人間牧場

〇大分県玖珠町への講演小旅行(その2)

 世の中は不思議なご縁があるものです。今回の大分県玖珠町商工会での講演は二つの出来事がご縁でした。まず一つは昨年大分県商工会連合会の招きで、大分県商工会青年部の講演会で講演をしました。その折私の話を指導員さんが聞いていました。もう一つは玖珠町の社会教育委員を兼務している商工会長さんが長崎県で、これも昨年開かれた九州社会教育大会で、私の話を他の11人の委員さんとともに聞いていたのです。会長さんと指導員さんの思いが重なり今回の招聘となったのです。更にこれも偶然でしょうか、昨年末国立大洲青少年交流の家で開かれた社会教育実践交流集会で私がファシリテーターを務めたインタビューダイアローグシンポジュームのパネラーとして登壇した、大分県社会教育総合センターの縄田さんが教員採用されて最初の赴任地が玖珠町だと聞いたから二重三重の驚きでした。

 講演会場である商工会は駅から近い所にありました。控室でお2人の役員さんと少し遅い昼食弁当をいただきながら、のんびりゆっくり雑談に耽りましたが、お2人ともその道のつわものでいい意見交換をすることがで来ました。
 その後短い時間でしたが、念願の機関庫と公園見学に出かけました。先日片岡鶴太郎さんの案内旅番組をたまたま見ていて、一度は見たいと思っていただけに、とても嬉しい見学となりました。立ち入り禁止のため機関庫の中へ入ることはできませんでしたが、同行したお二人の話でその歴史的経緯やこれからの活用方法、さらには将来の夢を存分に聞くことができました。昨年講演のために出かけた門司港の旧大連待合所といい、今回の機関庫といい、九州には沢山の近代化遺産が残っていて、人の思いや手が入れば息を吹き返すだろうと、まちづくりの更なる取り組みや発展を祈りました。

近代化遺産機関庫

近代化遺産機関庫

 講演は2時間に及びました。名刺代わりに持参して上映した私のDVDが、パソコンのつなぎ具合が悪かったのか無声で音が出ず、急遽まるで活弁のような説明をして幕を開けました。私の話はアドリブなのでどんな話をしたか、今となっては思い出せませんが、遠路大分から寸暇を惜しんでわざわざ出席してもらった縄田さんのfacebookにさわりのメモが残されていました。
 昨日はギノー味噌の田中社長に頂いた100gの味噌を2ケースリュックにつめて、重いのに持参しました。裏が味噌の名刺とともに大受けで会場の笑いを誘いました。また相変わらず二宮金次郎さんの銅像も同行したので、リュックの紐が肩に食い込んで、肩が少々こるほどの旅でしたが、久しぶりにいい仕事をしました。

かつての機関庫風景

かつての機関庫風景

 たった1回の私の講演でまちづくりができたり、人のやる気が起こるほどまちづくりはやわいものではありませんが、二宮金次郎の銅像の右足が一歩前へ出ているように、まず一歩踏み出すことが大切です。玖珠町には来留島武彦の児童文学、旧国鉄時代の機関庫跡、自衛隊の駐屯地、古い街並などなど、指折り数えれば世に知れた幾つもの素材が数え切れないほどあり、基幹産業の農業もそれなりに元気で、何もない私の町から見れば実に羨ましい限りです。でもあり過ぎると目移りがして「あり過ぎるから何も出来ない」ものです。そこへ行くと私たちの町は「何もないから何でもできる」のです。
 誰かのキーマンが批判や反対を押し切りながら、10年間続ければ物語が生まれるのですから、頑張って欲しいと願っています。ただしそこに暮らしていると土地の出来事は知っているようで知らないため、コップ磨きと同じように内磨きと外磨きをできるようにしなければならないと締めくくりました。

  「色々な ご縁重なり 招かれる 九州中ほど 童謡の里」

  「近代化 遺産を前に 固唾飲む 荒れてはいても 威風堂々」

  「あり過ぎて 何をすべきか 分らない 俺の町なの 何もないから」

  「内磨き だけでは町は 輝かぬ 外の汚れを 綺麗にせねば」

 私の話の様子は、一番前の席で聞いてくれた縄田さんが、自分のface bookで下の写真を添えて紹介してくれました。

縄田さんがfacebookにアップしてくれた私の講演様子

縄田さんがfacebookにアップしてくれた私の講演様子

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