人間牧場

〇進化の一方で(佐那河内村その4)

 「10年一昔」という言葉がありますが、流れの早い現代は「1年一昔」という方がぴったりするようです。のんびりゆっくりの時代に育った時代遅れな昭和生まれの私は、時代の波に完全に乗り遅れ、パソコンはおろか流行語さえも理解できず、何かにつけて「それ何?」とか「私は誰?ここはどこ?」「うそ~」って感じなのです。その現象は加齢とともに酷くなっていくようですが、これも時代の流れ、歳のせいと諦めながら少しだけ抵抗して生きているようです。

P1060159 この10年、日本の観光も随分様変わりをして来ました。観光とは無縁と思われた私たちの町でもその気になってやれば人が来るようになりましたが、逆にこれまで観光地だと胸を張っていた所でも、国民の飽き易さで思わぬ苦戦を強いられている場所もかなり多いようです。
 一昨日徳島県佐那河内村へ講演に行きました。その折何げなくトイレ休憩のためにパーキングエリア阿波に立ち寄りました。トイレ休憩を終えて一服していると小さな看板が目に付きました。「土柱まで歩いて10分、こちらから」と書いているのです。

 P1060168「高速道路から歩いて出られる?」と不思議に思い、陽気に誘われてコートを着て外に出て土柱見学と洒落込みました。今は合併して阿波市になっていますが、旧阿波町といえば役場に井原まゆみさんという女性がいて、バーベナテネラで一世を風靡していました。まちづくりの仕事で一緒になり親友として多くの出会いを深めましたが、その頃は脇町のうだつの街並ととも国の特別天然記念物の土柱は多くの観光客を集めていました。私もエプロン会議のおばちゃんたちを連れて見学に来たことがあるのです。

 その思い出を辿るように坂を登って行きました。土産物屋として賑わっていたお店の殆どはシーズンオフもあって灯が消え、人影もなく散閑としていました。土柱までの道は整備されていましたが、土柱そのものも気象条件の変化のせいでしょうか、侵食が激しいようでした。
 土柱のよく見える場所で巻尺を持った市役所商工観光課の課長補佐さんに偶然にも出会い、名刺交換したり観光について話し合ったりすることができましたが、土柱という観光資源だけで観光は成り立たないことを直感しました。

 日本は東京オリンピックの誘致に成功し、7年後に向けて外国人観光客の来訪に大きな期待が寄せられていますが、東京や京都など名だたる観光地のみに目が行き、田舎のこうした観光資源は進化どころか退化の一途を辿っているのです。市町村合併でコアが大きくなり過ぎ、折からの財政事情もあってこうした所へ目を向けるような余裕はないようです。
 土柱はこのまま放置されると、風化が更に進み、国民の目さえも風化してしまうのです。土柱は国の特別天然記念物ですから、もっと対極的な立場で国民の財産として守らねばならないのではと首をかしげながら、再びパーキングエリアまで引き返し、佐那河内村へ向かって走りました。

  「二十年 前に訪ねた 土柱見る 昔の姿 今いずこかな!!」

  「記念物 風化スピード 早いよう 何とかせねば 消えてなくなる」

  「東京にゃ オリンピックで 人が来る 一方田舎 じわりじわりと」

  「この国は どうなっている 思うけど 大臣でもない 私どうにも」 

この記事はカテゴリ 人間牧場 に投稿されました。この記事をブックマークするには こちらを。この記事へのコメントをフォローする場合の RSSはこちら。 コメント、トラックバックの受付は終了しました。