shin-1さんの日記

○進ちゃん単車に乗る

 この2~3日天気がよいので、車庫から50CCのバイクを取り出し水洗いして埃を取りました。綺麗にふき取ってピカピカとまではいかなくれも、それなりに整備をして乗れるようにしました。この単車もう10年以上も乗っている年代物なのですが、今は春と秋くらいしか乗らないのでまだまだ十分乗れるのです。ガソリン代が高くなったこともあって止むに止まれぬほどではないにしても、それなりに生活防衛すべきだと、単車に乗ることを思いついたのです。

 昨日ブログの記事をプリントアウトしていてインクが切れ、慌てて近所の電気屋さんに行きましたが、あいにく私の使っているエプソンのカートリッジインクが品切れで、プリントアウトを途中で止めていました。今日は何が何でも片付けたいと思っていたので、思い切って伊予市まで単車で遠出しました。双海の海岸から三秋峠を経て伊予市街へ通じる国道378号線や56号線は車の数も少なく、心地よい風が頬を撫で快適そのものでした。本当はエミフルにでもと思ったのですが、途中でマツヤ電気という看板が目に付き入ってみました。店員さんにあらかじめ用意した品番を言うと直ぐに見つけてもらいとりあえず4個買い求めました。店員さんとの雑談でしたが、エプソンのプリンターは何故かインクの減り方が早いようだと言うと、「そうですかお困りですね」と同調してくれたものの、このままだと当分インク代は覚悟しなければならないようです。

 再び元来た道を引き返しましたが、車の台数が多くてもその横をスイスイ追い抜いて行ける単車は天気さえ良ければまさに省エネタイプの乗り物です。50CCですから時速は30キロに制限されていますが、オーバーいっぱい39キロで走行していて、突然三秋峠の頂上付近でパトカーが取締りをやっていました。行く時はいなかったのにです。でもその取締りはシートベルトとヘルメットの取締りのようで、止められもせず通過しましたが、よくぞスピードを出し過ぎていなかったと安堵の胸を撫で下ろしました。少し走って高野川の清掃センター付近で今度は白バイと出会いました。下りなのでここでもギリギリのスピードだったと思いますが。対向だったため後に通り過ぎて行きました。

 私は役場に務め始めた頃は普通車の免許がなく原付自転車の免許しかありませんでした。故に8年間も自宅から役場までの8キロを毎日単車で往復しました。当時の道は悪路と呼ぶに相応しく、雨の日や時化の日など合羽や防寒具を着て走ったものです。特に冬の寒さは格別で、家に帰ってしばらくは体の心まで冷えてきつかったことを覚えています。私が単車では知るその横をスポーツカータイプの乗用車で格好良く走っていた同僚は、歳をとった今では何故か軽四に乗って、台所の苦しさを物語っていますが、同じように台所が火の車でも普通車で走る私と逆転現象を起しているのです。

 単車の思い出は切りがありません。子どもが出来たというので実家のある八幡浜の私立病院へ、単車に子どもを乗せて無謀にも見舞いに行きました。単車の前に座らせた子どもが途中で眠ってしまい、起きるまで平家谷という峠道で休んだところ夜になってしまったこと、妻と結婚が決まりわが家へ遊びに来た時、駅まで単車で迎えに行き二人乗りして帰ったこと、ゼロ半10台を連ねて観光宣伝隊を企画し話題となったことなどなど、今でも鮮明に覚えているのです。すっかり時代遅れとなった単車ですが、ここにきて再び蘇えりました。単車に乗ると何か一回り若返ったような気になるから不思議です。「さあ明日も日和だったら単車で」と妻に話したら、「年寄りの冷や水」とたしなめられました。妻にとって単車は今でも危ない乗り物のようなのです。

  「さっそうと 風切り走る ゼロ半は 俺と同じく 時代遅れか」

  「ここに来て 省エネ活用 意味がある 単車復活 確か手応え」

  「そうだった あれこれあった 思い出を 反芻するよな お歳になりて」

  「悪いこと 出来ぬとばかり 警察に よく会う日だと 思いわずらう」


 

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○習慣化すれば

 私は凡人です。ゆえに子どもの頃から人並みなこともできず、こんな人間に生んだ親を恨むことさえありました。今でも親父の語り草ですが、私は小学校へ入るまで10の数さえ数えられなかったそうです。私が小さい頃は戦後間もない頃もあって、村には幼稚園や保育園などなく、子どもはいきなり小学校へ入学しました。故に小学校へ入る準備といえばカバンと学生服だけで、そのカバンさえ近所の裁縫の得意なおばさんが厚手の白生地で縫ってくれた肩掛けカバンでした。中に入れる教科書も姉のお下がりが何冊かあったような記憶があるのです。そんなこんなの時代ですから学校など余り重要なことではありませんでした。それでも私の10を数える訓練は、家の前の海岸に転がって小石を10個拾ってきて毎日続きました。昔の漁家は魚を獲る網や縄さえも自分で作らねばならず、漁から帰った親父は毎晩夜遅くまで網をすき縄をなっていましたが、その横に座らされた私はその小石を使って10の数を数える練習をしたのです。それでも偉いもので何日かするとそれが習慣となって、小石を沢山拾ってきて、足し算や引き算までもできるようになって、人並みに回復したばかりでなく、算数が少し得意な教科にまでなりました。

 習字も苦手でした。第一習字の道具は家に一つしかなく、姉が学校で使う日は私は筆だけを持って学校へ行き、友達に墨を磨ってやって一緒に使わせてもらいました。その当時は白い半紙など仕上げに使うもので、新聞に何度も何度も真っ黒になるまでなぞって書きました。その新聞すらわが家ではとっていなかったので、友だちや先生に貰いました。その時字が読めないのに貰った新聞の中から、一枚だけ譲り受けて大事に家にとって帰り、隅から隅まで何度も読んだものでした。お陰様でそのうち国語が得意中の得意となって以後私の読書開眼となって行くのです。

 「それも分らないのか」と夜なべする親父は鯨ざしの定規でピシャリト手の甲を叩かれた痛さは今も忘れることができないのです。人は自分の醜い部分を隠す習性があります。女性が顔にお化粧するのもより美しくしようとする行為であり、政治家が学歴詐称するのも、自分をよりよく見せたいと思う心でしょうが、貧乏や出来が悪かったことなど好んで話すことではありませんが、それを習慣という努力によって克服した話は、私にとっては胸を張れる出来事なのです。お陰で人間習慣化すれば出来ないことはないと思うようになり、以後の私の人生を決める事になるのですから世の中は不思議なものです。

 理屈は一度聞けば分りますが、それを本当に自分のものにするには、毎日毎日繰り返し習慣化しなければ成就するものではないのです。近所に住む友人はゴルフが好きで今はシングルです。でもシングルになるため彼は毎日朝晩家の横に設えた小さな猫の額ほどの練習場で練習をしているのです。私だって毎日三枚のハガキをもう22年間も書いているのですから、凡人だって習慣化すれば非凡になることを証明しています。

 人には良い習慣と悪い習慣があります。酒やタバコを止めれないのは悪い習慣でしょう。毎日出会う人、出会うことに対する見方や考え方、行動が自然体でできるようになる習慣づけは人生を楽しくしてくれます。どおってことない早寝早起きだって簡単にできる習慣なのです。

  「十の数 数えられない 俺だって 今じゃ立派に 経済語る」

  「習慣は 一度はまると 病み付きに これが出来れば 非凡人生」

  「手の甲を 摩って思う 親の恩 小石数えた 懐かし日々を」

  「続ければ 行というべき 行いに なるから不思議 暮らし充実」

 

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