間も通い、一昨年正看護師の資格を取得し、日赤へ看護師として就職しました。その間高校から続けていた演劇集団イリュージョンに身を置きながら、一度も辞めることなく活動してきた頑張り屋です。三交替の職場なので演劇は断念しましたが、今でも時々手伝いに行っているようです。

 私の書斎のこれまで使っていた椅子はリビングの椅子です。家族が少なくなって空いていたのを使っていましたが、余りにもみすぼらしく感じたのでしょうか、今回のプレゼントになったようです。昨日はいい一日となりました。これからはこの椅子に座ってせいぜいいい仕事をしたいものです。息子よありがとう。

  「凄い椅子 届きびっくり 仰天す まるで社長だ サンデー毎日」

  「肘付きの 椅子に座って 考える 今まで以上に 思考巡りて」

  「この三年 支え続けた 古き椅子 名残惜しいが 退役処分」

  「わが息子 平凡ながらも 親思う 優しき心 妻が育てた」

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shin-1さんの日記

○立つか座るか和服か洋服か、それとも椅子か畳か

 私たち日本人の暮しも随分洋風化したもので、おばあちゃんの代名詞とまでいわれた和服を着たおばあちゃんなど、今では日常生活ですっかり見れなくなりました。先日相次いで行われた親類の結婚式や葬式でさえ、「和服の方が楽だ」と訴える人が随分多く、時代の流れを感じつつ、今に日本から和服が消えてしまうのではないかと思わせるのです。昔の人は好んで和服を着こなしていました。しかし今の若者は余程のことがない限り着ないから帯の締め方も分らず、着ないのではなく「着れない」のです。

 私が町の教育委員会で成人式を担当していた頃、本当にあった笑い話です。ある女性が美容院や親の手助けを得て和服で着飾り、成人式に出席しました。成人式は同級生の集まりで、親しい仲間と飲みに行きましたが、その女性は中学時代に憧れていたプレイボーイからの誘いに乗ってラブホテルへ直行したそうです。和服を脱ぎ捨てて束の間の愛を楽しんだまでは良かったのですが、そのうち着物を着れない事に気付き、ラブホテルにタクシーを呼び、まるで裸同然で家へ帰り親から大目玉を食らったそうで、その話は当分の間村の巷で話題となって、女性は周りから「尻軽女」と随分冷たい目で見られ、戯言の度に引き合いに出され笑いものにされました。和服を着れない悲劇が生んだ笑い話です。それ以来根強い人気があった和服の成人式が私の町では和服自粛に統一され、県下でも珍しい洋服成人式が最近まで続いたのは何とも皮肉な話しです。

 私たちの暮しも随分洋風化しました。私たちが家を新築した三十年前は、ご飯を机と椅子で食べることに随分親子で議論を交わしました。親父達夫婦は畳がいいといい、私たち若夫婦は机と椅子を主張し、若者の意見が勝ったのです。その親も4~5年後隠居の台所へ机と椅子を持ち込んだのですから、あの激論は何だったの?と妻が笑って述懐するのです。最近親類が集まった葬儀や法事なども、高齢化を反映して畳に座布団といった風潮は完全に払拭されて、足腰膝の不調を訴える伯父叔母などは、マイ椅子を持ち込むほどの用意周到さなのです。

 さて立つか座るかというのはトイレの話題です。私はまだ足腰が丈夫ですから、他所の家に行って洋式トイレに座ることに抵抗感がありますが、最近はこれも高齢化の結果でしょうかウォシュレット付きの洋式便器が主流を占めるようになってきました。最近は田舎の宿屋もウォシュレットの洋式便器があるかどうか、申し込みの段階で聞く人が増えたそうなのです。そしてフェミニズムを反映して男性の便器不要論まで飛び出し始めました。男は立ち小便、女は座り小便と昔から決まっているように思うのですがフェミニストたちは、この風習こそ差別だと息巻いています。「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性が支配的な文明と社会を批判し、それを変革しようとする思想や運動」をフェミニズムというのですが、男も座って小便をする子どもが密かに増えていることを聞いて唖然としました。確かに観光地などの男性の便器はおこぼしやタバコの吸殻で汚れ美観を損ねていますが、男性の既得権だと思っていた小便器まで否定されると、さすがの男性たちも声を上げるに違いないと思わず笑ってしまいました。

 立つか座るか、自律していない男性にはまたまた厄介なお話のようです。

  「小便を 座ってしろと 諭す親 便器汚すが 理由らしいが?」

  「フェミニズム ここまで要求 するのかと 呆れチャックを 閉めるの忘れ」

  「そういえば 昔婆さん 尻まくり 立ちションするの 見たよな記憶」

  「そのうちに チンチン不用 言うかも知れぬ 男女同権 ここまで来れば」



 

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